第10話 この世界の仮説
【報告書No.8】
A-Z《エーゼット》……アメリカザリガニのような姿の生き物。特筆事項は今のところないが、重要なのは『アメリカ』という地名がこの世界に存在するか否かである。
♢ ♢ ♢ ♢ ♢
「違う……これじゃない……これも違う……」
パレットは教会内の書庫にある本を読みあさっていた。その殆どが聖書や賛美歌の本であったが、パレットが関心があるのはそれではない。
「あった……」
パレットは古ぼけた一冊の本を手に取った。世界史の本だ。ペラリと最初のページをめくると、この地球を平面上に表した『世界地図』がページを跨いで見開きで描かれていた。
パレットは世界地図を凝視した。だが、すぐに違和感を覚えた。金髪の少女の口からは、思わず「えっ……」という声が漏れる。
少女の記憶が確かなら、その国は戦争に負け、A国の領土となっているはずだった。東の果ての島国。
その国の名前は『
(どういうこと……? まるで意味がわからない……!!)
少女はスマートフォンを取り出し、GPSを確認した。スマートフォンの現在地には、『
(嘘……)
驚くべきことに、世界史の本の歴史上の出来事は全て、『日本』ではなく『鋼帝国』と記載されていた。
「勉強熱心ね、パレット」
——ビクッ
不意に話しかけられ、金髪の少女の肩は飛び跳ねた。
パレットは慌てて本を閉じ、声の主に膝まづいた。その人物は瑠璃色のローブを羽織っていた。フードを目深に被っており、表情は読めず、口元だけが見える。パレットも初めはこのように正体を隠すようにしていた。
「そうかしこまらなくていいわ。だって私はただ困っていたあなたを助けたかっただけなのだもの」
「瑠璃様……」
その人物は、パレットがこの世界に来て初めて会った人物の一人だ。記憶が欠落し戸惑っていたパレットをこの教会へと招いてくれた。ご飯も服も用意してくれた。
(瑠璃様は慈悲の深い人だ。『全ての世界の人に平等を』という思想を熱く語り、困っている人へ救いの手を差し伸べる。彼女を支持するものは少なくなかった。名ばかりで
瑠璃色のローブを着た女性は、パレットから記憶が無いことを聞くと、すぐにこの教会の神父様へ協力を扇ぎ、彼女に『観測者』という使命を与えたのだ。
「記憶は戻ったかしら?」
「はい、大方の記憶は……全ては『観測者』というきっかけを与えてくださった瑠璃様と神父様のおかげです」
「そう、それはよかった。邪魔して悪かったわね。勉強頑張ってね」
瑠璃様と呼ばれる人物の口元が微笑んだ。ローブを翻し、書庫から歩いて外へ出ていった。
パレットは息を止めてそれを見守ると、世界史の本を手に持ったまま、教会の地下へと向かった。
♢ ♢ ♢ ♢ ♢
「もう、ゆうくんが言い過ぎるから、金髪のお姉ちゃん帰っちゃったじゃない!」
「うっ……」
「ほら、リリィちゃんも怒ってるよ?」
「ユウクンイイスギ!」
「……ごめん」
少女は頬を膨らませていた。手に抱えた白いうさぎのぬいぐるみを動かしながら声を当てていた。少年も本当に反省しているみたいだった。
「たっくん、せっかくの誕生日なのにごめんね」
「いえいえ。それにしてもパレットさん、どうして急に帰っちゃったんでしょう……」
うーん、と皆で直前の出来事を思い出す。しかし、パレットはああ言えばこう言うタイプの性格だ。不機嫌になれば、飛び出すより前にぶつけて来るだろう。
ガチャ——
「みんな、ケーキ持ってきたよ」
栗毛色の髪のふわふわとした少女が、笑顔で部屋に入ってきた。みんなが腕を組んで黙って考えている様子を見て、キョトンとしている。
「……どうかしたの?」
少女が首を傾げながら聞いても、誰も返答しなかった。そっと部屋から出ると、部屋の前にはポニーテールの少女が立っていた。そしてニッと笑った。
「乃呑ちゃん?」
「愛佳、安心して。 今、セルフィが上空から金髪の子の居場所を見つけてくれたから!」
ポニーテールの少女の肩には、藍黒色のツバメが乗っていた。
「いつの間に……」
愛佳と呼ばれる少女は終始ポカーンとしていた。またまた自分の知らないところで色々なことが起きているみたいだったからだ。
「私、ちょっと話して来るね! 」
「え……? 乃呑ちゃん!?」
ポニーテールの少女は勢いよく階段を駆け下り、外へ出ていった。
「お邪魔しましたー! 」
ポニーテールの少女は街灯で照らされた夜道をひた走った。
(あの子、昔の私と同じ眼をしていた。誰一人として信じていない、そんな眼……あの子に伝えたい。誰かを信じてもいいんだってことを)
♢ ♢ ♢ ♢ ♢
「戻りました」
パレットはカーテンの奥のローブを来た人物に話しかける。
「遅かったな、パレット」
「書庫の本に夢中になってしまいまして……」
本当は子供たちと誕生日会で遊んでいたのだが、当然そのようなことは口にしない。
「まぁいい。今日の成果を聞かせてもらおう。」
「その事なのですが……」
パレットは迷った。言うべきか。言わないべきか。だが、はっきりと聞いてみることにした。
『
「……いつ、それに気がついた?」
「今さっき、瑠璃様にお会いしました。瑠璃様が私の記憶を取り戻すために『観測者』としての役割を与えてくれたことは理解できます。ただ……」
パレットは首を上げてカーテンをじっと見つめる。
「この世界の人間ならば、『観測した内容』の『報告書』など必要ないのではありませんか? ……神父様もこの世界について何も知らないからではありませんか?」
それを聞いた途端、クククっと神父が声を上げた。
「さすがだパレット。そうだ、私はお前と同じ世界から来た。だが、
神父は余裕気な表情をしていた。おそらくこの男はパレットと違い、自分がどこから来たのかという過去の記憶が残っているのだろう。しかしパレットは切り返した。
「当然、気づきました」
見栄や虚勢などではない。パレットは古ぼけた本を取り出した。本を一ページめくり、神父に見せる。この世界の世界地図だ。
「この地図を見た時、違和感を覚えました。例えば日本の国名が変わっている。けどそれは些細な違いです。それより重要なのはここです」
パレットは世界地図のいくつかの国に赤いペンで丸をつけた。
「あたしの記憶が確かなら、これらの諸国は戦争に敗れ、A国の植民地になっていました。ですがこの本には今でも独立した国家として描かれています」
パレットたちが元いた世界では、日本も他の植民地もA国の一部として扱われていた。だがこの世界は違う。全て独立した国家として存在するのだ。
「そしてこの世界地図。大陸の配置があたしの元いた世界と酷似し過ぎている。だからこの世界は
それを聞いた途端、神父はニヤリと笑った。
「世界大戦が起きる前の
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