3-9 執務室での戦い

「我が王錫よ!!」


 立ち上がったアンネリーゼの手の中には、輝く真紅の宝玉を戴いた王錫があった。


「我が戦人いくさびとに力と護りを与えたまえ!!」


 が何を意味するのか、恐らく蠢く影のように執務室内に侵入してきた悪夢ナイトメア型魔法生物には判断できなかったに違いない。


 よほど万全を期したのか、五体ほどもいる。

 いずれも、ごく普通の従僕型魔法生物サーヴァントに偽装したものだが、今回は前回の反省を踏まえたようだ。

 手に手に、射出型の武器、つまり銃器を備えている。


 アンネリーゼは知っていた。

 例えある魔法の対抗型魔法を展開していたところで、武器に魔法を乗せてその武器で肉体を傷付ければ、対抗魔法を突き破って効力を発揮する可能性がある。


 無論、アンネリーゼが人間族ということを考えれば、武器で肉体を傷付けた時点で、魔法を無効化するまでもなく、彼女の生命は終わりである。

 どんなに強大な権威も権力も、肉体そのものを強化してくれる訳ではない。

 不世出の女帝アンネリーゼと言えども、肉体的には、神聖六種族の中で最も脆弱な人間族でしかないのだ。


 しかし。

 そうは、ならなかった。


 アンネリーゼの背後から、幻の世界の太陽のように奇妙な輝きを見せる弾丸が射出された。

 ぶち当たった先頭の悪夢ナイトメア型が、一瞬で霧散する。

 否、消失した。


 二発目の弾丸は、すぐ隣の悪夢ナイトメア型に当たるや否や、光る膜のようなものを展開し、そのまま押し包んだ。

 途端にその状態のまま、悪夢ナイトメア型が活動を停止する。

 丸太のようにごろりと転がった。


 そう認識した時、既に残りは終わっていた。


 いつの間にか、シャイリーンが戸口に立って、その魔導武器を軽く振って汚れを振り飛ばしていた。

 彼女の優雅な上級メイドのスカートの足元に、五体をばらばらにされた悪夢ナイトメアが三体ばかり、転がっていた。

 ……事前に「違う時間の流れに入って戦いますから、外から見ると一瞬で敵が倒れたように見えます」と説明を受けていたにも関わらず、実際に見ると、何とも驚くべき現象としか言いようがない。


 アンネリーゼの背後の空間より、滲みだすように現れたエンシェンラーゼンとシャイリーンを、悪夢ナイトメア型魔法生物は、正確に認識することもできなかったに違いない。

 エンシェンラーゼンの「間隙かんげき」の能力の応用だなどと、生きていたとしても判別できまいが。


「はいはい、ご覧のとーーーり!! 残念だったねえっ!!」


「陛下、仰せの通り、捕縛いたしましてございます」


 部屋に光る縄のようなもので全身拘束されて放り出されたのは、その場にいる誰もが――というより、王宮に勤務しているなら誰でも顔を知っているであろう、軍のとある幹部だった。

 パイラッテ将軍のすぐ下くらいの地位のその人間族の男性は、ジャガリアタディーラとアルデスシェイマに見張られ、そしてその上を踏み越えるように、カーダレナが女帝の前に進み出た。


「陛下。確かに皇太子殿下よりのご連絡の通りに、モールズヴェン准将がソムルフェス伯爵夫人と繋がっておりました。宮殿での策謀の中心人物はこの方です。アルディスシェイマ殿の魔法による尋問で確認したところ、間違いございません」


 カーダレナはてきぱきと報告を上げた。

 アンネリーゼは頷く。


「姉は、ソムルフェス伯爵夫人の方は、どうなっておる?」


「只今、ウェルディネア殿下に要請して捕縛吏を屋敷に急行させております。間もなく拘束可能かと」


 答えたのは、今戦いがあったことなど嘘のようにとりすましたシャイリーンだった。

 アンネリーゼの魔導武器によって身体強化がなされ、通常の数倍の戦闘能力を振るっていたのは、異なる時の流れに入っていた以上、本人にしか認識できないことだった。


「さーて。一匹サンプルも生け捕りしたし、これで裁判上の証拠は問題なしだが」


 たった今、魔導武器で悪夢ナイトメア型を吹き飛ばしたり生け捕りにしたエンシェンラーゼンが軽く溜息をつき、女帝の周囲を警戒しつつ前に出た。


「厄介だなあ。こういう、二か国にまたがったテロ組織の場合、どういう具合に裁かれるんだ? こっちの法律ってどうなってたっけ?」


 一応ざっと勉強したんだが、これに該当する刑法って? と首をひねる彼に、アンネリーゼはやはり溜息で応じた。


「メイダルとのすり合わせの上、特別立法でもするしかあるまいのう。明日にでも、議会を臨時招集するわいな」


 と、その時、親衛隊の面々の足元で転がっていたモールズヴェン准将が、うめき声を上げた。


「馬鹿な……そんな馬鹿な……作戦は完璧だったはず……何故、メイダルの小僧とメイド風情がここに」


 思わず、部屋にいる全員が顔を見合わせた。


「へっ。俺らが、本当に呆けていると思ったかよ? 確かに楽しませてはもらったが、そればっかりじゃねえ」


 得意げに笑うエンシェンラーゼンに、灰色の髪の准将は怪訝な顔をした。

 この色ボケな若造は、シャイリーンとのことに溺れて、護衛の用をなさないのではなかったか。


「そう思わせるのも作戦ですよ、モールズヴェン准将閣下」


 冷ややかに、シャイリーンが受け答える。


「我らが色恋に溺れて職務を忘れていると判断されれば、あなた方クーデター勢力が勢いづくのは目に見えていましたからね。罠にかかったのはあなた方、ソムルフェス伯爵夫人とあなたご自身、並びに一部の部下の方々という訳です」


 その冷酷な言葉に、モールズヴェンはがっくりと肩を落とした。

 今や、完全に自分たちがハメられたということを理解したのだ。


「で・も。シャイリーンちゃんとエンシェンラーゼンくん、マジで溺れてたよネー」


 カーダレナがにやにやと、杖の先でシャイリーンをつつく。


「陛下の姉君まで自分たちの恋愛のダシに使う、ううん、悪よのう」


 シャイリーンは素早く手を伸ばして、カーダレナの鼻をつねった。


 その時、アンネリーゼの執務机の端末が、着信を告げた。

 アンネリーゼは、それを取り上げ、第一皇女からの通信と確認し。

 その内容に目を通すと。

 ただ、黙って瞑目した。

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