Bパート 前

 薫は長いフライトを終え、「静かの海」空港の待ち合わせ場所に一人いた。空港は多くの人たちで賑わっている。


 初めての月なのか、地球より小さな重力を楽しんで忍者のように飛び跳ねている人もいれば、その重力に違和感を持ち、気分を悪くしている人をたまに見かける。


 俺は今回で三度目の月。小学生の時に家族旅行で一度来て、中学の修学旅行で二度目。そして、十七才にして三回目の月旅行。この年で三回は多い方だ、一般的に。しかし、今回の月旅行、いや仕事……よくわからないが、旅費は全て相手持ち。それに報酬金すらついてくる。人助けをして欲しいとのことだ。


 ただ詳しい内容は現地で説明すると言われた。あやしいとは思いつつも、社会から信頼ある企業Gaiaxガイアックス社からのお願いでもあったから引き受けた。


 俺はベンチに座りながら、目の前を浮遊する半透明のホログラムを見ていた。


〈現在、月では『iMagi+CA』は有効圏外のため使用できません。ご不便をおかけしまして申し訳ございません〉


 という文字列と、車の標識のように斜線の引かれた『iMagi + CA』のロゴが表示されていた。


 静かの海都市も小さな国並に発展したんだから、iマギ使えるようにしてくれてもいいのにと、薫は広々とした空港を見回した。


 LCL通信しないだけでこんなに頭の中が静かになるとは思わなかった。E-SNSやSelicaからの情報が入ってこない。むしろ、それらの情報が入ってこないことの方が不安になるくらいだ。


 『iアイMagi+CAマギカ』《略称iマギ》は、ガイアックス社が開発した、人間が発する思念を取得処理するシステムである。


 ヒト意思を解釈できる画期的なシステムで、思念とWorld Wide Webを接続可能にした。事実上、『iMagi+CA』がウェブと人そのものを取り込んだ形となった。これにより人はデバイスを介することなく、『iMagi+CA』とつながりたいと思うだけで接続が可能だ。


 また人は思念を発すると同時に思念光というものを発生させることを発見した。


 これは人には見えないが、『iMagi+CA』は、それを目印に通信を実現する。その際、『iMagi+CA』からLCLというものを発し、思念光と『iMagi+CA』を中継する。これをLCL通信と呼んでいる。思念光の波長は一人一人ユニークで『iMagi+CA』はそれを個別IDとして認識する。


 『iMagi+CA』の登場により人はデバイスを介さずに、頭の中でウェブを利用することが可能になった。以前はWeb10.0と呼ばれていたが、大きな飛躍を遂げたことで業界内ではWeb13.0と数字を上げていた。


 一方の世間は『iMagi+CA』に一目置いていたため、iMagi1.11時代などとマスメディアが広めていった。これにともない、インターネット上にあったSNSはiマギの中に場所を移し、思念を通すSNSはより自分に近づく形となった。進化形SNS―E-SNS―ともてはやされることになった。


 このE-SNSは、以前までの文字や音声、映像などのメディアだけでなく、心・思念すらも共有することが可能になった。しかし、思念の情報量が爆発的に増えたことで多くの問題が指摘されてもいた。


 ネット上の情報は、「十八禁」と「猫」が大半を占めていると言われていたが、iマギが登場してからはその二つに「思念」が加わった。これにより人の頭の中で思いめぐらせていたはずの「思念上の十八禁」がiマギを駆け巡り、特に女性や子供に影響を与えると問題になっていた。


 薫はガイアックス社の人間に連れられ、移動することになった。場所は月の裏側と聞かされたが詳しいポイントまでは教えてもらえなかった。


 静かの海空港から専用機で移動したが、月の裏側は数千メートル級の大小数々のクレーターや山がそびえ立ち、同じような地形ばかりで場所を覚えようがない。専用機はあるクレーターの中へと降下し、薫は地下施設へと案内された。


 そして、机とイスだけがある会議室に通された。当然、直接外を見る窓はなく、疑似窓には宇宙が映し出され、星がゆっくり動いていた。この視覚効果もあり、地下にいる感覚は薄れた。そこでしばらく一人で待っていると、別のガイアックス社の担当者が一人手ぶらでやって来た。好青年の研究員だった。


「初めまして。レリエル実験基地DDDトリプルディー開発部の雨宮早太です」


「花咲薫です」


 ――ここはレリエル実験基地っていうのか。


「Lベース。通称、そう呼んでいます」


 雨宮は意味深な笑顔を浮かべた。


「えっ?」


 薫は、自分で思ったことが雨宮に伝わっていたことに驚いた。


「ごめんね、驚かせて。このLベースでは、iマギが使えるんだ。一時的に花咲君も使えるようにするから。……はい、どうぞ」


 雨宮が言うと、薫の頭の中に滝のような情報が流れ込んで来た。友達の思念、E-SNS、各ジャンルのニュースや参加しているゲーム世界など。しかし、薫は違和感を感じていた。


「気づいたかもしれないけど、特殊なLCL通信を使っているから、花咲君は情報取得しかできないようになっている。ここは未公開の基地で、情報漏洩させないためだから、ご了承下さい」


「はぁ。それはかまいませんが、一体俺は何をすればいいんですか?」


 すると、iマギを通して雨宮から資料が送られて来た。ネットアイドル「ホワイト・カンバス」絶対零下予言思考少女サルベージ計画という長いタイトルだった。そして、赤字で大きく極秘と印字されていた。


 最近現れないと思っていたけど、ここにいたのか。でも、サルベージってどういうことだ。セリカ内でも彼女が消えて事件に巻き込まれたとか、普通の女の子に戻ったとか色々噂が絶えない。


 ホワイト・カンバス―国内のネットユーザーで知らない人はいないくらいの人気ネットアイドルの名前だ。この名前を知ったのは、Selicaセリカというネットサービスに登録したことがきっかけだった。


 セリカは文章・絵・写真・動画などをネット上で作成でき、またアップロードして交流するサイトである。チャットや音声会話もでき、一般ユーザーだけでなく仕事としても使用され始めたことで、次第にユーザーが増えていった。


 またネット上であらゆる作品を制作できるため、一部のクリエイターや一般ユーザーが創作交流しながら、新しい作品を作っていった。ユーザーが増えることに比例して、作品数も数を伸ばしていった。


 セリカの特徴は、ユーザー自身の声をボーカロイド化することができたことだ。今まで声優など特定の声のみしかボーカロイド素材はなかった。


 ホワイト・カンバスはセリカ内で自分の声データを配布していた。多くのクリエイターがボーカロイド・ホワイト・カンバスを生み出し、盛り上がっていた。


 その声からして、高校生から大学生の女の子ではないかと推測されているが実態は知られていない。セリカへのログインが夕方から夜十時くらいの間が多く高校生だと断定するユーザーもいるくらいだ。


 そんな噂話と相まって、ホワイト・カンバスはネットアイドルとなっていった。


 しかし、二ヶ月前、iマギが登場してセリカはiマギにサービスを移行。それから一ヶ月ほどしてホワイト・カンバスは交流してこなくなったのだ。チャットやコメントの返信がぱったりと止まってしまっていた。


「長時間の移動で疲れているとは思いますが、早速本題に入りたいと思います」


「お願いします」


 薫は軽く頭を下げた。


「今送った資料を見て、何となく気づいていると思いますが、あなたも知るホワイト・カンバスさんはとある場所に隔離されています」


「はぁ……」


「そのとある場所から彼女を救出してもらいたい。引き受けてもらえるかな」


「ホワイト・カンバスが突然ネット上から姿を消して心配はしていましたが、俺が救出なんてできるのでしょうか。この宇宙でスパイアクションまがいなことを……」


「いやいや、銃で打ち合うようなことは一切ないですから安心して下さい。しかし、これ以上の説明はこの件を引き受けてもらえることになってから、になります。なんせ、人類最先端技術に触れることになるので。あとは花咲さんの意志次第です」


 この極秘資料がこれ以上先を見ることができない理由はそういうことか。銃で打ち合うことはないとはいえ、最先端技術が本当に安全なものかはまた別だろう。もしかして、この俺の思考も見られているのか?


 薫は目の前で返事を待つ雨宮を見ると、雨宮はコクっと頷いてみせた。


「Lベースの特殊LCLは花咲さんのATFwエーティーファイアウォールを通り抜けます。花咲さんの思考は監視させてもらっています。悪意の考えをしていないかどうかをね」


 雨宮はまじめに答えた。


「悩んでもあまり意味がないみたいですね。でも一つだけ聞いてもいいですか? それを聞いて判断させて下さい」


「質問はかまわないが、内容によっては答えられない」


「はい」


「何でしょう」


 雨宮は机の上で両手を組んで構えた。


「なぜ、俺が選ばれたんですか?」


 薫が問うと、雨宮は少し考えて口を開いた。


「それはホワイト・カンバスさんがネット上に登場した初期から今に至るまで、花咲さんが彼女と交流が一番深かったからです」


「それなら彼女の家族や友人の方がつながりはあると思いますが……」


「もう手遅れなんですよ。本人の周囲は」


 一体ホワイト・カンバスに何があったんだ。


 ――知りたい。


 そんな思いがふつふつと涌き上ってくる薫。


「彼女の命にも関わることだったので、セリカの運営者にも協力してもらい、彼女のアカウント内を見させていただきました。そしたら、四人ほどプライベートオンリーに登録されていました。ログを確認したところ、初期から健全な交流をしていた方々でした。花咲さんもその一人」


「ネットアイドルとして人気が出た頃くらいに、向こうからプライベートオンリーの申請が来ました」


 薫は他の三人について見当もついていた。


「プライベートオンリーでは、全てテキストによる交流だったみたいでしたね」


「はい。セリカ上でも音声会話や顔出しは一切ありませんでした」


 ファンの自作自演だというユーザーもいたが、プライベートオンリーでの交流はそんな感じは全くしなかった。


 他の三人が何を話していたのかは知らないが、俺は有り無し問答と題して一問一答のようなことをしてくだらない交流をしていた。それはそれで面白く盛り上がっていた。


 今思い返せば、表でもできる内容ではあった。わざわざプライベートオンリーでやらなくても多くのユーザーと混じりながらやっていても良かった。でも、ホワイト・カンバスは何も言わず、プライベート・オンリーで俺と交流していた。


「ちなみに、他の三名にはすでにこのサルベージ計画を実行してもらいましたが、全て失敗に終わっています」


「えっ、三人全員失敗?」


 薫は目を見開いた。


「はい」


 おそらくあの三人が失敗しているのであれば俺も失敗する気がする。でも、ホワイト・カンバスは命を脅かされている状態にいる。きっと三人は心配するファンの為に即決したはずだ。ホワイト・カンバスに戻って来てもらいたい。俺もホワイト・カンバスに心から助けてもらった。それにプライベートオンリーに登録してくれたんだ。もっと多いかと思ってたけど四人のうちの一人に……。


 今度は俺が……。


「やります。俺がやります」

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