3-10 明日への光

 ――姉さんは、研究者としても一流だった。


 エンシェンラーゼンがそう口にした。


 ――次元移動と、人類の肉体機能の高度化を研究しててさ。

 ――それなりの成果を挙げていた。

 ――あの女は、それを妬んでいた。だから、言葉巧みに共同研究者の地位にありついた。

 ――そして、姉さんの研究を丸ごと取り上げた。


 ――メイダルでも、そんなことがあるのね。


 シャイリーンは不思議に思う。


 ――誰も、おかしいって思わなかったのかしら?


 自嘲するように、エンシェンラーゼンは歪んだ笑いを見せた。


 ――そこがあの女の巧みなところでな。

 ――周りからじわじわ根回しして、姉さんが何を言っても嘘をついているように思われるよう、誘導した。

 ――悪魔的な巧妙さ、口の上手さだった。

 ――手口をつぶさに知った時は呆然とした。

 ――もし、バレても、自分には法の裁きがかからないように、あの女は調整していた。

 ――だから、俺が殺した。

 ――姉さんは死んだのに、あの女はのうのうと生きているのなんておかしいだろ?


 ――自分が社会的に殺されるのに?


 シャイリーンは尋ねた。


 ――本当は完全犯罪にできたんでしょう?

 ――どうして、自首なんて?


 エンシェンラーゼンは声を上げて笑う。


 ――俺が隠れたら、あの女の酷い悪事は明らかにならない。

 ――姉さんの死が無駄になっちまう。

 ――自分の名誉とか、どうでもいいんだ。

 ――俺はただ、姉さんの名誉も尊厳も救いたかったんだ。

 ――命は、救えなかったから。


 ああ、この人は。


 シャイリーンは、ほうっと、嘆息した。


 本当に、掛値なしに、気高いのだ。



 ◇ ◆ ◇


「ああ、あの屋敷だろ?」


 エンシェンラーゼンが、貴族街の一角、相応に重厚な屋敷を指した。

 久しぶりに見る実家は、空中を滑るメイダル産の飛空船の上から見ると、何だか勝手が違う。

 それでも、黒緑色の瓦屋根に見覚えがある。

 それに、屋敷を取り囲む庭木の種類にも。


 都会の風には、まだガソリンの匂いが混じる。

 そんな風に、ターバンの垂れ布をなびかせたエンシェンラーゼンは、嫌味なくらいに絵になっていた。

 メイダル人の正装なのだろう。

 あの叙勲式で身に纏ったのと似た、メイダル特有のきらびやかな刺繍の衣装を身に着けている。

 今更、夢の国の王子様みたいだなんて、口が裂けても本人には伝えられない。


 久しぶりに着用する、訪問用の私服のドレスを細かく直しながら、シャイリーンは、正門の位置を伝えた。


「さて、待ってて下さるみたいだな? ……いよいよだ」


 エンシェンラーゼンは、優雅な船首を魔力で操って高度を下げ、馬車や車と同じように玄関の車寄せに着けるべく、重厚な金属製の門扉を飛空船でくぐった。



「やあ、これはこれは。お初にお目にかかる、”女神の弟”エンシェンラーゼンくん」


 落ち着いた客間に入ってきたのは、杖をつき、足をひきずった年配の男性だった。

 元々から大柄で、鍛えてもいたのだろう。

 だが、その体つきは、長年の障害でバランスの悪いものになっている。

 最近導入したのであろう、若者の姿の従僕型魔法生物サーヴァントに手を引かれ、彼はゆっくり、シャイリーンとエンシェンラーゼンの座っているテーブルへと近付いてきた。

 青みがかった緑の目が、シャイリーンとの血縁を感じさせる要素だ。


「かようにお見苦しくて申し訳ない」


 メイドの引いた椅子に座りながら、その男性は改めてシャイリーンとエンシェンラーゼンに向き合った。

 エンシェンラーゼンが、痛ましそうな目で自分を見ているのを、むしろ面白がっているようだ。


「女帝陛下からも、医療費及び旅費は全額国が負担するから、メイダルで最新鋭の医療を受けて健康体になるように仰せつかったのだが。その前に、君と娘に会うのが先だと思ったのだよ、エンシェンラーゼンくん」


 そう言って、彼は仕立てのいいフロックコートに包まれた腕を伸ばして握手を求めた。

 エンシェンラーゼンが握り返す。


「ノイマーレン・ソジャルク・ライザート男爵だ。君が不作法にも、結婚前に孕ませた女の父親だよ」


 その言葉にシャイリーンは真っ赤になり、対してエンシェンラーゼンは真っ青になった。


「お父様!! そんな言い方ってないじゃない!!」


 恥ずかしさを誤魔化すように、シャイリーンは父親に抗議した。

 妊娠が発覚したのは数日前。

 複数の国にまたがり、なおかつ魔法技術も駆使したテロ行為に対する特別措置法が立法され、大急ぎで今回の事件に関わった連中に適応された頃。

 魔法を使った恐ろしい事件にも、きちんと対応する法体制が整ったことを国民が納得して、一応の安堵感が漂いだした頃。

 シャイリーンとエンシェンラーゼンは驚きの只中に転がり落ちたのだ。


「……そのことについては、申し訳なかったと思ってる。シャイリーン自身にも、父親であるあなたにも」


 エンシェンラーゼンは、すぐ落ち着きを取り戻した。

 静かな声で、そう応じる。


「だが……シャイリーンにも言ったことだが、これには訳がある。こうでもしないと、シャイリーンは、俺との関係を前に進ませてくれないんじゃないかと思ったんだ」


 ほう、というように、ライザート男爵が片眉を上げた。


「シャイリーンは慎重な人だ。そして、あんまり人は結婚すべきとも思ってないみたいだ。冷めてる。そういう女をその気にさせるには、こっちの国でいう……『既成事実』しかないって、俺は判断した」


 エンシェンラーゼンは熱弁した。

 ライザート男爵は、興味深そうに聞いている。


「女神が俺にこの人がお前の妻だって教えた。シャイリーンを知れば知るほど、俺もそうとしか思えなくなっていった」


「女神が配偶者を教える」というのは、メイダルでたまにある、直感的に配偶者となるべき相手を悟る瞬間を表現する言い回しだと、シャイリーンは知っていた。


「いい加減な気持ちや勢いだけじゃない。最初からそのつもりで、俺はシャイリーンを誘ったんだ」


 ふむ、とライザート男爵は鼻を鳴らした。


「しかし、だ。娘のシャイリーンは、君が思っているような相手ではないかも知れないよ?」


 いきなり、ライザート男爵は水をぶっかけるような言葉を口にした。


「この歳になるまで、結婚なんか考えもしなかった女だよ。君が求めるような『女らしさ』なんか、求めるべくもないかも知れないのだ」


「『女らしさ』? こっちの国で言う『女らしさ』ってあれだろ? 男の機嫌を上手い具合に取り繕えってんだろ? 俺がシャイリーンに求めるのは、そんなもんじゃない」


 シャイリーンはそんな卑屈な女じゃない。

 育てたあなたが、血を分けたあなたが、一番良く知ってるはずだ。

 俺は卑屈なシャイリーンなんか、見たくもない。

 そう断言するエンシェンラーゼンに、ライザート男爵は目を丸くした。


「俺が、シャイリーンに求めるのは二つ。シャイリーンがシャイリーンであること」


 テーブルの下で、エンシェンラーゼンはシャイリーンの手に触れた。


「……そして、シャイリーンがシャイリーンのままで、そのままの飾らない心で、俺を愛してくれること。それだけだ」


 シャイリーンの胸がじんわりした何かで満たされた。

 照れくさくて嬉しすぎて、思わずうつむいてしまう。


「シャイリーン」


 その言葉を咀嚼するように考え込んでいたライザート男爵は、やがて娘に向かって呼びかけた。


「……良い夫を、見つけたな……」


「お父様……!!」


 思わずシャイリーンは顔を上げた。

 あの悲惨な日以来、ついぞ見たことのなかったような優しい目を、父は娘に向けていた。


「エンシェンラーゼンくん」


 彼は「義理の息子」に向き直る。


「結婚を許す。君になら娘を任せられる。どうか、シャイリーンを、娘をよろしく頼む」


 エンシェンラーゼンが、目を輝かせた。

 シャイリーンの脳裏に、あの日以来感じたこともなかった暖かで清らかな光が、差し込んでいるような気がした。



「世界は骰子と遊戯盤」番外編

第三話「刃と弾丸は愛に溺れる」 【完】

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援した人

応援すると応援コメントも書けます

「世界は骰子と遊戯盤」番外編 大久保珠恵 @sichan09

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のタグ

神話と神々と幻想生物とオカルトと小説とTRPGと人生を豊かにする無駄全般を愛する小説書き。 セクシー・ワイルド・キュート・スレンダー・天然・知性派・耽美その他、魅力と個性溢れるイカした女子を舐め回…もっと見る

近況ノート

もっと見る

ビューワー設定

文字サイズ

背景色

フォント

一部のAndroid端末では
フォント設定が反映されません。

応援の気持ちを届けよう

カクヨムに登録すると作者に思いを届けられます。ぜひ応援してください。

アカウントをお持ちの方はログイン

フォロー機能を活用しよう

カクヨムに登録して、気になる小説の更新を逃さずチェック!

アカウントをお持ちの方はログイン

フォロー機能を活用しよう

カクヨムに登録して、お気に入り作者の活動を追いかけよう!