7.六匹目 楯葉蒼

Aパート

「おはよう!」


 朝、そう言ってスライド式のドアを開けて薫の病室に入って来た牡丹。


 薫はベッドの上に立って何やら、はしゃいでいるようだった。幼い子供がまるで飛行機を手にもって飛ばしているように薫は遊んでいた。


「薫君。ご機嫌のようね。朝ごはんだよ」


 牡丹が声をかけると、薫はベッドから飛び降りた。室内を走り回る。朝食の乗ったトレーを持った牡丹の周りをぐるぐると回る。


「ちょっと、ぶつかったら危ないでしょ」


 牡丹はそう言いつつも、薫が手にして飛ばしている鮮やかな色の羽を見ていた。


 四枚の羽の中心は黒く外へ広がるに連れて色が変化している。下の両羽は黒から青へ。そして、縁は白。上の両羽は同じく黒から薄黄色へ。縁は同じく白。縁より内側にオレンジ色の斑点がどの羽にも二つずつあった。


「俺もこうなりたい」


 薫は自分で操る蝶の女の子を見ながら言った。声も表情もとても明るい薫。


「薫君も空を飛びたいの?」


 嬉しそうな薫君を見ていると私も何だか心が楽だわ。でも、このプラスの反動が突然機嫌を損ねてつぶれて欲しくないのが正直なところ。そうなってしまった時の対応が大変なのは目に見えている。


「水を得た魚です」


「どういうこと、薫君」


 牡丹は朝食をテーブルに置いた。そして、カーテンを開けると眩しいほどの朝の陽が室内に差し込んでくる。


「そういう場所や環境、人と出会うことが必要ってことです」


「薫君は見つけられたってこと?」


「この子は見つけられたようです。俺は俺でそんな場所を見つけたいんですけど……」


 薫はそう言いながら、ベッドに座った。両手で優しく包み込む蝶の羽を生やした女の子を見て、一つため息をするとガクッと肩を下げた。


「好きでやった訳じゃない。偶然、そうなってしまった。今までそうしないように気をつけて来たのに、一度のことで全てがひっくり返ってしまうんです。俺の生きる世界は……。この子もそうなんです」


 さっきまではしゃいでいた薫ではなくなっていた。牡丹はたんたんと話す薫の手元を見た。鮮やかな羽を生やした幼い女の子は着物を着ていた。羽の鮮やかさとは真逆で色味のない地味な着物だった。


「気にかけて気にかけて細かく対応しているはずなのに、それは望まれず、たった一枚羽をむしり取られてしまうだけで飛べなくなってしまうんです。認めてもらえない。飛べないやつとして。どうしてですか? 何で平等って言葉があるんですかね」


 思っていたよりも早く薫君の気持ちは反転してしまったか。もしかして、これが絶零波というやつかと牡丹は昨日薫から聞いた話を思い出した。


 白絵さんほど強力なものでないにしろ、薫君がこうなると私の気持ちも少しへこむ。薫君の気持ちをいじってしまったのかと内心焦ってしまう。


「私が言えることは、物事に基準があって、枠組の中で行動を展開しなければならないの。それを守って平等として扱われる」


 牡丹は言った――薫君はどうとらえるのか。自分はその基準、枠組からはずれているのかと考えるのだろうか。


「結局、俺はこの子を箱の中に入れなきゃならない。それしか方法がない。もっと自分に、狂わない強い心があれば、彼女たちを捕らえることもなかった……。生み出さなかった……」


 そう聞いて牡丹は少しほっとした。薫が変に思い悩んでしまうかもしれないと思っていた。


 ――なんだ。結局、自分のことじゃなく、この子たちのことばかり見ているのね。


「薫君。そんなこと言わないで。この子たちは薫君を求めて来たんだと思う。薫君も望んでいたから、今一緒に薫君の手の中にいるんだよ。世の中の基準や枠がなんなのよ。薫君が自ら作り出した世界、その世界が良くて薫君の所へやって来たのよ、彼女たちは」


 ――私じゃない。


「俺が作り出した世界……」


「そう。薫君の世界が必要なのよ。創っていきなさい!」


 薫は標本ケースの中に、今日新たに捕らえた子を入れた。ガラス板を元にはめ直すと、薫は一人一人目を合わせ、会話するように頷いていた。


「さぁ、朝ごはんを食べよう。薫君」


 そう。私は彼を見守ることしかできないのね。

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