主人公は子供のころからスパイになるのが、夢だった。
ある日念願かない、スパイ組織に属するものの毎日毎日、資料整理の日々が待っていた。
「仕事がほしいー!」と寝っ転がって駄々をこねていてもだめ。
そこへ謎の会社への潜入の仕事が舞い込んで……
物語は中盤から大きく動きます。これが、同じ小説なのかと疑うくらいに。
コメディあり、シリアスあり、大転換あり、そして感動のラストへと……
真野てんさんの小説でこれほど「動く」作品はなかなかないんじゃないかと思います。
一筋縄ではいかない真野てんワールドですが、これほど先が読めない作品は初めてのような気がします。
あなたもどうかいろいろ騙されてみて下さい。
幼い頃からスパイになることを夢見てきた二十五歳の青年。梵門(ぼんど)七之助。文武両道。語学力に長けた彼。しかし夢破れ、しがないサラリーマン生活を送る日々。
そんな彼がある日、旅行雑誌に載せられた奇妙な広告を見つける。
──あなたもスパイになりませんか?
夢の残像に引かれるように、彼は『WTO』という調査機関への面接に向かう。
生きている実感を得るために。
しかし現実は甘くなかった。もう半年、オカルト情報の資料精査ばかりなのだ。そんな折、局長宛てのメールが誤送信されてきた。
とある貿易会社の調査依頼。そこはブラックマーケットの出先企業……。
──七之助の初ミッションが始まる!
世界樹……この世界の秘密。ヴォイニッチ手稿。
ガチムチの恋。メンズブラ。←いや、これは置いといて(笑
007やルパン三世をモチーフにした王道アクションものに、ファンタジーと人間ドラマをかけ合わせた珠玉の作品。
作者の「好き」がこれでもかと盛り込まれている。
ユーモアで小粋なセリフ。
だが、スパイものの臨場感と勢いは保ったままに残酷描写は見当たらない。
作者の書きたいものは、無残な人の死ではなく知性と情にあふれた人間の生なのだろう。
「あっ!」と言わせる絶品の物語が、今はじまる!
生きている実感を得るため、青年はスパイになりたかった。
しかし、ようやく入社した国際的な諜報機関『WTO』で任されたのはオカルト記事の精査ばかり……。
青年は「やってられるか!」と怒鳴るも、それは世界を守るための壮大な遠望の前ぶりにすぎなかったのである……。
オカルトとスパイ、傍からみれば真逆の要素です。
しかし、中盤から明かされる大いなる真実の前に、二つの要素は収斂し、ひとつに溶け合っていく……。
この展開には頭がびりびり痺れました。
真逆の要素をここまで融合させる作者さんの手腕には脱帽なのです。
ところで、これから本作を読む読者さんには、プロローグからじっくり読んでいただきたいところであります。
プロローグのあるシーンで覚えた違和感が、本編の終盤で明かされる真実によってきれいに氷解しました。
この「そういうことだったのか!」という感覚、実に癖になります。
どんな読み方でも楽しめる本作、実におすすめです。
スパイ、オカルト、ハードボイルド、アクション……この物語には、様々なスパイスがたっぷり盛り込まれている。しかもそのどれもが喧嘩することなく、しっかりと調和してこの物語は成立している。
冒頭で繰り広げられる中東での潜入作戦は雰囲気たっぷりに描かれ、冷たい砂漠の空気や、殺気に張り詰めた空気まで伝わってくるようだ。
続く第一章からは一転して、サラリーマンからスパイに転職した七之助の奮闘が軽やかな筆致で描かれる。諜報機関『WTO』の同僚の雨衣や上司である名無しとのコメディチックなやり取りが中心となっているが、
その中に時折主人公である七之助の焦燥にも似た衝動、渇望が差し込まれる。
彼はどうしてそこまで自らを鍛え上げ、困難を求めるのか。
何故、生きている実感が欲しいのか。
そして、七之助の前に現われる様々な謎。
ヴォイニッチ手稿の正体、怪しげな会社の企み、緑の夢からの問いかけ、そして『世界樹』の示す意味――全ての真実が明らかになった時、そこからスパイとしての七之助の真の戦いが始まる。
その結末を、どうかご覧下さい。
以前の作品、『コード・スキャナーズ』で活かされた筆力はそのままに、へべれけさんの「好き」をこれでもかと詰め込んだ意欲作。
盛り込みすぎると読みづらくなりがちな小ネタの数々を、確かな実力で口の中に放り込んでくる。分からなくても美味しいので「悔しい! でも食べちゃうビクンビクン!」状態で箸が進む、というか進めさせられる。
物語そのものはハードボイルドものだけれど、あまり読んだことのない人(自分)も引き込むライトな語り口も魅力の一つ。
そこにスパイスとして振りかけられる「ヴォイニッチ手稿」などの要素も相まって、タイトルからは想像もできない闇鍋的作品なのに何だかんだで面白い。
……あ、別にスパイとスパイスを掛けているわけじゃ(ry
作者様渾身のフルコース。
「スパイ? 何それ美味しいの?」
……まずは食べてみてください、同じ口がきけますでしょうか。
小説を読むということは、その作者自身を知ることでもあると思う。
作者の考え方や、趣味嗜好、時にはこれまで歩んできた人生なんてものまで小説に垣間見ることが出来て、そういうのも含めて面白いと感じることが多々ある。
そういう意味でも今作は実に楽しい作品だ。
それは今作が作者の「好き」なもので埋め尽くされているからに他ならない。
スパイ、潜入、エージェント、掴みどころのない上司に、お色気姉さん、日本刀、二丁拳銃、あとメンズブラ(いや、これは違う……と思う)。これでもかとばかりに作者が好きなものを惜しみなく盛り込み、作品そのものを盛り上げていく。だから面白くないわけがない。
読み終えた後にはきっと作者に「どうだ今夜一杯やらないか?」と言いたくなる人が大勢いると思う。もちろん、自分もそのひとりだ。