エピローグ

Chapter.029 物語はゼロから始まる

 中東にフルギスタンという小国がある。

 国土の三分の一を砂漠が覆い、アラブ諸国との関係の希薄さからオイルマネーの恩恵も受けれずに長い間燻ってきた歴史がある。

 深夜――暗闇の砂漠の中をゆく漆黒のトレーラーがあった。

 とあるミッションを陰で支えるための作戦本部である。

 車内は移動指揮所に改造されており、中には眼鏡をした女性オペレーターと全身を白で固めた伊達男がいる。

 コンソールモニターには、ドローンが空撮をしている映像がリアルタイムで流れていた。

 砂漠が作り出す幻想的な風紋にまぎれ、ひとりの髭面をした男が画面に映し出される。

「“名無しの権兵衛ジョン・ドゥ”からチャプターゼロへ。聞こえるか。感度良好なら手を振ってみせろ」

 伊達男がマイクに向かって指示を飛ばすと、髭面の男は凍える身体を縮こまらせながらも何とか右腕を頭上に掲げてみせた――。


「チャプターゼロ。本ミッションの成功をもって、君には“セッテ”のコードネームが与えられる。今度こそ正式な『WTO』のエージェントだ。頑張りたまえ。なお以降の通信は傍受される恐れがあるので、緊急時にはハンドサインを使用するように。必ず確認する。オーバー」


 一方的に通信を切った伊達男はオペレーターにマイクを渡すと、愛用のボルサリーノを目深に被り直した。

「さてと。じゃあぼくは『アスガルド』から高みの見物だ。あとはよろしくね」

「ドローンはどうします? 念のため飛ばしておきますか?」

「いや。ぼくが見てるから大丈夫さ」

 そう言うと伊達男はまるで霞のように消えていった。


 次の瞬間『ウルズの泉』で目覚めた彼は、通信ケーブルを頭につなげたまま瞑想に入る。

 まぶたの裏にはフルギスタンの光景がありありと浮かんでいた。

 髭面の男がまんまと敵地へ潜入するのを確認すると、彼は口の端を持ち上げた。

「さあボンドちゃん。君の物語はゼロチャプターゼロから始まる。思い切りやりたまえ」


 見上げればそこには天をも覆い尽くすほどの巨大な樹が立っている。

 これまでも、そしてこれからも。

 それはそこに立っているだろう。彼ら『WTO』がいる限り――。


                       『正しい世界樹の育て方・完』

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