16:古民家は要注意物件 その五

 屋根を見る。

 本来鬼瓦が乗るべき所に鯉を象った瓦がある。

 一見すると、城などの屋根にあるしゃちほこを思い起こさせるが、両者は似て異なる物だ。

 鯉はその音の響きから招きの意味を持つし、やがて龍に変ずるの古事から貪欲に力を望む怪異に通じる。

 概念が現象と直結するというこの世のことわりから見れば、その意味する所は明確だ。


 一方で、門はこの古民家と共に移動して来た物では無く、新たに作られた物らしく、門柱は左右対象に、門扉も両方を合わせれば守護の型が完成するように、きちんと造られていた。


「ここは問題無いな」


 だが、俺はその門の守護印に何か引っ掛かりを覚えた。

 洋式なのは最近の流行なのでまあいい。

 古民家の門扉としてはどうかとは思うが、そこは好き好きだしな。

 ただ、聖光印という少し独特な物を使っているんだよな。

 この印を使うのはとある宗教関係者が多い。

 別に因縁があるとかじゃないが、あちらからは一方的に嫌悪されている身なんで、もし連中が絡んでるならやりにくいな。


 うー、嫌な予感しかしねえ。


「木村さん?」


 おっと、考え込んでいたら伊藤さんが不安そうに声を掛けて来た。

 やばい。


「いや、大丈夫。立派な門だなと思ってただけだよ」

「そうですか」


 声が暗い。

 そりゃあ自分家じぶんちが害虫捕獲器ホイホイと同じとか言われたらショックだよな。

 ちょっと言葉を選ぶべきでした。すみません。

 こういう気を回せない性格をいっつも弟には怒られてたんだが、正直油断してた。

 何かフォロー入れたいけど、そんなことが出来るようなら最初からやらかしてないんだよ。

 俺ってほんと、駄目だよな。


 門を入って庭へと続く道には鹿威ししおどしもあって、ちゃんと稼動しているし、手入れもされているようだ。

 だが、家の床下が素通しで、柱に付いている鼠返しに大きな切れ目があったり、ちょっと見ればおかしいと気付ける要素がそこらに転がってる。


 取り扱った業者に知識があるのか無いのかよくわからない対処だ。

 下手すると知識が偏っている、一番使えないタイプの専門家か?


「あっと、とりあえずお邪魔してもいいかな?」


 困ったように俺を見ている伊藤さんに遅まきながらフォローっぽいごまかしを入れてみる。


「あ、はい、大丈夫です。どうぞ。……ちょっと、お母さん!いる?」


 言うが早いか、伊藤さんは俺を玄関に導いて、自分で引き戸をカラカラと開けると、母親を呼びながら広い玄関のたたきに靴を揃えて上がり、俺のためのスリッパを用意してくれた。

 スリッパとか、他所の会社でしか履いたことないぞ。


 玄関には花瓶がある。

 しかし、残念ながら外国産の花が飾ってあり、位階の高い梅やら菊などは全く見当たらない。

 せめて百合とか、いや白い花や紫の花があるだけでも違うんだがな。

 玄関に飾られているのは何の力も持たない、優しいパステルカラーのただ可愛らしいだけの花だ。

 まぁ花はそれだけで幸いを呼ぶ存在ではあるんだけどな。


 ……ああいや、違う、そうじゃないんだ。

 彼女は、彼女達家族は、周囲に配置する物一つ一つにも神経を尖らせて身を守らなければならないような環境に生きた経験などないに違いない。

 だから、ただ単純に綺麗だから花を飾って楽しむ。

 それが当たり前の環境で生きて来たのだろう。


「いいなあ、こういうのは」

「え?」


 思わず口走った俺が見ていたのが花瓶の花だと気付いて、伊藤さんは照れたように笑った。


「あ、この花ですか?ちょっと雑誌を参考に飾ってみたんです。ずっとアパート暮らしでこんな広い家初めてで、やっぱりこういう家の玄関には何か飾らないとおかしいでしょう?」


 な、何?この娘?


 女の子ってあれだよな、可愛いけど打算的で、常にこっちの隙を窺っているような。

 手の中に切り札を隠し持っていて、絶対にそれをオープンにはしないような、そんな生き物だよな?


 これじゃあまるで、無邪気な子犬みたいだ。

 自分でそう判断しておいてあれだけど、本当に本当で根っこが善性なんて人間がマジに実在していいものだろうか?

 いや、いるのかもしれない。

 偏見は駄目だ、世界を悪いほうへ傾ける愚行だ。


「か、可愛くていいんじゃないか?」


 あくまで花の話だぞ。


「そうですか、家族以外の人に褒められるのは嬉しいですね。たとえお世辞でも」


 自分でそう落としてアハハと笑うと、彼女は俺にぺこりと頭を下げて、改めて奥へと顔を向ける。


「お母さん、いないの?」

「はいはい、もうこの娘はせわしないったら。……あら、いらっしゃいませ?」


 奥からゆっくり現れたのは、いかにもご近所のおばちゃんという感じの女性だった。

 少しぽっちゃり気味だが太っているという程じゃない。

 そのにこやかな丸顔が伊藤さんによく似ていた。

 まあ家族なんだから当たり前だが。


「あら?ってお母さん、昨日言ってたじゃない、会社の人が古民家に興味があるから今日は見に来るよって」


 うん、そういう打ち合わせなんだよな。

 あんまり交流の無い会社の同僚が家に遊びに来る言い訳としては順当な所だろう。

 興味があるんなら詳しくて当然だし、色々言いやすいってのもあるし。


 それはそうとして、


「あら?そうだったかしら。最近どうも忘れっぽくってごめんなさいね」

「もう、しっかりしてよね」

「あの」


 会話している親子の間に割り込むという多少の不作法ぶりを発揮して、俺は伊藤母に声を掛けた。


「お母さんはもしかして背中から肩に掛けて重いとか痛いという感じはありませんか?」


 割り込んで来た上にいきなり変なことを聞いた俺に、二人は怪訝な顔を向けた。

 まあそれは当然と言えば当然だ。

 俺だって突然そんな事を言い出す奴がいたら怪しく思う。


「そ、そうね。そういえば最近背中が酷く痛むことがあるわ」

「そうでしょう。見た感じ少しズレがあるみたいですよ。よかったらちょっと診せて貰えませんか?これでも少々心得があるんです」


 普通見ず知らずの相手からこんなことを言われたら断るのが当たり前だ。

 しかしどうやら伊藤母は、娘の同僚ということで拒絶するのをためらっているようだった。

 こういう場合は畳み掛けるに限る。


「凄く簡単なんですよ。痛くもないですし」


 言いながらするりと背後に回ると、有無をいわさずに人差し指の第二関節と親指を両肩に押し当て、そこを起点に背骨の第四胸椎の両脇まで線を引くようにやや強めに押しながら移動させ、その両手を素早く外すと、形を手刀とした左手で軽く十二、肩甲骨の下を斬るように叩く。


「どうですか?」


 俺の行動があまりに無遠慮に行われたため、反応が返せずにいた二人がようやく我に返る。


「あ、あの木村さん?」

「あら、ほんと。なんだか凄くすっきりしたわ。凄いのね」


 我ながらちょっと言い訳のしづらい行動だったが、伊藤母に取り憑いていたもやのような怪異は陽光の下の雪の一片のように解け消えた。

 迷宮ダンジョンによくいる惑わしガスという怪異だが、通常空間では本来存在すら出来ない儚い怪異だ。

 逆に言えばこんな奴が人にとりつける程、この家の瘴気が濃いということだろう。


「少し囓った程度ですけど、お役に立てたのならよかったです。そうそう、今、伊藤さん……娘さんとも話してたのですけど、ちょっと気になることがありまして」


 伊藤母は明らかに畳み掛けに弱い。

 ここは一気に行くべきだと判断した俺は、伊藤さんに目配せをした。

 なぜか戸惑ってワタワタしていた彼女だったが、この合図に、俺の意図を汲み取ってうなずきを返してくれる。


「気になることですか?」

「はい、このお宅のことなんですが、少しおかしい部分が見受けられるんです。出来れば詳しい話をお聞きしたいので、この家を建てた時の不動産屋さんを紹介していただきたいのですが」

「ほう、それは私も興味があるな。是非聞きたいものだ」


 たたきを上がってすぐの所で話しをしていた俺たち、いや俺を、じっと睨むように見ながら、玄関の引き戸を手早く開けて入って来たのは、やたら体格のいい男性だった。

 うちの弟の戦闘仕様の作務衣も大概あれだったが、この男の場違いぶりも凄い。


 今時和服を着て過ごしているのも違和感があるといえばあるが、なにより薄い茶髪に青っぽい目、やたら白い肌に胸元から覗く胸毛が、恐ろしいぐらいのアンマッチ感を醸し出している。

 そう、その男は和服を着こなしたごっつい外国人だったのだ。


「お父さん!」


 え?伊藤さんハーフだったんだ。

 その言葉でおれが最初に思ったのは、そんなのどうでもいいだろ!ってツッコみたくなるような、そんな感想だった。

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