67:蠱毒の壷 その一
その第一報はなんとネット上のオーブンスペースからもたらされた。
グローバルネット上には、民営の投稿広場がいくつかあり、動画や画像、音楽や文学など、さまざまなプロアマ問わない投稿者がそこで凌ぎを削って切磋琢磨している。
その中の世界的有名投稿広場で独自にニュース放送を営むグループの元に提供されたのが、記録映像を含む日本の
しかもそれは日本軍によるものではなく、一介の冒険者の手によるものだった。
この一連のソース情報と共に流されたマイナーなネットニュースは、その後、同じ映像が全世界のメディア上に報道される程に広まった。
一方で立場を無くしたのは日本軍、ひいては大日本帝国という我が国だ。
それを受け、議会が責任問題で紛糾する直前に持ち込まれた議案があった。
いわゆる
「んで結局どういう風に落ち着いたんだ?」
俺は自分の分の皿を片付けると、ビールを片手に尋ねた。
「ニュースを見てないんですか?」
「お前から聞いたほうが確実でわかりやすいだろ」
俺の言葉に、浩二の奴は騙されないぞとでも言いたげなうろんな目付きを向けて来る。
こいつも昔は兄さん兄さんと懐いてくれていて可愛かったのにな。
まあきっと俺が悪いんだろうけど。
「政府は
「資源を独占的に一次取得することは諦めた訳か」
「おそらく効率と損耗を考えたんでしょうね。今回のようになんらかの手段でゲートを突破、あるいは管理外のゲートを使われるリスク。そして意気の上がらぬ国軍に任せて成果よりも消耗が限界を超えることを恐れた。そもそも我が国は製品加工技術において世界の上位を占めている訳ですから、原材料を輸入せずに国内で取得出来るだけでも十分国益には適うという判断でしょう」
「意気が上がらないってのはどういう理屈だ? 特務部隊の隊員はやる気はあっただろ?」
さすがにそこは直接関わった者として抗議しておきたい。
「表面上はそうですね。いえ、迷宮を脅威と見ていた時には確かに熱意があったでしょう。しかし、それが単なる危険な資材採掘場だと気づけば気持ちは変わります。実際彼らは第二層をなかなか攻略しようとしなかった。なぜと言えばこの五十年程の我が国の軍事教育では、ひたすら自国土と民の守護者たれと教えてきたからです。軍人から見れば迷宮攻略は大義ある戦いではないのですよ。いわば劣悪な金山や炭鉱に近い。そんな現場で死にたいとは軍人は思わないでしょう。少なくとも深層の心理下では」
浩二の滔々とした弁舌にただうなずくだけだった俺だが、唐突に部隊長の苦々しい顔を思い出した。
「だが武部部隊長は相当に悔しがっていたな」
「そりゃあそうでしょう。一層を攻略して上げた名声をどこの誰とも知れない冒険者に叩き落とされた訳ですからね。あれで怒らないのは聖人君子と馬鹿だけです」
辛辣だ。
ここが我が家で本当によかった。
本人には絶対に言わないで欲しい。
隊長さん、事態発覚後のミーティングで、すげえショック受けて凹んでたんだからな。
名も知れぬ冒険者に出し抜かれて一週間。
一時紛糾した議会は、どうやら罵り合いをやってると資源は流出し放題だぞという
と言っても、これは例の特別局を繰り上げ昇格しただけなので、組織的にはさして大きな変動は無い。
俺達を驚愕させたのは、そのせいで酒匂さんが大臣に昇格してしまったことだ。
本人からの
すげえよ俺も意味がわからないよ。もしかして人類初じゃね?
箱(役所の規模)が変わったのには当然意味がある。
今回勝手に
つまり探索者としての名目で、他国から迷宮担当駐在員として送り込まれて来る連中がいるのである。
それを受け入れるのに、貧相ないち部局では役不足だった訳だ。
酒匂さん、ストレスで倒れないといいが。
「タカにい、スパゲティおかわり」
それまで俺達の話に全く関わらなかった由美子が口を開いたと思ったら飯のおかわりの要求だった。
由美子よ。
今日はいつになくだらけているな。
まあお前が政治に興味が無いのはわかるけどな。
「じゃあ僕もミートソースを追加してください」
浩二、お前もか?
てか、なんで麺だけそんなに残ってるんだ?
「ミートソースは十分掛かっていたはずだぞ」
「足りません。ソースはヒタヒタ、それが麺料理の基本でしょう」
「ラーメンじゃねえよ! お前はミートソースをすするのかよ!」
うぷ。
自分で言ってなんだが、ちょっと気持ち悪くなった。
「おかわり……」
「……ソース」
「お前らときたら」
いらっとしながらも席を立った俺は、我が社自慢の万能調理器を使い、専用容器にスパゲティの麺2.1mmを一掴みと水を入れ、ミートソースのパック三袋から出したソースを密封容器に景気よく入れ、その両方を同時にセットした。
材料を画面から入力して画像選択でスパゲティミートソースをチョイス、分量は本体が勝手に計測してくれる。
ボタンをポチッと押すと、チャララ~ンと軽いオルゴールの出だしのような音がして調理が開始された。
調理中は、調理器の表面に中の様子とテレビジョンの画面が二画面分割で表示され、好きなほうを拡大しても観れるようになっている。
というか、調理していない時もこれ、テレビを観れるんだよな。
これは映像機器会社と提携した副産物で、せっかく画面があるならもっと有効利用しようということになり、普通にディスプレイとしても使えるようになったのだ。
しかも無駄に先進的で、普通のテレビジョンと違って有線コードを使わずに、電波放送をコンセントを通して受信している。
画面も、波動遮断用銅線網をガラス体で挟んだ三重構造であることを利用して、奥行きのある画像表示で3D映像のように立体感のあるものとなっていた。
最初、その価格から売れ行きはゆったりした物だったが、ネット上に動画が上がったりで評判となり、なにか当初予想と違う方向でメガヒット商品となったのだ。
おかげで
使ってみると、調理器として普通に便利で、もうコンロいらなくね? という感じになってしまった。
確かにちょっと高いが、値段分の価値は十分あると思う。
しかし俺はキッチンでテレビジョン観ないけどな。
「タカにいの作った魔法の箱No.2だね」
由美子が皿を抱えてやって来ると、万能調理器を眺めてそう言った。
どこからツッコめばいいのかわからない。
俺が作った訳じゃないし、魔法とはほとんど関係ない。
そもそも皿抱えて来るな、どこの欠食児だお前は?
「その言い方だとNo.1は家に送った
「うん。あの箱は魔法が切れたから今は物入れになってる。虫が入らないから凄くいいって母さんのお気に入り」
……
うちの家族はうちの会社に謝るべきだと思う。
むしろ俺が会社に謝りたい。
価値のわからん連中に心血注いで開発した商品を使わせてしまってごめんなさい。
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