3-5 襲撃

 女帝の執務室に姿を見せたのは、ごく平凡な従僕型魔法生物サーヴァントであった。


 メイダルで広く利用され、そして最近ではニレッティア帝国でも富裕層を中心に広まりつつある、人間に近い姿を取った魔法生物は、もちろんこの宮殿でも利用されている。

 食事の給仕や清掃など、各種下働きのスムーズさは、彼らの導入によって飛躍的に効率アップした。


 最初こそ不気味がる者がいた。

 あの、遺跡で我らを苦しめてくれた古魔獣と同じ――だというのだ。

 しかし、実際彼らが業務補助に有能であり、何より性質が温順で人類に忠実な存在だと知れ渡ると、急激に活用されるようになった。


 今では、誰もこの宮殿内で従僕型魔法生物サーヴァントを見かけても警戒しない――そう、誰にも、不審がられないのだ。


 女帝アンネリーゼは、その薄紫色の皮膚の従僕型魔法生物サーヴァントが姿を見せるや、まるで肉体を切り裂かれるような凄まじい悲鳴を上げた。

 その美しい顔に何かが突き刺さりでもしたかのように、手で覆う。

 そのまま突き飛ばされるように倒れ伏した。


 同時に――従僕型魔法生物サーヴァントが飛鳥のように宙に舞った。

 その手の甲から何かが伸びて……


 確認する前に、シャイリーンは動いていた。


 自分がいつも腰の後ろに帯びている短刀型魔導武器を起動させる。


 世界が、色を失った。

 極端に速い時間の流れに踏み込んだのだ。


 目にも止まらぬ速さであるはずの、従僕型魔法生物サーヴァントが、空中に糊付けされたかのようだった。

 メイドのスカートが翻った形のまま、静止している。


 獲物に襲い掛かる怪鳥のようなその相手に、シャイリーンは跳んだ。

 視界の端に、エンシェンラーゼンが右腕の装着型魔導銃を発砲しているのが見えた。

 空中に、放たれた魔力弾の輝きが、小さな太陽のように見える。


 全てがほとんど静止した時間の中で、シャイリーンだけが動いていた。

 これこそ、シャイリーンの魔導武器「異空流閃落朱いくうりゅうせんらくしゅ」の特殊能力。

 時間の流れが極端に速い空間に入り込み、ほとんど静止しているかのような対象に対して、一方的に斬撃を加えられる。


 シャイリーンは机を蹴って飛び上がり、天井近くの従僕型魔法生物の形をした刺客であろうそやつに肉薄した。


 右手の短刀の一撃で、嘘のように首が胴から離れた。

 時間がほとんど経過しないので、切断面の上に乗ったままに見えるが、切り口は明らかだ。

 武器である肉体内臓兵器の付属した右腕、そして返す刀で左腕も切り離す。

 最後の一撃は胴体だ。

 メイド服とエプロンに包まれたほっそりした胴体が、あっさり上下に切断される。

 シャイリーンの短刀は、とても短刀とは思えない攻撃範囲を持っていた。


 床に降り立った後、シャイリーンはそのまま時間の流れを元に戻した。


 やにわに世界が動き出す。

 空中に射出されたままだったエンシェンラーゼンの魔力弾が、刺客の魔法生物の胴体を吹き飛ばした。

 すでに数個のパーツに切り分けられていたそいつは、空中でバラバラになった。

 胴体が四散した後に、頭部と腰から下が妙な放物線を描いて床に落下した。

 魔法生物の血液に当たる魔導媒介液が飛び散る。


「陛下!!」


 ぎょっとしたらしいエンシェンラーゼンには悪いが、今はそれどころではない。

 シャイリーンは、主である女帝アンネリーゼに駆け寄った。


 あの豪胆なアンネリーゼが、床の上で幼子のように体を丸め、震えていた。


「陛下、しっかりなさって下さい!!」


 揺すると、かすれた荒い息が収まり、真っ青な顔がシャイリーンを見た。


「……? ザリーナ……?」


「ザリーナ? 何故急に母のことを思い出されたのです、陛下? 私はシャイリーンですよ?」


 どうもおかしい。

 もやもやと黒雲のように湧き上がる何かの気配を感じながら、シャイリーンは、どうにかアンネリーゼを部屋の隅の長椅子に連れて行った。

 あの精力的なアンネリーゼがぐったり長椅子によりかかる。


「これは……まさか!!」


 背後で声が聞こえて、シャイリーンは振り返った。

 驚愕に血の気を失った顔で、エンシェンラーゼンが拾い上げた小さな石を見下す。


悪夢ナイトメア型魔法生物!? そんな馬鹿な!!」


 それがどういうことだか判断が付かず。

 シャイリーンは、彼の名を呼び、問うた。

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