97:明鏡止水 その一

「蓄電システムですか?」

「ああ、ほら冒険者特区用の開発案として社内公募のアイディアなのだが、迷宮という場所では電気製品を使用するためには発電機や車の電源を利用するしかないという常識を覆そうという挑戦的な考えなんだ」


 長谷川課長の話に、我が開発課のメンバーからざわめきが起こった。


「それはいくらなんでも異業種すぎませんか?」


 若手の中谷くんが眉根を寄せて意見を言う。

 まぁそうだよな。

 うちは家電メーカーであって蓄電池には疎い。

 家電は基本家庭用電源専用に作ってあって、うちの会社のノウハウも完全にそっちで積み重ねて来ている。

 今更苦手なジャンルに手を出して大手に勝てるとは思えないのだ。


「いや、この案の場合はたとえどこの会社であっても全く新しい一からの商品開発となるだろう。つまりうちがやろうと他所がやろうとスタートは同じということだ」


 全員の顔にクエスチョンマークが浮かんでいる。

 それはそうだ。

 蓄電システムは現代において最もポピュラーなジャンルと言って過言ではない。

 大手の電気メーカーは必ず関連事業部を一部門は抱えているはずだ。

 なぜなら携帯電話や携帯音楽プレイヤー、携帯式のゲーム機、携帯式の電算機パソコンなどに蓄電池が使われているからだ。

 この手の製品はそれぞれ専用の蓄電池に規格を合わせて本体を開発するので、蓄電池から自社開発した方がやりやすい。

 その為、自然発生的に関連部門を抱え込む必要があったのである。


「今までの蓄電池の構造は、古代種族の差異はあれど発掘資源を活性化させることによって電気を発生させるという物だった」


 発掘資源、すなわち太古の魔法生物の化石だ。


「しかし、今回の案件は活性資源である夢のカケラを使うシステムの構築なのだ」


 ブフッと俺は思わず吹き出してしまった。


「……木村くん、言いたいことがあるのなら挙手をしてくれ」


 課長がなんとも言えない顔で俺を見ながら話を促した。


「いえ、ちょっと危険すぎやしないかと思って。あれって生のエネルギーでしょう?」


 俺は恐る恐るそう切り出す。

 俺のもう一つの立場を知っているのはこの中では課長と伊藤さんだけだ。

 なぜ俺が動揺するのか不思議に思われてしまうのは拙いだろうが、この件に関しては別に俺だけがおかしい訳ではあるまい。

 実際俺の言葉に頷く者も数人いたし、他の人間も大なり小なり難しい顔をしていた。

 活性資源、平たく言うと魔法物質の取り扱いの難しさは古くから物語の中でも語られている。

 少し方向性を与えるだけで魔法的な効果を発現してしまう可能性があるため危険性も高いのだ。


「ふむ、課長、そのアイディアが採用された理由を教えてくれないか?」


 佐藤が偉そうに課長に言った。

 まるで命令のように聞こえるが、この課の人間は慣れている。

 課長は気にせずにそれに答えた。


「今後、この資源がこの都市の特産物となるだろう。今までその希少性からそれを使用する専用のエネルギー変換機という物はなく、あらゆる活性物質を同じように扱う魔法変換回路に利用されるぐらいの物だった。それが、今後は常に供給されるエネルギー源となる可能性がある」

「捕らぬ狸の皮算用という奴ではないか?」

「まあ確かに今の段階ではそうだな。しかし、特区を作った政府の方針に倣うならばその方向で考えるのは間違いではないだろう」


 ああうん、そうか、確かに迷宮ダンジョンの産物として最も安定した供給物となるのが夢のカケラであるという考えは正しい方向だ。

 それ以前に、迷宮がいつまで存在するのか? という問題があるのだが、政府が特区を作った時点である程度の長期化が見込まれると判断するのも当然だよな。


「なるほど、つまり考え方としては、迷宮内部にエネルギー源があるのだから、それを利用してそこで電化製品を使えるようにしたいということか」


 佐藤が納得したように頷く。

 繋げたらかなりおかしい話になった。


「しかし、夢のカケラは魔法物質ですよ。どうやって電気に変換させるんです? 危険でしょう?」

「ふっ、木村くんは発想の柔軟性に欠ける所があるな。現代に毒されすぎだ」


 佐藤が横から俺の意見に駄目出しをする。

 イラッとする。こいつ、いつか泣かせてやるぞ、覚えてろよ。

 だけど現実問題として、確かに俺は佐藤に発想では全く敵わない。

 どうせ地味な技術屋だよ、俺は。


「ほう、佐藤くんにはもう発想があるようだな」


 課長が困ったような顔をしながら自信満々な佐藤に水を向けた。

 佐藤が待ってましたとばかりにふふんと胸をそらしながらオーバーアクションで語り始めた。


「困ったら原点に戻るべしですよ。昔は魔法をそのままエネルギー源として利用していたでしょう。その時に魔力を溜めていたのが鉱物です。つまり水晶針回路のシステムがそのまま蓄電と発電の回路として利用出来るのではないですか?」

「あ!」

「おお!」


 みんなが口々に驚きを表す。

 これは確かに盲点だった!

 魔法エネルギーというのは扱い難いエネルギーだが、それを昔の人間は方向性をもたせて魔法に転換した状態で鉱物に封印することで利用していた。

 現代は機械類を動かすエネルギー源としては画一化出来ない魔力は相応しくないので電気エネルギーが世界の主流になったのだが、その変換期の初期の頃に、魔力の波動を電気エネルギーとして変換するために最も利用されたのが水晶回路なのだ。

 今では変換出来る量の少なさ故に主な電気製品では利用されなくなったが、その波形を平均化することに対する信頼性の高さは電気回路の中のコンデンサに名残として残っている。


 実はこれって玩具からくりの世界ではまだまだ現役のシステムなんだよな。

 あー、くそ、これはちょっと悔しいな。

 俺の専門分野だけに俺が思い至るべきだった。


 佐藤が俺を見てニヤニヤしている。

 わかってて言ったな、くそ、この野郎。


「ふふ、いつも俺が言ってるだろう! 思考は自由に、何者にも囚われることなくだ!」


 あんたは囚われなさすぎなんだよ。


 しかし基本の発想は出来てもまだ問題は山積みだぞ。

 なにしろ夢のカケラはエネルギーとしては大きすぎる。

 蓄電するにしたって電気エネルギーとして変換する時に余剰エネルギーが出るのは間違いない。

 それをどうするかは悩みどころだろう。

 だがまあ、基本の発想が固まれば後はそこから発展させるだけの話だ。


 課長が一つ頷くと、俺を見て告げる。


「それでは木村くん、君を中心にチームを作ろう。基本デザインを起こしておいてくれないかな?」

「あ、はい!」


 こういう場合、普通は佐藤をチームリーダーにするんだろうけど、さすがに課長もそこまで思い切れなかったようだ。

 奔放すぎるからな。

 そもそも本人が嫌がるのは間違いない。

 ということで正を俺、副を佐藤で夢のカケラを使った蓄電システムの開発スタートとなった。


―― ◇◇◇ ――


「じゃーん、今日はちらし寿司と焼き魚とお味噌汁です。玉子焼きもあるよ!」


 伊藤さんがおかしい。

 昼休み、今の時期はさすがに屋内の喫茶室でだが、すっかり恒例となったお弁当を広げながらの伊藤さんのテンションに困惑する。

 どうもあの悲惨な一夜からこっち、伊藤さんの様子がおかしいのである。


「あの……」

「あ、もしかしてお嫌でした?」


 俺の戸惑ったような言葉に、途端にシュンとうなだれる。

 こんな風に気分の上げ下げが激しすぎるのだ。


「い、いえ、全然、好物ですよ、ちらし寿司!」

「やった!」


 ほんとどうしちゃったの? 伊藤さん。


 ついでに周りの微笑ましいものを見る視線がすごく痛いデス。

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