第111話 おならぷう

☆平賀源内の 『放屁論』 読了しました

 たぶん、落語になってると思うのですが、

 記憶違いかもしれません。

 平賀源内の 『放屁論』 読了しました。

 あらすじは、こんなの。


☆江戸時代、平賀源内が目撃したこと

 平賀源内が生きていたとき、屁の音を芸にする

 みょうな芸人が江戸町人の間で話題になりました。

 鶏の声から水車の音、雷鳴、花火は言うまでもなく、

 浄瑠璃や三味線にいたるまで、屁で表現する。

 大評判になり、源内も見に行きます。

 「仕掛けがあるんだろう」

 と言うひとに、源内は、「仮にあっても、こんな大勢のなかで

 見破られないんだから、仕掛けはないのと同じ」 なんて言っている。

 そこへ、侍がやってきて、「おまえは評価するが、おれはしない」

 と文句をつけてきます。

 常識人の代表ですね。(テレビ内容に文句をつけてくるPTAのおばちゃん)


☆文句をつける理由、評価する理由

 侍の理屈が、まことに理にかなってるのに対して、

 源内の理屈は ユーモアまじりで まさに 『屁理屈』。

 これを真面目に論じるあたり、

 昔の人のこころのゆとり (というか、バカバカしさ) を感じます。

侍 VS 町人の理屈のつけ方が、いかにもそれらしくて、

 幕府のプレッシャーにも負けない町人の、

 大胆不敵さがすがすがしい。


☆また落語で聞きたい 『放屁論』

 (引用開始)

「シナでは放屁(ほうひ)といい、京都・大阪地方では屁をこくといい、関東ではひるという。

 女性たちはみなおならという。その言葉は違うけれども、音がするのと、臭い点では

 どれも同じことである。その音には三段階あって、プッと鳴るものは上等で、その形はまるく、

 ブウと鳴るものは中等で、その形はいびつである。

 スーとすかして出るものは下等で、細長くってすこしひらたくなっている。

 これらはみな、素人でもつねにひるものだ」

(引用終わり)

 この ギャグっぷりは、いっときの筒井康隆にも通じるかもしれない。

 こんな小説を ハーバード大学の先生が、日本史の教科書として 生徒に

 教えているって話も聞きました。

 引用元は、中央公論社の、『日本の名著 22』。

 最近読んだ本のなかでは、この作品がいちばん傑作でした。

 落語であればまた聞きたいです。


 最近のライノベは質が悪いよ? もっとお金を払うだけの価値を出してよ。

 

 毎週月曜 PM17:00 以降に絵本・童話児童書をご紹介。

今回のお話は、『わたしのワンピース』

ラララン ロロロン ワンピース、わたしに似合うかしら? 

のリフレインが効いている「わたしのワンピース」。

突拍子もない話ですが、子どもの想像力を育む上では、

こういう絵本も必要かもしれません。。

  http://res-c.blog.jp/

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