3-2 親衛隊の新生と二人の距離

「アルディスシェイマ・フーホルディワーズ・ナルザシュカルムです。ご覧の通り秀霊族しゅうれいぞくですの。それ相応の研鑽と経験とコネクション作りは、故郷メイダルでして参りました。何卒よろしくお願いいたしますね」


 顔を半透明に金糸の縁取りの顔布で覆い、やはり白と金のハーレムパンツ姿の女が一礼した。

 秀霊族と名乗った通り、その女には額の他に、胸の上にも宝珠が煌めいていた。

 彼女アルディスシェイマの場合は、額にあるのも胸にあるのも「透華麗石とうかれいせき」と呼ばれる、透明な宝石の中に幻の風景が浮かび上がる魔的なものだった。

 神秘的な本人の魅力と相まって、ついふらふら吸い寄せられるような印象だ。

 同性でその志向がないはずのシャイリーンもそう思う。


 昼も近付く時間の、女帝アンネリーゼの執務室である。

 そこに、数人のニレッティア人と、メイダルからの移住組の官僚たちが集められている。

 ニレッティア地付き組は、シャイリーンに加え、宮廷魔術師長カーダレナ。

 そして、メイダルから参入組は、今自己紹介したアルディスシェイマ、そしてもう二人ほど。


「シャガリアタディーラ・マムルイーゼム・スワスミュレーナティだよっ!! 得意は魔導具に関すること全般!! 自分でも作るけど、作るのをプロデュースするのも好きかな? 結構あちこちにコネあるよ!! ジャガリアって呼んでね!!」


 元気よく笑うのは、黒く煌めく鱗を持つ星蛇族せいだぞくの、ほとんど少女じみた若い女性だった。

 濡れたような黒髪は肩まで黒い滝のように垂れ下がり、下半身の蛇の鱗同様に、きらきら煌めいている。

 額には、メイダルの砂漠で産出する永劫の欠片と呼ばれる「睡刻石すいこくせき」。

 霊宝族と蛇魅族の混血種族である星蛇族は、名称の通り、星のような煌めきを身にまとい、そしてその魔力は偉大な「創造」に向いている。

 メイダル文明を支える多くの魔導具や魔導機械が彼らの発明であり、魔導機械文明を採り入れるなら、彼らの協力抜きには話が進まない。


 そして、最後の一人。


「改めて。エンシェンラーゼン・フリューレディン・イルトランテルシュだ。元、魔導技術者だが、戦いは得意だ。なにせ、殺人犯になれるくらいでな? 官憲の捜査にも協力してたこともある。ま、荒事全般任せてくれ」


 目を奪う緑の惑月石の輝きは、今が真昼である証。

 夕方過ぎて顔を合わせたら、紫色に変化しているのに、シャイリーンは驚いたことがある。

 凝った巻き方のターバンから黒髪が零れ落ちている――その黒髪も、どうやら額の宝珠同様、昼夜で色合いが違ってくるらしい。

 軽く首をかしげると、緑のつやを含んだ黒髪が広い肩にこぼれた。


 自分がじっとエンシェンラーゼンを見詰めているのに、シャイリーンははっとした。

 流石にこのレベルの美男子になると、何とも思っていなくてもしげしげ見てしまう、こんな人がごろごろいるんなら、メイダルってなかなか目の毒そうね……

 そんな風な素っ気ない言葉で自分の頬を張り倒し、シャイリーンは「今」の仕事に集中した。


「さて、そなたらに集まってもらったのは、他でもない」


 重厚で華麗な執務机に座ったこの部屋の主、女帝アンネリーゼが声を上げた。


「アルディスシェイマ。ジャガリアタディーラ。そしてエンシェンラーゼン。そなたらには、シャイリーンから言伝させたが、改めて要請するぞえ」


 名を呼ばれた三人の顔に、緊張の色が走る。

 優雅な薄手のレースカーテンの淡い紋様が、夢のように美しいメイダル人たちの姿を彩る。


「伝えたように、我が国には、情報局というものがある。国内外で諜報活動を行う部署じゃ。まあ、これは昨今の情勢で以前ほど難しくはなくなってきたのは幸いなのじゃが」


 何かを思い出したのか、アンネリーゼはふう、と吐息をこぼす。


「これとは別に、このわらわ、女帝の直属機関である『親衛隊』というものがあるのじゃ。これは国の公式な機関でなく、わらわが私的な機関として設けているもの。つまり、情報局だけでは手の回らない様々な諜報活動、特殊工作に関わってもらうことになる」


「つまり」


 エンシェンラーゼンが、緑の目を煌めかせた。


「俺たちにその『親衛隊』に入れって訳ですね、陛下?」


 アンネリーゼは大きくうなずく。


「そういうことじゃ。公的な活動では難しい、様々な役割を、そなたらには極秘に担って欲しい。その際には、あくまで『私人』として。無論、だからといって、何の見返りもない訳ではない。その分の報酬はそれなり、親衛隊員同士のサポート体制もある」


 女帝たるわらわが手を回し、それとなく国の機関にサポートさせる可能性もある。

 アンネリーゼは、そうも付け加えた。


「親衛隊の頭は、そこにいるシャイリーンじゃ。この者は、凄腕じゃぞ? 一見そうは見えぬかも知れぬが、魔導武器まで手に入れた今、メイダル組も露骨には逆らわぬ方が良いじゃろうのう?」


 冗談めかしてころころ笑うアンネリーゼの快い声をBGMに、シャイリーンは優雅に一礼する。


「『親衛隊』は、宮廷人のみならず、市井の一般人にもその網を張っている。市井に協力者がそれなりにいるということじゃ。思いがけぬ助けがあるし、なにやりがいがある。そして……何より」


 アンネリーゼは、一拍置いた。


「わらわが、そなたらの力を欲しておる。アルディスシェイマは、メイダルの政界官界に強いコネがある。そして、ジャガリアタディーラは、メイダルより移住してきた魔導具職人たちに顔が広い。そして、エンシェンラーゼンは」


 にやりと。

 アンネリーゼが笑った。


「あの恐ろしいメイダルの司法警察界隈に顔が効く。出所後、官憲に司法協力しておったのじゃろう? 更には、大神殿と大司祭一族とも個人的に親しい付き合いだと聞いた。この上ない人材じゃ」


 ひゅうっと、エンシェンラーゼンが口笛を吹いた。


「参ったね、こりゃ」


「たった今、ニレッティア女帝の権威によって命ずる。そなたら三名、正規の業務に加えて『親衛隊』にも加入すべし。アルディスシェイマとエンシェンラーゼンはシャイリーンに付き、ジャガリアタディーラはカーダレナに付き、仕事を覚えよ。悪いが、そなたらに拒否権は一切、ない」


 アンネリーゼらしい、有無を言わさぬ、だが不思議と強引さを意識させぬ、荘重な権威をもって、女帝は命令を発した。


「謹んでお受けいたします」


 アルディスシェイマは、まるで分かっていたかのように、平静に受け入れた。


「おもしろそーーー!! やるやる!!」


 くすくすしたジャガリアタディーラの笑いは、自信か無鉄砲さか。


「こういう映画あったなあ。やってみたかったんだよね、こういうの」


 やや皮肉げににやりと、エンシェンラーゼンは口角を吊り上げた。


「話が早くて助かるのう? ふふふ、これで『親衛隊』も万全じゃ。シャイリーン、カーダレナ、新人の教育を頼むぞえ?」


「お任せですっ!!」


 アンネリーゼの言葉に、カーダレナはうなずいて、ジャガリアタディーラを振り向いた。


「いいかね!! いくら君の魔力が大きくても、先生は、あたしだ!!」


 ビシイ!! と擬音が付きそうな大仰な仕草であったが、


「魔力の多寡が問題じゃないじゃん? こういうのはテクニックじゃん? つーわけで、あたいちゃんをよろしく、先生」


 くねくね体をくねらせながら、楽し気なジャガリアタディーラにあっさり返されて、ちょっと肩透かしのカーダレナであった。


「さぁて、面白くなりましたね。まあ、今のところメイダル政界で大きな動きというのはないようですが」


 アルディスシェイマが顔布の下で顎を支えた。


「ああ、そうだ、シャイリーンさん」


 エンシェンラーゼンが大股で彼女に近付いた。

 ふんわりと、上品な男性用香料の香りが、シャイリーンの鼻をくすぐる。


「一緒に、昼飯どう? 色々教えてくれよ?」


 咄嗟に断る理由を探し、なにもない、むしろそうするべき理由しか見当たらなくて、シィリーンの胸が大きく鳴ったのであった。

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