3-3 シャイリーンの想い

「なあ、あんたの家って」


 差し向かいで昼食のラムと干しブドウのサンドをぱくつきながら、エンシェンラーゼンが口火を切った。


「先代から女帝陛下の上級メイドなんだって? 大した家系だな」


 シャイリーンはあることを思い出し――苦笑して首を振った。

 ささやかな、シャイリーンの私室である。

 王宮内にある、使用人たちの控えの間の一つ。

 上級メイドという、時には女帝の名代まで務めることもある役職にある彼女の部屋は、他の使用人に比べれば広いしそれなりに豪華だろう。が、それでも、華麗極まる王族の活動領域と引き比べれば、ごくごく控えめだ。

 窓の向こうのスイソンニレの枝に止まる小鳥の影が、ベージュの絨毯の上で踊りまわっている。


「……下級とは言え、一応貴族の端くれだもの。そりゃあ、代々帝室には仕えているわよ、エンシェン。当然じゃないの、あなたの故郷でもそうなんじゃないの?」


 部屋の一角、丸テーブルにエンシェンラーゼンと差し向かいで座ったシャイリーンは、内心の動揺を悟られぬように、さりげなく返した。

 こうして、自分の部屋でエンシェンラーゼンと差し向かいで昼食を摂るようになってから、もうどのくらいだろう。

 最初は仕事上のこともあり、断る理由もなく同席をOKしたのだが、それ以来、決まり事のように、必ずエンシェンラーゼンはシャイリーンの部屋に押し掛けるようになった。

 ちょっと気まずくて、アルディスシェイマも誘ったりしたのだが、「何を仰います。邪魔しませんよ、うふふ」という謎の言葉で拒否されてしまった。

 今では彼を、愛称の「エンシェン」で呼ぶほど、打ち解けてしまった訳で。


 実際、彼は親しくするのに楽しい男だった。

 元犯罪者という色眼鏡を外して見るなら、朗らかで気のいい男だ。


「ああ……その、ちょっと噂で聞いたんだ」


 彼にしては珍しく遠慮がちに、エンシェンラーゼンは答えた。


「……シャイリーンのお袋さん……女帝陛下を庇って亡くなってるって……」


 鹿肉のソテーを切り分けながら、シャイリーンは胸の奥の痛みを意識した。


「すまねえ、立ち入ったこと訊いちまって……どうしても、気になったもんだから」


 シャイリーンは、困ったようなエンシェンラーゼンに、いいのよ、と笑った。


「まだ、覚えてる人はいるものね。確かにそう。十数年前……今の皇太子殿下がまだ幼くてあらせられた頃よ。……よりにもよってこの王宮で、爆弾テロがあったの」


 シャイリーンは思い出す。

 彼女が王宮に上がる前、まだ多感な十代だった頃のこと。


「帝室ご一家が朝食をお召し上がりになる部屋の、美術品の壺の中に、爆弾が仕掛けられていてね。ちょうど、私の両親が過激派の策動の様子に感づいて、緊急で陛下に拝謁したところ、ドカン」


 するりと、シャイリーンは両手を広げて見せた。


「幸い、陛下と帝室ご一家は、軽い怪我だけだったのだけど……私の母を始め二、三名が死亡したわ。そして、父を始め数名が取り返しのつかない怪我をした。父は、母の遺骸の確認もできない状態だったから、私が母の遺骸を確認したわ」


 淡々と。

 シャイリーンは窓の外を見た。

 何故、鼻の付け根がツーンとするのだろう。


「……あまり、食事時に言うようなことじゃない状態に、母はされていた。……首がちぎれていたわ。あの酷い有様を、今でも昨日のことみたいに思い出せる」


 シャイリーンの母ザリーナは、女帝アンネリーゼの前の上級メイドだった。

 凶暴な爆風と破片にさらされた彼女は、図らずもというべきか彼女らしいというべきか、全身でアンネリーゼを庇う形になり。

 結果、酷い有様で死んでいくことになった。

 首が飛んで、ぎざぎざの切断面から頸椎が覗き、後頭部は陶器みたいに割れて中身が出ていた。

 金属の装飾に付属した壺の破片を無数に受けた体の背面など、言わずもがなだ。


「すまねえ。辛いこと、思い出させちまって……」


 まさか、そこまで悲惨だとは聞いていなかったのだろう。

 露骨に、エンシェンラーゼンは落ち込んでいた。


「いいのよ。あなたのせいじゃないわ。悪いのはテロを行った者たち。陛下のお命を狙ったばかりか、ついでに殺される私の母の命なんて、勘定にも入れてなかった者たち」


 何故か、色々とぶちまけたくなって、シャイリーンの言葉は熱を帯びた。

 妙な気分だが、止まらない。

 いつもは抑えている激しい熱が、彼女を焦がす。


「これは、私の復讐なの。母の命に芥子粒ほどの価値も認めなかった卑怯者どもへの復讐なの。優秀な上級メイドだった母がいなくなった穴は大きかったらしいわ。でも、私はその穴を嘆いてそのままにしておきたくなかった」


「シャイリーン……」


 多分、自分の目は、狂熱でぎらついているのだろう、とシャイリーンは思いながら、構わず言葉を続けた。


「母のいなくなった穴を母の娘である私自身が埋めて、そして母が陛下をサポートしていた時以上の繁栄を、陛下を盛り立てることによってもたらすの。あいつらは、陛下の治世を滅茶苦茶にしたかったのだから……復讐に、その正反対の繁栄をくれてやるの」


 何で、こんな風に本音を話してしまったのだろう。

 シャイリーンは、ぼんやり思う。

 こんなこと、話したのはただ一人、主である女帝アンネリーゼその人だけ。

 心配をかけると思って、あのテロ事件を生き延びた父にも、そして今では成人して後は家督を継ぐばかりになった弟にも、話していないのに。


「シャイリーン……」


 いつの間にか、エンシェンラーゼンが隣にいた。

 一体いつ、席を立ってテーブルを回ったのだろう。


 不意に、ぐっと抱きしめられて、シャイリーンはくらりとした。

 同時に心の中の何かをせき止めていたものが壊れ、両目から溜まりに溜まっていた涙が溢れ出した。


「呆れたでしょう? 私は烈忠の士なんかじゃない。ただの復讐鬼よ」


 しゃくりあげながらこぼすと、背中を大きな手でそっと撫でられた。


「あんたは誰が何と言おうと、高潔な人間だ、シャイリーン。どろどろした怒りはその高潔さに昇華されて、実際に国を支える原動力の一つになってるんだ。卑下なんかしないでくれ、俺が悲しい」


 何で、この人はこんなに優しいんだろう。

 出会ったばかりなのに、こんなに安らぐのは何故だろう。


「シャイリーン」


 エンシェンラーゼンが、耳元で囁いた。


「愛してる、シャイリーン」


 その言葉は、シャイリーンの耳と心の深いところに、しみ込んでいった。



 ◇ ◆ ◇


 この人の額の石は、綺麗だ。


 ぬくもりを感じながら、シャイリーンは、ベッド脇の照明型魔導具に照らされたエンシェンラーゼンを見た。


 ターバンを取り払っている。

 それどころか、二人ともベッドの上で一糸も纏っていない。

 引き締まった芸術的な隆起の肉体は、色白の皮膚に覆われている。

 彼が高まるほどに、彼の瞳も額の宝珠も輝きを増すようで。


「シャイリーン……」


 吐息の間に、名前を呼ばれる。


 くらくらするような紫の宝石に吸い寄せられるように思える。

 きっと、今後、紫色の宝石を見るたびに、この晩のことを思い出すのだろう……


 私は、いつまであなたの側にいられるのだろうか。

 母みたいに、ある日急にいなくなって、あなたを悲しませないだろうか。


 そうは思っても、いつものようには冷めない。

 身も心も燃えて、その熱をエンシェンラーゼンに伝えようとしている。


「愛してる……愛してるんだ、シャイリーン……」


 その後に続いた彼の言葉は、シャイリーンの脳内で咲いた光の花に押し流された。

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