Bパート 前

「よう、待ってたぜ。あんたたちのためにイイ案件を取っておいたぜ。セリパラの船長!」


 どんな街にもある案内所の紹介屋は、扉を開けて入ってきた薫率いる三人組に向かって言った。


「俺らを呼びつけたんだ。それなりの依頼なんだろうな」


 薫はカウンター越しに言い返した。


「いっちょまえに言うようになったな。十七才の後継ぎ空賊のひよっ子が」


 ヒゲ面の紹介屋もカウンターに乗り出し、薫の額に自分の額をこすりつける。薫も負けじと押し返す。


「船長。周りの人に迷惑がかかるので、やめて下さい」


 眼鏡をかけた好青年のイノガリが薫の襟首をつかんで紹介屋から引き離した。案内所ではテーブルで説明を受けている空賊類いの輩や、依頼を申し込む人、壁に張り出されている依頼内容を読でいる人もいる。


「おい、イノガリ、放せ。副船長のお前が船長のやることを押さえ込むとは、どういうつもりだ。お前が俺の後に続かないでどうする」


「続かないも何も、私の額をどこにこすりつけろというんですか! 我々は、依頼を受けに来たんです。額で小競り合いをしに来た訳ではありません」


 薫より年が十才上のイノガリは、声を荒立てることなく言い終えた。薫は口をすぼめ、何も言わなかった。


「立派になったじゃねぇか、お前も。先代の船に乗っていただけはあるぜ」


 紹介屋はあごヒゲを触って笑った。


「もうね、船長と言っても、見習い並みの子供だから」


 薫の一つ年上の女空賊ハレミは、母親が自分の子供を謙遜して紹介するように答えた。


「うるせー。で、うちの依頼は?」


 薫はふてくされた顔になった。


「おう。それなんだがな。今朝、地上したから上がって来たばかりでな。新鮮だぜ」


 紹介屋は、カウンターの中から一枚の紙を出して、薫たち三人に見せた。


「魚屋じゃねぇぞ、ここは」


 薫が突っ込んだ。


「活きがいいぞ。詳しいことは読んでもらえばわかるが、簡単な話、誰もいない海のど真ん中にとあるモノを捨ててくれってよ」


「とあるモノ?」


 薫は依頼書を受け取り、見ることもせずイノガリに渡した。


「あれだよ」


 紹介屋は案内所の隅に置いてある一メートル四方の木箱を指差した。所々、空気穴のような小さな穴が空いている。薫はそこから中を覗いても中は暗く何が入っているのかわからない。


「中身は何なのよ?」


 ハレミは依頼書をじっくり読んでいるイノガリに聞いた。


「書いていませんね。マスター、中身のことは依頼者から何か聞いていませんか?」


「中身については、何も言ってなかったな」


「んじゃ、開けてみるか」


 薫は上蓋に手をかけた。


「船長、開けてはなりません!」


 イノガリが強く口早に言った。薫の動きがピタリと止まった。冷静なイノガリがそう言う時は、何かまずい時だと薫もすぐにわかった。


「何でだ?」


 薫が問う。


「依頼書に中身の確認はできるだけしないで欲しいと書いてあります。もし、確認したければ、依頼を正式に受理し、街を離れた船の中で行ってくれと」


 イノガリが依頼書を確認しながら言った。


「引き受けておけよ。この報酬は五千万だ。しかも先払いだぞ」


 紹介屋は、嬉しそうにケースをカウンターの上に置いた。ハレミが目を輝かせながらゆっくりとケースを開けた。びっちりと札束が詰まっている。


「くぉー。はぶりがいいね。あの箱を海に捨てるだけでこんなにもらえるなんてね。おい、船長この依頼、引き受けろ!」


 ハレミは今にもよだれをこぼしそうな表情だった。薫はジロッとハレミを睨んだが、すぐに木箱に視線を戻した。そして、両手で箱を持ち上げた。


「少し重いな。二人がかりだな」


 よくこんなものを下から雲の上まで運んで来たな。富士越ふじえつの街は、下から富士の山でつながっているとはいえ、なぜここまでわざわざ上げてくる……。船を地上まで呼びつければいいのに。それにあの多額な報酬金……。


「順序が逆だろ。先払いってよ、どうせ危ないものか何かだろうな」


 薫はそう言いながら、イノガリの持っていた依頼書に了承サインをした。そして、依頼書を紹介屋に渡す代わりに、報酬金の入ったケースを手にした。


 紹介屋は、薫のサインを確認し、


「確かに。この依頼はセリカ・パラノイド空賊団に託したぜ」


 と、きざったらしく言った。




 富士越の街は、数ある雲の上の街でも大きな街で、港には大小様々な船が泊まっている。造船ドックもあり賑わっている。


 港まで続くメインロードをイノガリは例の木箱を案内所で借りた台車に乗せて押していた。その前をハレミは気分がよさそうに大腕を振って行進している。


「で、なぜついてくる?」


 最後尾を歩く薫は、隣に並ぶ紹介屋に言った。


「そりゃー、船が出る前に中身を確認されるとまずいから監視だ。ついでに見送り」


 紹介屋の最後の一言は小声だ。


「見ねぇよ。仕事だからな。ん?」


 薫は港に並ぶ船の一艇に目がいった。


「なんだ、この黒い船。重そうだな。ちゃんと飛ぶのか?」


「ほぉ。俺も初めて見たよ」


 紹介屋もその船を見た。黒い鉄で造られ、一般的な木造の飛空艇とは雰囲気が違っている。クジラのような飛空艇がどっしりと停泊していた。物珍しいのか辺りには見物客が多くいた。


「黒鉄の飛空艇ですよ。どこかの金持ちが造らせたとかで、先の大戦中、砲弾が飛び交う間を無傷で通ったという噂話があります」


 イノガリが台車を押しながら説明をした。


「弾が効かないなら、事実上無敵の不沈船か。硬く無愛想極まりない冷たい船だな。全く暖かみが感じられねぇ。やっぱり木造船だな。セリパラ号ほど乗り心地のいい飛空艇はねぇ」


 結局、船長は自分の船を褒めたかっただけかとイノガリは内心思っていた。だが、なぜ雲の上に地上人の黒鉄船が泊まっているのか。確か先の大戦では、戦争とは関係ない国家任務を遂行する際に飛んだらしいが……。私たちの知らないところで時代が動こうとでもしているのか。空まで巻き込んで欲しくないな。


 セリカ・パラノイド空賊団幹部三人と紹介屋は、セリカ・パラノイド空賊船―セリパラ号に到着した。


「おらー、野郎ども。とっとと荷を運び入れるんだよ。船長が戻って来たのに出向準備ができてないってどういうこと?」


 ハレミは、もたもたしているクルーたちに叫んだ。近くで荷を運ぶ若手クルーのお尻に蹴りを入れるハレミ。


 イノガリは荷入れをしているクルーに依頼の木箱を中に入れるように指示した。


「クルーは皆、若いな。人は少なそうだが」


 紹介屋はセリパラ号を見回して言った。


「多いと船が沈む」


 と、薫が答えると、紹介屋は腹を抱えながら大笑いした。


「何がおかしいんだ? 沈めるぞ」


 握りこぶしを見せる薫。


「あぁ、悪い悪い。薫の船だった。気にするな。うー腹いてぇぜ」


 紹介屋は笑い続けた。


「船長。そろそろ出向できるよー」


 ハレミが甲板から声をかけて来た。薫は手をあげてわかったと合図を送った。


「もうこの金は返さないから。気が向いたらまた寄るわ」


 紹介屋に捨て台詞を吐き、甲板に渡された細い橋を薫は渡った。振り返ると紹介屋はこちらに手を振っていた。隣でハレミも手を振っていた。


 薫は船の少し高い所へ移動し、出向準備をするクルーを見下げた。


「今日の夜は祭りだ。心して仕事にかかれ!」


 船長の張り上げた声に呼応するように、クルーの雄叫びが上がる。


「遠深黒海に向けて、出航!」


「セリカの願い星に届け! キャプテン!」


 クルーは声を揃えて言い放った。いつの間にか薫のそばに立っていたイノガリと薫は目を合わせると、イノガリがコクっと頷いた。踵を返して操舵室に向かった。


 クルーたちは、遠深黒海と聞いてざわついていた。中には怯えるやつもいれば、祭りになるくらいの仕事は何だと騒いでいるのもいる。


 海の船乗りでさえ恐れる海域。海流、天候と何も先読みができず、いくつもの船が沈んでいるという。


 セリパラ号はゆっくり港を離れ、船首を回転させ、ただただ空の広がる雲の大海原を飛んでいく。

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