3-7 ソムルフェス伯爵一家

「ふん。あやつめ、助かったのかや」


 露骨に嘲るように、その鮮やかな金髪の女性が吐き捨てた。


「わらわがいるべき場所に、いい気になって収まり返っておるあの出来損ないめが。下らぬ命を長らえたの。しかし、例のあれは、対抗手段が極めて限られているのではなかったかえ? 何故失敗なぞ?」


 青と白、金色の壁紙で飾られた上品な部屋サロンは、午後の濃い光で満たされている。

 明らかに貴族の邸宅の一室であるその部屋には、四人の男女の姿がある。


 一人は、赤みがかった豪奢な金髪を結い上げた貴婦人だ。

 鮮やかな緑の絹地に、金色のモールとフリルを飾り付けたドレス、五連の真珠のチョーカーが、グラマラスな長身を引き立てる。

 何より驚くべきはその目鼻だろう。

 見た者のうち、十人中九人は、この国の女帝アンネリーゼとの血縁を指摘するはずだ。

 そのくらいに似ていた。


「詳しい話を聞かせて欲しい。どうなっている?」


 そう切り出すのは、アンネリーゼ似の貴婦人の隣に座る恰幅の良い年配男性だった。

 貴婦人より色素の薄い金髪の髪に、やや気難しそうな眼光。

 仕立てのいい灰色のフロックコートが、貴族であることを示す。


「その答え次第で今後の情勢が変わりますね。提督アミールロワイズィーヤ公に、どうお伝えしたら良いのか」


 太陽のように鮮やかな金髪を長くした貴公子が、その青い目で年配者の二人に目をやった。

 並べて見るなら、その二人のどちらとも、なんとなく共通点がある。

 両親と成人したての息子という関係で間違いないだろう。


「はい、ソムルフェス伯爵夫人、ソムルフェス伯爵、伯爵令息ジーベレル様」


 そう応じたのは、テーブルに就いた彼らの前に控えた、紫色の鱗と宝珠の、寿龍族の女性だった。

 高貴な雰囲気の目鼻立ちだが、眼光は酷薄そうだ。

 種族からしても、腰にメイダル特有の形状の湾刀を下げているところからしても、メイダルから派遣されてきた護衛士で間違いないだろう。

 最近、ニレッティアの貴族の間では、寿龍族の護衛を雇うのが一種のステータスになりつつあるのだ。


「妹君襲撃が失敗したのは、たまたま護衛に付いていた二人が、どうも悪夢ナイトメア型の術を無効化する能力をもっていたからのようです、ソムルフェス伯爵夫人」


 紫の寿龍族は、その金髪の貴婦人の名を呼んだ。


「なんじゃと? あの術は無効化などできないという触れ込みではなかったのかえ?」


 ソムルフェス伯爵夫人と呼ばれた女性が華やかな目鼻を曇らせる。


「普通なら、その通りです。しかし、敵がまずかった。『間隙』の魔力を持つ者と、その能力を分け与えられた者だったようですね」


 紫色の寿龍族が無感動なくらいに淡々と口にした口調で説明する。

 が、メイダル特有の魔導用語を無理矢理ニレッティア語に翻訳したその晦渋な説明は、その貴婦人にも、そして彼女の夫と息子にも意味が取れなかったようだ。


「つまり、どういう意味なのじゃ? 分かるように説明せぬか、ラネスディーラ!!」


 ぴしゃりとソムルフェス伯爵夫人が、ラネスディーラと呼ばれた寿龍族女性護衛士に言葉を叩きつける。


「失礼いたしました。……『間隙』の能力というのは、この世を動かしている『ことわり』の隙間を、無理矢理造り出して、それで魔法始めあらゆる現象そのものを『打ち消す』あるいは『かわす』能力のことです」


 相変わらず淡々と、ラネスディーラは説明を続ける。


「つまり、それは」


 思わずといった様子で、伯爵令息ジーベレルが口を挟んだ。


「魔法が一切効かない相手ということなのか?」


「そうです。それが、二人いたようです。メイダル出身の霊宝族の護衛士と、その者から個人的にその能力を封じた装飾品を贈られていた上級メイドが。アンネリーゼ帝自身には悪夢は効果があったようですが、護衛に無効化されては無意味」


 悪夢ナイトメア型の悪夢は、滅ぼされれば解けてしまいますので、と更にラネスディーラは続ける。


「なんということだ!! それでは、どうあっても女帝暗殺など無理ではないか!!」


 ソムルフェス伯爵が息を巻いた。

 まるでその責任が、目の前のラネスディーラにあるとでもいうように睨みつける。


「いえ、その点はすでにロワイズィーヤ公は考えておられます。……どんな優秀な護衛と言えど、二十四時間、側にいる訳ではないはずです」


 うっすら浮かんだその酷薄な笑みに、ソムルフェス伯爵夫人は満足げにうなずき、ソムルフェス伯爵は考え込み、そしてジーベレルははっとした表情を浮かべたのだった。

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