Chapter.023 カルロ再び

 カルロはビジネスマンの皮を脱いで、研究者よろしく白衣を身にまとっていた。

 地黒の顔は青ざめており、七之助の登場により表情はさらに混沌としている。

「ど、どうして君がこんなところに……」

 無理もない。ここはロックカンパニーという会社の最深部だ。

 ラオス政府ですらおいそれと手が出せない聖域であり、一般の社員などが気安く立ち入れる場所ではなかった。

 彼の反応から見てもこの工場が「本命」であることが分かる。ここには必ず何かがある。

 七之助は確信めいた直感を得ていた。

「どうしてと言われてもね。ぼくは元々で採用されたんだ。おかしくはないだろ?」

 歩哨から奪ったライフルを掲げて七之助は笑ってみせた。

「……そうなのかい?」

 明らかに七之助を警戒するカルロだったが、名無しが暴れている区画から爆発音が聞こえると態度を一変させる。わずかな衝撃波が工場の窓ガラスを振動させた。

 頭を抱えて姿勢を低くするカルロ。七之助は、はしゃぐ現地スタッフから彼をかばう。

「と、とにかくそういうことなら一緒に来てくれっ。じつはここの連中とは言葉が通じなくて、さっきから不安だったんだ」

 七之助は深刻そうな表情をして「勿論さシニョール」と彼の肩に手を乗せる。

 だが内心はしめしめといったところであった。

 ふたりはカルロが元いた工場棟へと入っていく。中はありふれたスチールフレームの構造をしていた。だだっ広い構内に並んだ銃の組み立て生産ライン。ほぼ手作業による人海戦術である。いかに現地スタッフを雇い入れているとはいえ、この状況下でも持ち場を離れないところを見ると、やはり徹底とした日本企業であることがよく分かった。

 ともあれ工場の正体は拍子抜けするほど簡単に明らかとなった。

 ラオス国内において絶対にして不可侵というおごりもあるのだろう。油断するなというほうが難しいのかもしれない。

 それにしてもここで生産しているライフルと、七之助が歩哨から奪ったものとでは製品にかなりの差があった。かたや型遅れの模造品。もう一方はやはり非正規品ではあるらしいが、別工場で製造された新型のポリマーフレームを使用しているようだ。

 加工の精度もなかなかのものである。七之助はおもわず感嘆の口笛を吹いた。

「こいつぁ上物だ。買い手はついてるのかい?」

「ああ。どうやら中東から発注があったらしい。ま、西側からの技術供与は我々ユーロ事業部の手柄だがね」

 おそらくフルギスタンのことだと七之助は直感する。

「ふーん。しかし西とか東とかいまだにそんなこと言ってんのかい、君らは」

「ぼくの父親はキューバ人でね。何かと昔話を聞かされてるんだよ。あ、そんなことより――」

 カルロは切れ長の眉を釣り上げて、七之助に迫る。

 何事かと身構えたものの、すぐに杞憂であったことを知った。

「君! ぼくの社員証をどこにやったんだ! 返してくれるって言ったじゃないか!」

「あ、ああ……」

 じつは殺され掛けてこの世から消えてました、とはとても説明出来ない。

 七之助はただ苦笑して頭をかくのみ。

「大体君は――えーっと……名前聞いてたっけ?」

「み、三島……レイ」

 咄嗟に口をついた偽名は、何故かあのとき助けた女性社員の名前をもじったものだった。だがそれが功を奏したのか、「レイ・三島? ああ。聞いたことあるかも」とカルロが勝手に勘違いをしてくれている。

「それじゃあレイ。先を急ごう。社員証の件は後回しだ」

「先? 君はここの責任者じゃないの?」

「まさか」

 カルロは銃器の生産ラインに侮蔑した目を向け、一笑に付した。

「なんでぼくがこんな油臭い仕事をしなきゃいけないのさ。こいよレイ。いま我が社が秘密裏にすすめているプロジェクトがある」

「秘密裏のプロジェクトだって?」

「ああ。これは世界を変えてしまう大事業さ。君に未来を教えてやるよ」

 得意げなカルロがひとり工場内を闊歩する。

 肩で風切り、白衣をマントのようになびかせて。

 その背中が醸し出すイメージは、さながら悪の博士である。まあ彼は技術者ではなく、あくまでもビジネスマンなのだが。

 カルロのあとについて七之助は構内を進む。むき出しのフレーム構造の中にあって、いかにも取ってつけたようなプレハブ製の小部屋がある。関係者以外立ち入りを禁ずと、六カ国語くらいで書かれた扉は、特にこれといったセキュリティもなく容易に開かれた。

 中に入るとそこは何の変哲もない事務所兼喫煙所といった雰囲気で、別段珍しいものなど何も置かれてはいない。しかし部屋の最奥には、全体的に安普請な作りに不釣合いなほどの厳重なドアが一枚あった。

 周囲を分厚いコンクリートで覆ったナンバーロック付きの扉である。

 カルロはテンキーにパスワードを入力すると、その重苦しい金属製のドアを開いた。

「こっちだ」

 あごで七之助を招くと、ドアの向こうには階段が下っていた。いかにも岩盤をくり抜いて無理やり作りました感がにじみ出ている。照明は通っているが、ぼんやりと薄暗く最小限の光量といった感じ。ひんやりとした冷気が漂い、そのまま地獄にでも引っ張られそうだった。

 七之助はカルロに促され先頭をゆく。

 階下はまだはっきりと見えない。結構な深さがあるようだ。

「思ったよりも地盤が弱かったらしくてね。エレベーターの取り付けは諦めたそうだよ」

「賢明だね。大きめの地震も頻発しているし」

「そうだエレベーターといえば、例の『窓際モンスター』の件、君じゃないのか?」

 言わずと知れた大森某のことだろう。

 七之助は自分が蹴り飛ばした冴えない中年男の顔を思い浮かべた。

「なんのことかな」

「とぼけるなよ。ぼくはあの後すぐに空港へ向かったけど、同僚から連絡をもらったよ。モンスターがエレベーターでのびてたってさ。外国人社員たちはお祭り騒ぎだ」

「そうかい。そりゃ足癖の悪い社員がいたもんだ」

「ほう。蹴り飛ばされたとは聞いてなかったな」

「……」

 そうこうしている内に階段も残りわずかとなる。

 降り切るとやや広めのスペースがあり、大人ふたりが余裕で並んで立っていられた。

 眼前では、厳重さを増した重厚なドアが立ち塞がっている。

 カルロは再びパスワードを入力すると、ドアノブを掴んで不敵な笑みを浮かべた。

「ようこそ新たなる世界へ――」

 重く軋りをあげて開かれた金属製のドア。

 その向こう側に待っていたものは、七之助が予想だにしない光景だった。

 まず目に入ったものは、部屋の両サイドを埋め尽くす複数のシリンダーだ。暗がりの照明も手伝って、一見すると洒落たアクアリウムにでも来たようだった。

 目が慣れてくると、数名の研究員が忙しく動いているのが分かった。彼らは皆、人種も年齢も異なっているようだったが、自分の仕事以外に興味が無いのか、こちらを振り向いたものは皆無だった。

 さらにシリンダーのない壁には大きなガラス窓が設置されており、その向こう側にあるのはどうやら手術室のようだった。いまは誰もいないが計器類の電源は入ったままになっており、ついさっきまで何者かがそこにいたような雰囲気を残している。

 そして――。

 七之助は見てしまった。

 水槽のように思っていたものの正体を。

 ひとつひとつのシリンダーは淡いピンク色をした培養液で満たされていた。まるでシャンパンみたいに小さな泡が、液体の中で踊っている。

 しかし泡沫とダンスをしていたのは、一本の腕であった。胴体や他の身体の部位を持たないただの腕。それがぷかぷかと培養液の海の中でたゆたっているのだ。

 否、そればかりではない。

 一本の脚が、眼球が、臓器が、それぞれのシリンダーに標本よろしく浸かっている。

 まともな神経であれば絶叫してしかりだ。

 だがこの研究室には誰もそれを咎めるものはいない。

「何だ……これは……」

 ただひとりこの場に拒絶を示した七之助にカルロは言った。


 ここが未来だ――と。

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