25:昼と夜 その二

 ピピピ……と続く連続音は、目的地に近付く程間隔が短くなる。

 ビーッという警告音は向いている方向が違うというお知らせ。

 そして、無音は……。


「到着っとな」


 街角。

 基本的に、住宅地と言えば『高級』が付く中央都において、薄給の庶民が住居を求める場合、主に二つの選択肢がある。

 郊外の持ち家か郭内の貸し家か、だ。

 俺の辿り着いたこの辺りは、その貸し家のファミリー層向け大規模集合住宅地域、すなわち団地区域と呼ばれる場所の一画だった。

 夜尚賑やかな繁華街と違って、この辺りは、まだ21時前だと言うのに既に人の気配が薄い。

 到着して一息ついた俺の耳に、ふいにジィィ……、という虫の羽音が届いた。

 どうやら由美子が先にこっちを見つけたらしい。

 優秀な妹を持つと楽が出来ていいな。

 合流を待つ間に周囲の気配を探りながらオーダー内容を検討してみた。


 事の起こりは三日程前らしい。

 この近所に設置してあった自販機がおかしな壊され方をした。

 叩き壊されたのでも切断されたのでもなく、バラバラになっていたのである。

 もっと具体的に言うと、その自販機は、まるで組み立て前の状態にに戻ったかのように、綺麗にパーツごとに分断されて壊されていたのだ。

 その時点では、誰かの手の込んだ悪戯だろうということで、器物損壊事件として警察があまり気のない捜査を始めただけだった。

 だが、次の日。

 今度は地域の小公園の、ベンチや遊具がされた。

 ここに至って、やっとこれは普通の事件ではないと判断した捜査部は、案件を保安局送りにし、保安局は怪異対策庁に依頼を出して、俺達に割り振られたって訳だ。


 準緊急だったのは、これまで人的被害が出てないせいだな。

 しかし、これは……。


「兄さん、半径50m範囲の屋外に人はいません」

「おうユミ、早速ご苦労様。まあ相手も同じ場所をうろうろしているとは限らないしな」

「そうだけど、一昨日、昨日の二件共、近隣で起きているということを考えると、この犯人は、ここに土地勘があって、その範囲で破壊を行なっている可能性の方が高い」

「その言い方だとお前の考えも同じか」

「犯人についてということなら、高い可能性で怪異では無いと思っている」

「だよな」


 由美子はコクコクと首を動かした。くっ、ちょっと可愛い。

 いや、それはそれとして、妹よ、その装備で今後も都内で活動するつもりなのか。

 白い胴着に紺袴、って、物凄く浮いてるぞ。

 まあ、弓道部とか合気道をやっているとか思ってくれる可能性があるか?

 いや、胸を三角に覆っている黄金の胸当てはさすがにやばいだろ、その派手な装備のせいで、もはやどう見てもコスプレの類と化しているぞ。

 表面に文言が彫り込んであるし、素材も特殊な感じがするから、何らかの強力な術具だとは思うが。

 あ、裏から符を出した。

 仕込みも出来るのか。


「兄さん、視線がエロい」

「馬鹿か!妹の胸なんぞをそんな感情で見るか!というか、女の子がエロいとか言うな!はしたないだろうが!」


 とんでもない言い掛かりを全力で否定する。

 そもそもエロい思いを抱けるような胸でもないだろうが!


「兄さん……今度こそ何か良からぬことを考えた、ね?」

「知らん!」


 冷え冷えとした視線が俺に突き刺さる。

 くっ、まさかまだ正月に会えなかったことを根に持っているのか?

 再会してからこっち、なんか俺の扱いが酷くないか?


「探索範囲を広げてみる」


 悶々とする俺を放置して、由美子はふいっと話を打ち切ると、符を手に乗せて息を吹き掛け、真っ白な大きな蛾を出現させてそれを放った。

 この虫は由美子の得意技の一つだ。

 約半径100m範囲の情報を細かく拾うという高性能な能力があるらしい。

 その代わり少数精鋭で、他の虫のように数を放てないのがネックだとか。


「明らかに時間と場所にそぐわない存在がいる」


 由美子がふと目を閉じたと思うと、そう報告してくる。


「はえーな、おい」


 なんか昔にいや増して情報精査の能力が上がっているな。

 そもそも、虫がどれだけ情報を拾おうと、それを分類判断するのは術者だ。

 術式をどれほど繊細に使いこなせるかで、その術者の力量が決まると言っていい。

 それから考えると、身贔屓抜きにしても由美子は超一流と言っていいだろう。

 我が妹ながら、恐るべき術者に育ったもんだ。


「対象の概要は?」


 誘導に従って走りながら細かい情報を聞く。


「男の子、小学生高学年ぐらい?」

「塾帰りでたまたまそこに居た、とかの可能性は?」

「車上荒らし中だから違うと思う」

「おいおい……小学生が車上荒らしかよ、世も末だな」


 別に俺等は警察とかじゃないんで、これが普通の犯罪だったら警察に任せて通報して終わりだ。

 だが、


「車を解体して車上荒らしは新しいな。これって車の残骸荒らしとかでいいんじゃね?」

「残骸製造と他人の財産荒らしの方が現状にふさわしいかも」


 怪異というのは、無意識下の渇望、或いは特定の個による激しい感情によって結ばれる存在だ。

 なので、顕現したばかりのソレは、その渇望にひたすらつき動かされる。

 長い歳月を生きた怪異モンスターの中には、理性に似たナ二かが宿ることもあるが、現状では手強い怪異フィールドボスの存在パターンは解析がなされていて、そんな化け物が都市部に進入したらその瞬間に警報が鳴り響いているはずだ。


 そういえば、エレベーターの時に俺を追おうとしていた清姫が、もし迷宮外に一歩でも踏み出していれば、あの時中央始まって以来の大規模怪異災害が起きていたのか。

 改めて考えると恐ろしい状況だったな。

 ともかく、今回の小規模連続破壊は、同じ物に拘りがないこと、壊された物の周辺は無傷であることから考えると、理性ある生物、『人間』の異能者のしわざである確率が高かったのだ。


「子供の異能者か、うまいこと怖がらせないで捕獲出来るかな?」

「兄さん、そういうの得意だから大丈夫」


 由美子がなにやら確信の籠った口調で断言してくれた。

 だがしかし、俺は未だかつて人の子供を捕獲したことは無い。


「何を根拠に?」


 嫌な予感しかしないが、とりあえず聞いてみる。


「だって、兄さん昔から変なのとか凄く変なのとかとんでもないのとか最悪なのとかにモテモテだったから」

「あれとアレとアイツらのことか!」


 こんな会話で通じるのは流石兄妹って所か?

 いやいや、逃げるな、俺!

 ここはしっかり否定しておかないと、俺の今後の人生にも関わる評判だから!


「あれはモテるとは言わん!特にアイツらはな!」

「兄さん変なのと縁が深いから仕方ないよね」

「いや、しみじみと言うのはマジ止めて、こう見えてけっこう繊細なんだよ、俺」


 ちょっと泣きが入った所で、

 前方から金属を派手に放り投げたような音が響く。


「当たりだな」


 無駄口を止めて、丹田に気を溜めた。

 軽い戦闘準備だ。


 目前にあるのは常夜灯にほの淡く照らし出された駐車場だった。

 そのわずかな灯りの端で、異様な光景が展開している。


 灯りの届かない駐車スペースに、夜の闇に沈むように積み重なった何かで形作られた子供の背丈程の山があった。

 それを小さな影が、どうやってか上から順にその山の欠片を弾き飛ばし、掘っていた。

 これが外なら、小鬼と間違うような奇怪さ加減だ。


「とりあえず声を掛けてみるか。挨拶は人付き合いの基本だしな」

「間合いがはっきりしないから気をつけて」

「バラされた時には組み立てよろしく」

「やだ」


 愛する妹にすげなくされてしまった傷心な俺は、ふらりと駐車場に滑り込んだ。

 まだ少し遠い、黒くて小さな影に向かって声を張り上げる。


「おーい!こんばんは!」


 夜だけど他に人の気配も無さそうだし、このぐらい大声出してもいいよな。

 そうやって頑張った俺の声は、どうやら相手に届いたらしい。

 黒い影は面白いぐらい慌ててガラクタの山から飛び退き、一目散に逃げ出した。


「ちょっ!挨拶しただけなのに逃げ出すってなんだよ、待てって!」


 逃げた子供の進行方向に、突如として巨大な影が湧き出す。

 由美子の操る虫で出来た影だ。

 大きな人影のようなそれに、小さな影は一瞬怯んだかのように見えた。


 しかし、

 ドン!っと、大気を揺るがして、通せんぼの大きな影は、その真ん中に穴を開けられる。

 たまらず虫達は制御を失い、殆どが核となった紙片を散らして消えた。

 だが、その犠牲は無駄では無かったようだ。

 更に逃げようとする子供の真後ろ、その空中に、光る虫が寄り集まり、光の文字を作り上げた。


『攻撃は衝撃波』

「ユミか、了解した」


 車の屋根を幾つか飛び越え、逃げる子供に追いつく。


「待つんだ、暗い所で走ると転ぶぞ!」


 常夜灯の明かりに照らされ、振り返る顔がくっきりと見えた。

 その目は大きく見開かれ、追い詰められ、狩られるモノの色を宿している。


「つっ!」


 皮膚の感覚が相手から放たれた力を感じ取った。


共鳴ともなれ!」


 咄嗟に抜き取った透明な水晶が俺の手前ギリギリで砕かれる。

 透明の水晶から放たれた波動は、一瞬だけ世界に薄い膜を張った。

 そこで幾分か吸い取られた衝撃の残りが、胸元から顎を叩き、俺は堪らずもんどり打って後ろへと転がる。

 首にチリチリする痛みがあった。

 やべえ、狙いは首かよ、でももしや今痛いこれって水晶の破片の自爆?

 これで死んでたら物笑いになってたな。

 くそ、やっぱ浩二がいないと守りが弱くてキツイ。

 さて、と、容疑者A君に怪我は無いかな?


「おい、大丈夫か?怪我してないか?」


 俺が声を掛けた先。

 街灯の光と影を半分に割って、こちらを見詰めたまま立ち尽くす子供がいた。

 小学生の高学年っていったら十歳ぐらいだっけ?もっと上か?

 そのぐらいの時といったら、俺は一人で外で狩りをすることを許されて、ワクワクしながら戦っていたっけな。

 まだあの頃は、何の疑いもなく生きてた気がする。


「うっ、えっ、ご、ごめんなさい、ご、めんなさい」


 影から体を光の中へと移したその少年は、なぜかいきなり謝り、泣き出した。

 ……やべえ、子供ってどう扱えば良いんだ?

 泣きだした子供という最終兵器を前に、俺は途方にくれたのだった。

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