外伝

ちゃぷたーわん あすがるど日和

[ あすがるど日和 ]


 ここ『アスガルド』は夜の来ない常昼とこひるの世界である。

 つねに霧の掛かった乳白色の空の下、ぽかぽか陽気が大地をつつむ。


 それは仮想世界『ミッドガルド』において七之助と名無しのふたりが、ラオスへの深夜便にて強行軍をさせられている頃の話であった。

 ひとりの少年型をしたアスガルド体が『ウルズの泉』に足を浸している。

 薄い胸板に細い四肢。

 ニーナとはまた違ったフェアリー感を醸していた。


「あ、ナオミ~」


 少年型アスガルド体は樹々の間に向かって手を降った。

 現れたのはひとりの女性型アスガルド体だ。

 豊満なバストにくびれたウェスト。音にするならボン・キュッ・ボンである。そんな分かりやすいセクシーが水辺へと近づくと、少年型は自らの後頭部から生えた『通信ケーブルアンビリカブル』に手を掛ける。


「いいわよ、あたしがそっち行くから。アンタ、ソレ抜いたら動けなくなるっしょ?」

「そんなことないよ。首から下が麻痺するだけで」

「それでどうやって動くってのよ」

「顎を使ってこう……」

「尺取り虫か」


 水辺にて相対したふたりの体格差は、まさにおとなと子供である。

 はたから見ればまるで仲のいい姉弟のようだ。


「ついに起きたんだって? 例の寝坊助」


 からかい半分に女性型が尋ねると、少年型は嬉しそうに「そう」と答えた。


「いい子だよぉ。早くナオミも会えるといいね」

「よしてよ。あたしはジョン名無し一筋なの」

「誰も付き合いなよ、なんて言ってないし。あ、それもいいかも……」

「アンタお得意の妄想? あたしまで餌食にしないでくれる?」


 おしゃべりは尽きない。

 およそ文明とは縁のない『アスガルド』では、会話こそが最大にして唯一の娯楽と言っていいだろう。ましてや少年型は、みそぎを行い『ニヴルヘイム』との交信を途絶してしまえば逆に身体の自由を失うのである。

 それを不幸と思うかは、本人の気持ちひとつであるのだが。


「そういやその寝坊助と映画行ってきたって? よっぽど気に入ったのね」

「良かったよ~『ガチムチの恋』! ラストで主人公ふたりが抱き合うシーンなんてもう」


 じゅるりとヨダレをすする少年型を目端に捉えて、女性型は半笑いである。

 少年型の人物は『ミッドガルド』での記憶を反芻して恍惚とした表情をしている。それを目の当たりにした女性型は、おそらく無理やり付き合わされたであろうまだ見ぬ新人に同情の念を禁じ得なかった。


「ま、そんだけでも新人君のひとの良さが窺えるわね。アンタの趣味に付き合ってくれて」

「どういう意味よ、どういう」

「そのままの意味よ」


 現実世界に吹く風は、とても穏やかである。ふたりの笑い声をさらっていった。

 言葉は音の速さで大気を伝播する。

 きっと『世界樹』にも届いているはずだ――。

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