19

 佳織は駅前のファミレスで、誠一を待っていた。


 今は週に何度か夕飯をともにする。誠一がまだ佳織の家庭教師をしていた頃、畑岡氏の自宅で佳織とともに夕飯を食べることもあったが、佳織が大学に入学し正式に交際を始めてからは一度も畑岡氏の自宅に上がることはなかった。


 しかし、今日は待ち合わせの時間より一時間も遅れている。ここ一週間は試験勉強や試験もあったりで誠一とはほとんど連絡をとっていなかったから、早く会いたかった。


 体調の異変についても話はしていたが、夢見なる人物に会ったことは詳しく話ができていなかった。少しでも早く顔を見たいと気持ちばかりが募る。


 一人で待っている間は、さすがに辛かった。話す相手もいない。ここ数日快眠を得られていないこともあり眠気に襲われる。


 これだったらお店で服でも見ていればよかったかもしれないかなぁ。でも、そんなに歩き回っているほど元気もないし……。


 と、そう佳織が思った時、ちょうど誠一がやってきた。


「佳織、ごめんね。遅くなって」


「うん、しょうがないよ。それより早くご飯食べようよ。私はもう選んであるから。早く決めて!」


 と、メニューを差し出した。誠一はコートを脱ぎ、すぐ品選びへと入った。注文をして、食事をしてそれらが片付けられるまで、たわいもない話で終わってしまった。一週間ぶりに会えたこともあり、佳織は悩みをすぐに話せずにいた。


「そういえばさ、病院で何でもなかったって言ってたけど、その後何ともない?」


 誠一が話をふって来た。佳織は待ってましたと思ったが、そんなに聞かれて嬉しい内容ではないので笑顔にはなれない。


「うん。特には……変わらない。それほどいい睡眠とは言えないし、寝ても眠った気がしないの。ずっと睡眠不足って感じ」


「本当に病院の先生は何でもないって?」


「うん……」


「そうか……」


「それでね、お父さんからこういう人を紹介されたの」


 佳織はそう言って、手帳から一枚名刺を取り出しだ。


「草訳水純。夢見カウンセラー。 精神科の人? 夢見って何?」


 誠一は首を傾げて聞いた。


「私が今上手く睡眠できていないのは夢のせいだって」


「夢って、寝ている時に見る夢だよね」


「そうよ。私はまったく夢なんて覚えていないんだけど、なんか影響を与えているとか言ってた。特に何かをされている訳じゃなく、カウンセラーの人と話をするくらい。昨日からその人が家に来て、たぶん今日も家に来てると思う」


「別に何かされている訳ではないんだ……」


「でも、今後は寝る時に薬草の煙を使って、快眠できるような処置をしていくみたい。確かに睡眠不足って感じはするけど、夢がどうとかって言われて逆に不安になってきちゃって」


 そこまで佳織が話すと、誠一は頷いた。


「うん、そうだね。でも名刺があるってことはそれなりの商売をしてる人なんでしょ。それにお父さんが連れて来た人なら……」


「それはそうだけど……。私、今日家に帰りたくない。誠一さんちに泊まってもいい?」


「え……」


 誠一は特にやましいことがあって言葉に詰まった訳ではなかった。


「でも、今日は家に帰った方が……」


「試験も一区切りして、少し余裕もできたし。せっかく今日会えたからこのまま、行ってもいいでしょう?」


「んー、気持ちはわかるけど、そのカウンセラーの人が家に来ているなら帰った方がいいんじゃない。それにお父さんが心配するでしょ?」


 誠一は最後の言葉は言いたくなかったが、佳織が家に戻らないとどうなるかくらい目に見えていた。畑岡氏が誠一のことを好んでいないことくらい自覚している。そんな男の家に行ったとなれば、佳織が何と言われるか。そんなことを不安に思っていた。


「お父さんの心配をしてるの? 私のことは心配じゃないの? 本当に私のこと想ってる?」


 佳織の声が少し大きくなった。


「想ってるよ。佳織のことは心配だよ。でも佳織のお父さん……」


 誠一はそれ以上言葉にできなかった。


「お父さんが政治家だろうが何だろうが関係ない。もう私は大人だし自由に生きるの!」


「……わかった。……うちに行こう」


 誠一は佳織が来ることを了承してしまった。佳織の強気な発言は、父親譲りとでも言うのか。主軸をぶらさず自分の意見を言うところは政治家になくてはならない素質だ。それを佳織はしっかり受け継いでいるような気がするなと誠一は後々思ったのだった。

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