3-6 緊迫する御前会議

「母上!!」


 会議場に入るなり、第一王女にして情報局長官ウェルディネアは、悲鳴のように叫んだ。


「ご無事で……お怪我は」


「案ずるな、ウェルディネア。わらわは無傷じゃ。シャイリーンと、エンシェンラーゼンのお陰でな」


 御前会議に使われるいつもの会議場、最上段の玉座の脇に、シャイリーンがいつものように控え、その反対側にエンシェンラーゼンが周囲を警戒している。

 その姿は、神殿の門を守る、一対の神聖なる守護獣を思わせた。


 鮮やかな真紅のカーペットに、重厚なドミニア樫の会議机のその部屋には、窓がない。

 帝国の最重要機密が飛び交う中にあって、情報漏洩の可能性を少しでも減らすため、その部屋は外部と完全に遮断されている。

 昼の太陽の代わりに、煌々たる魔法シャンデリアが、その部屋を隈なく照らし出している。


 その会議場に集まっているのは、女帝アンネリーゼを始め、上級メイドのシャイリーン。

 そして、女帝付き護衛士のエンシェンラーゼン。

 彼らに加え、会議机の上座には、ウェルディネア。

 隣に、女帝の魔導政策顧問であるアルディスシェイマ。

 反対側の上座には内務大臣のベイリン。

 並んで、軍部の頂点パイラッテ将軍。

 彼らのすぐ下座に宮廷魔術師長カーダレナ。

 その向かいに魔導工芸顧問ジャガリアタディーラが控えている。。


「さて、皆様揃ったところで、緊急の御前会議を始めますぞ」


 重苦しい声で、ベイリンが口火を切った。


「本日の議題、すでに魔導通信で各位に通達申し上げた、女帝陛下への襲撃事件についてです。このテロ行為には、緊急に対策を取らねばならない」


 室内には、びりびりと肌に伝わるような嫌な緊張感が満ちていた。

 それがベイリンの宣言で、ますます強まったように思える。

 誰もが息を呑み、肌を裂く焦燥感に耐えかねて、口を開くきっかけを探した。


「この、悪夢ナイトメア……型の魔法生物、というのは、何のことなのですかな?」


 パイラッテ将軍が、目の前の小型演算機器から情報を空中に呼び出しながら、怪訝な顔をした。


「まあ、お待ちを。まずは、此度の女帝陛下襲撃事件の概要を、上級メイド、シャイリーン殿より改めてご説明願いましょう。シャイリーン殿、お願い申します」


 ベイリンに促され、シャイリーンが一歩前に進み出た。


「それでは、不肖このシャイリーン・メッシェ・ライザートが、この度の襲撃事件の概要をご説明申し上げます」


 全員の視線が、シャイリーンに集まった。

 シャイリーンは慣れたもので、さしたる緊張もない。

 ……緊張しているのは、別のことでだ。


「本日午前九時二十七分より少し前と推測されますが、女帝陛下の執務室に、見慣れぬ従僕型魔法生物サーヴァントが姿を現しました。正確に申し上げれば、『従僕型魔法生物サーヴァントに見える魔法生物』が、でしょうか」


「見た目では、この城内にいる普通の従僕型魔法生物サーヴァントと区別ができない。そういうことでしたかな?」


 ベイリンが確認する。


「そういうことです。見た目はごく普通の従僕型魔法生物サーヴァントに見えました。薄紫色の肌の女性型、メイド服を着用した、本当に目立たない見た目のものです」


「その魔法生物が、母を襲ったということですね? 状況を詳しく」


 ウェルディネアが鋭い目で促した。


「その魔法生物が入ってきた直後に、女帝陛下が悲鳴を上げて倒れられました」


 静かに淡々と、シャイリーンは状況を再現する。


「後でこちらの護衛士エンシェンラーゼン氏にうかがったのですが、陛下にぶつけられた魔力は、悪夢ナイトメアとよばれる、邪な術で精神を損なう危険なものだそうで……そいつは入ってくるなり、陛下と我らに術をぶつけましたが、目標は陛下でした」


「その魔法生物はシャイリーン殿が撃退したのであったか? 一体、あなたはどうやってその術から逃れたのだ? そちらの霊宝族の護衛士殿に、耐性があるのは理解できるのだが?」


 すでに脳内で、そうした存在との戦闘のシュミレーションをし始めたのであろう、パイラッテ将軍が、対応策について突っ込んできた。


「ええ。実は、エンシェンラーゼン氏から、個人的に、害意ある魔法からの防御機能がある装身具をプレゼントされまして」


 シャイリーンは、手で胸元のブローチを指した。

 詮索の意思を込めた視線が集中するものの、努めて気付かぬふりをする。


「たまたま私はその悪夢術の影響がなかったのです。そして、魔導武器の特殊能力を起動して敵を足止めし、とどめを刺しました」


 ふむ、と、パイラッテ将軍が太い腕で腕組みする。

 ウェルディネアが発言を求めた。


「その、悪夢ナイトメア型魔法生物に関して、詳しい更に説明を」


「はいはーい!! あたしちゃんにお任せ!!」


 賑やかに立ち上がったのは、ジャガリアタディーラ。


「ナイトメア型について説明するよ!! これは、その名前の通り、悪夢じみた幻覚の世界に対象の精神を取り込んで、無力化、更に進むと精神を完全に破壊するっていう凶暴なやつなの」


 ウェルディネアを始め、机に座っている者全員が、空中ディスプレイに表示されたその発言をキャプチャしていく。


「昔、メイダルでこれを悪用しまくった魔術師がいてね。それ以来、メイダルでは厳重に製造や販売、所有や使用が禁止されていて、少なくともメイダルでは今現在一切作られてはいないはずなんだ……表向きはね」


「ん? どういうことだ、ジャガリアタディーラ殿。裏で作られているような口ぶりだが?」


 兵器になりうる情報は、何でも欲しいのだろう。

 パイラッテが更に突っ込む。


「ん~~~これは、何ていうか」


「変わって私がお答えいたします、パイラッテ将軍。ここから先は、メイダルの法律論になりますので」


 アルディスシェイマが、ジャガリアタディーラの後を継いだ。


「現在、メイダルの法律では、悪夢ナイトメア型魔法生物の製造を行った場合、最低でも千年の懲役刑が課せられることになっております」


 会議場に、息を呑む気配が走った。


「千年……!! なんともはや……!!」


 流石に呆気に取られたのは、ベイリンだ。

 彼がここまで露骨に驚くのは珍しい。


「例え寿命の長い霊宝族系の種族でも、人生のかなりの部分、年齢によっては死ぬまで出て来られないかも知れないというほどのものです。更に、実際に製造した悪夢ナイトメア型が、何らかの被害を出したら問答無用で終身刑です」


 そこで、アルディシシェイマは一拍置いた。


「更に申せば、その被害の程度によっては、懲役刑では済まず、即座に死刑が言い渡されることがあります」


「すると」


 ウェルディネアが目を煌めかせる。


「今回使われた悪夢ナイトメア型は、メイダルで製造されたものではない、ということですか?」


 現在、宮殿で使用されている従僕型魔法生物サーヴァントは、全てメイダルからの輸入に頼っている。

 行く行くは、ニレッティアでも従僕型魔法生物サーヴァントを製造できるようになる可能性もあるが、現時点のニレッティアの技術では無理だ。

 すると、残るは。


「遺跡……ですかな」


 ベイリンが片眼鏡を光らせた。


「確かフォーリューンの森の遺跡――もう遺跡とは言えないくらいに活用されておりますが、そこには確か大戦時そのままの、魔法生物の生産設備があるのではなかったのでしたかな?」


 いや、待ってくれ。

 そう発言を求めたのは、意外にもエンシェンラーゼンだった。


「あの遺跡のことは知ってる。確かに、悪夢あくむ型の魔法生物を製造していたはずだが、もうメイダルから技術者が送り込まれて、魔法生物の生産プログラムを総入れ替えして悪夢ナイトメア型は抹消されたはずだ」


 ふむ、と鼻を鳴らしたのは、パイラッテだった。


「やけに詳しいな、お若いの?」


 エンシェンラーゼンが肩をすくめる。


「俺は、あんたらの基準で言えば若くなんかねえよ。……フォーリューンの森に派遣された魔法生物生産施設の技術主任っていうのが、俺の技術者時代の友達なんだ。支障のない範囲内で、情報はもらってた」


 ウェルディネアが金髪に指を差し込んだ。


「……? しかし、それなら、その悪夢ナイトメア型というのは一体どこで作られたものなのだ? そもそも、そんなとんでもないもの、どうやってこの宮殿内に入れたのだ? その辺は分かっているのか!?」


「その件なのですが」


 シャイリーンが、手元の小型演算機械を操作し、資料を各自の端末に送り込んだ。


「恐ろしいことに、通常の従僕型魔法生物に混ぜて、宮殿の物資搬入用の入り口から堂々と送り込まれたようです。搬入記録が残っていました。無論、悪夢ナイトメア型だなどとは表記しておりませんが、記録にあるこれと私が目撃した外見が一致します」


「ちょっと待たれよ、これでは他にも……」


「その点はご安心下さい」


 泡を食った様子のベイリンに、カーダレナが自信たっぷりの否定を押し被せた。


「ジャガリアタディーラに、魔導力検出装置を作ってもらいました。宮殿の全従僕型魔導生物サーヴァントを検査いたしましたが、紛れ込んだ悪夢型はあの一体だけだったようですね」


 会議場に、露骨に安堵の気配が漂った。


「つまりの。話をまとめると、こういうことよの」


 さっきから会議の成り行きを見守っていたアンネリーゼが、自ら口を開いた。

 抑えた怒りが、その双眸を煌めかせている。

 自分への怒りでも、臣下たちへの怒りでもない。

 姿を見せぬ、卑怯なテロリストへの怒りだ。

 悪夢の中で見せられた、あの日のように。


「輸入品の従僕型魔法生物と最初から混ぜられて宮殿に運び込まれたなら、あの悪夢ナイトメア型は、間違いなくメイダル産なのじゃ。しかし、それだけでは宮殿に送り込める訳もない。宮殿内部に、協力者がいるはずじゃ」


 衝撃が、主にニレッティア地付き組の面々の表情を強張らせた。

 地付き組で平然としているのは、最初からその推測を主より聞かされていたシャイリーンのみだ。


「ニレッティアとメイダルにまたがったテロリスト組織……!? それが宮廷に食い込んでいると……!?」


 ウェルディネアの顔は真っ青だ。


「うむ。双方に影響力のある何者か、あるいは、ニレッティアの反体制勢力と、メイダルの犯罪的勢力が結びついたのか。恐らく、後者であろうとわらわは睨んでおるがの」


「母上、すぐに捜査を開始します」


 ウェルディネアはすでに何らかの計画を立て始めたようだった。


「まさかとは思いたいが」


 パイラッテが唸る。


「叙勲されて宮廷に入られたメイダル出身の方々は……疑わしいところはないのでしょうな?」


 その一言で。

 会議場の空気が凍り付いた。

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