第8話
プールが開業して2週間ほどが経った。プールの営業日は6人で朝から晩まで働き詰め。俺は監視員で割と楽な方だけど、他の5人は売店や食堂勤務だから暇な時間がない。そんな8月に入ったばかりのある日、俺は勤務中、プールの来場者である老人の男性に呼ばれた。
「君が清原幸一くんだね?」
「はい、そうですが何か・・・」
「私は医師の
「話って・・・今仕事中ですよ」
「どうせ君の仕事は監視員だ。暇だろう」
「確かに暇ですけど、監視員という立場上、プールの前から離れられないんです」
「そうか、仕方ない。なら名刺と写真を渡すから暇な時でいいから写真の建物に来てほしい。なにぶん私は高齢でね、なかなか遠くへ赴けないんだ」
「まさか怪しい集団じゃないですよね・・・」
「怪しいも何も、私は君を助けに来たのだよ。確か君はウイルスの未感染者・・・だったよな?」
「なぜそれを知っているのですか・・・余計に怪しくなってきた」
こうして平野という医師の爺さんは去っていった。写真の建物はマンションから車で15分ほどのドーム球場だった。ここは現在、集団キャンプ場となっているのだが。
数日後、俺はプールの休業日を使ってそのドーム球場へ向かった。5人には「東京から知り合いが来た」と言った。とりあえず護身用の拳銃は持っていこう。
俺は近所のコンビニ跡に置いてあった車を使い、ドーム球場に向かった。車はドーム内の駐車場に停めとけばいいか。そして駐車場近くの搬入口からグラウンドへ入る。グラウンドには無数のテントが貼られていた。屋外の野球場やサッカー場だと天候の問題があり集団キャンプには適さないらしい。そのため集団キャンプ場はドーム球場や大型ショッピングモールのような屋内の大型施設に作られるのが原則だそうな。
俺はドームの案内図を貰い、2階にある医務室に向かった。どうやら平野さんはこの医務室にいるらしい。
「清原くん、来てくれたか。私はここで住み込みの医師をやっているんだ」
「何をするつもりですか?さもなければ撃ちますよ」
「まだ殺し合いをするつもりかね。実は東京で医師をやっている知り合いから話があってね、君がここ数日、行方不明だから探してくれって言われたんだ。さすがに名古屋にはいないと思っていたんだが・・・」
「それはさておき、先日僕に言った助けるってどういう意味なんですか?」
「清原くんはウイルスの未感染者だったよな?」
「・・・そうですが、何か?」
「例のウイルス、我々医師は高致死性ウイルスと呼んでいる。感染力は非常に高く、同じ空気を吸っただけ、マスク越しでも感染する。潜伏期間は数分から数時間で予知症状もない。発症したらも高確率で数時間以内に死亡する。ごく稀にそのウイルスの抗体を持っていて感染しなかったり、感染しても治療が上手くいって完治したというケースがある。今世界にいる約7000万人はすべていずれかのケースだ」
「一つ質問です。ウイルスの未感染者と感染して生き延びたのではどう違うんですか?」
「君のような未感染者に関しては特に言うこともなかろう。しかし感染者には一つ問題がある。それは男性はこのウイルスで生殖機能が破壊され、男性としての存在意義を事実上失うことだ。しかし一方、女性はウイルスで生殖機能が破壊されることがない。むしろ生殖機能が活発化するというケースがあるくらいだ」
「それって・・・」
「・・・要は君のような未感染者に人類の未来がかかっている。現代の科学では、女性同士での子作りにまだ問題点がある。技術的にも、そして倫理的にもだ。日本で女性の未感染者が1万人程度いるのに対し、男性の未感染者は数十人しかいない。どうやら男性の方が圧倒的に感染しやすかった。そして、その数十人が日本の未来を担っているというわけだ。君は今何をしているかは知らんが、とりあえず生殖機能活性化の薬を定期的に出すから、君には多くの子供を作ってほしい。よかったらキャンプ内の君と世代が近い女の子も紹介するぞ」
「それは結構です」
「ま、とりあえず今の住所を教えてくれたらその薬は郵送で送るから」
俺は平野さんに今住んでいるマンションの住所を書いた。そして帰宅後、俺たち6人全員が揃い、これから夕食だというところで俺は5人にある話を打ち出した。
「・・・俺、皆さんにどうしても言わなければならない話があります」
俺の話に、「清原くん、何改まって」と優奈さんが言う。
「今日東京から来た知り合いに言われたんです。君のようなウイルスに感染していない男は子供を作る権利があるって・・・」
この話には一部ごまかすための嘘が入っている。しかし、「ちょっと、詳しく教えて!」と有紗さんが言う。
「ウイルスに感染した男性は子供を作れないんです。しかし俺はウイルスに感染してなかった。そして女性はウイルスに感染しても子供が作れなくなるというわけではないので・・・」
「あの、つまりこれって・・・」と綾乃ちゃんが言う。
「倫理的にもどうかと思うし、今すぐじゃなくていいから、人類の未来のために俺と子供を作ってください!」
俺の一言に5人は一瞬沈黙する。そして、
「えっー!!!」
5人の驚くような声が部屋全体にどよめいた。
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