第三章 刃と弾丸は愛に溺れる

3-1 シャイリーンとエンシェンラーゼン

「初めまして。噂は聞いている、シャイリーンさん」


 その、目の覚めるような美男子は、鍛錬の跡を感じさせる滑らかな仕草で、丁寧に右手を差し出した。

 額に目くるめくような色合いを見せる緑の宝石は、彼がメイダルからやってきた民、霊宝族であることを如実に示している。

 宝石のように不思議な煌めきを宿した澄んだ双眸、引き締まった神像のような体つきが、並みの女なら理性を放り出しそうな美しさと色気を見せる。


 シャイリーン・メッシェ・ライザートは、今までで屈指の芸術的感動と……何やら判断のつかない妙にふわふわした不安定な気持ちと共に、自らも右手を差し出す。


「エンシェンラーゼン・フリューレディン・イルトランテルシュだ。今、ご紹介にあずかったように、今度から女帝陛下の警護を担当する。あなたの負担を少しは軽くできるはずだ。あてにしてほしい」


 静かな自信と共に手渡されたエンシェンラーゼンの言葉に、シャイリーンはうなずき。


「よろしくお願いします。心強いですわ」


 どうにかそう口にするのが精いっぱいな自分に、奇妙な戸惑いを感じたのだった。



 ◇ ◆ ◇


「本当に、そうなさるおつもりなのですか、陛下!? 犯罪者ですって!?」


 時はしばらく前にさかのぼる。

 ある日の執務室で、ニレッティア女帝アンネリーゼは、自分が抱いている計画を、いつものようにシャイリーンに相談していた。

 ドミニア樫の艶麗かつ堅牢な机には、少し前までのような書類の山ではなく、魔導式事務機械が一式設置されている。

 その向こうに、向かい合うようにシャイリーン。

 アンネリーゼの鮮やかな赤毛が、昼前の光に透けて、聖者の後光のように輝いた。


「うむ。犯罪者とはいうても、その辺にいる、欲得ずくなのとは一味も二味も違うようじゃぞえ?」


 昔からここは変わらない、まるでいたずらが成功寸前の子供のような笑顔で、ニレッティア女帝アンネリーゼはにんまりした。


「確かにこのエンシェンラーゼンという男、元殺人犯ではある。じゃが、それは、その時点のメイダルの法律では救われなかったであろう、死に追いやられた姉御の敵討ちのためであったようじゃのう」


 最近になってメイダルから取り入れたばかりの通信機器を起動させ、その通信内容を、シャイリーンも確認できるように、アンネリーゼは空間中に投射した。


 特徴的な紫の顔布の霊宝族男性のアイコンが表示される。

 差出人の欄には、ナルセジャスルールという名が、自動翻訳装置を通じて表示されていた。

 これは尋ねるまでもない。

 隣国ルゼロスの王妃となった霊宝族の巫女姫レルシェントの父親だ。

 いや、遠く離れた本国メイダルの基準では、大司祭ミスラトネルシェラの夫と言った方が通りが良いか。


 彼の書状には、若い――といっても、霊宝族の生理現象に『老化』というものはないので、大体誰でも見た目は若いのだが――男性の画像が添付され、そこに詳細なその人物のプロフィール、並びに、ナルセジャスルールの推薦文が記されていた。


 曰く、以下に添付するデータの男性を、ニレッティア女帝アンネリーゼ陛下の護衛士に推薦する。

 彼の名は、エンシェンラーゼン・フリューレディン・イルトランテルシュ。

 全てのことわりの「間隙」を造り出す強大な魔力を持つ。

 魔法に依る暗殺などの危害に対して、強大な対抗となることは、論を待たない。

 性質も、正義感が強く意思が固く、忠実。

 護衛に非常に向いていると思われる。

 ただ。

 唯一、瑕疵があるとすれば、その経歴。

 彼は、かつて犯罪を犯した。

 研究者だった実の姉が、親友と信じていた女に言葉巧みに騙され研究成果を取り上げられ、絶望して自殺した。

 その敵討ちに、姉を騙した女を殺害した上で、自首している。

 その女のやったことは、その時点でのメイダルの法律の網目をすり抜けるもので、法的に罰することはできなかった。

 だから、彼は、正義と姉の名誉の回復を求めて、間接的殺人者に復讐することを選んだのだ。


 この行為は、当時のメイダル社会に衝撃をもたらした。

 果たして彼のこの行為を、単なる殺人としてあしらって良いものか。

 知識人階級から政治家、司法に携わる者までが激論を戦わせた。

 その論争は、大司祭ミスラトネルシェラが取り次いだ、星宝神オルストゥーラの神託によって決着がついた。

 女神曰く、彼をしてあまり重い罰を背負わせてはならない。

 彼の行いは女神である私が容認した、正義の行いである。

 社会的に罰が必要なら、最低限に留めるように。


 かくして、彼はわずか十年ほどの刑期を終えた後は、大神殿に身柄預かりとされていた。


 私、ナルセジャスルールは大司祭ミスラトネルシェラの夫として、そして彼が関わった事件を扱った刑吏として、エンシェンラーゼンとは関りが浅からぬ。

 彼のことは、よく知っているつもりだ。

 彼の本質が邪悪とは程遠いことは、我が名誉と魔力と額の宝珠にかけて保証する。

 どうか、彼をニレッティア女帝アンネリーゼ陛下の護衛として受け入れてもらえないだろうか。

 本人もそれを望んでおり、非常に意欲的である……云々。


「……確かに、拝見したところ、ご本人の性質や能力は悪くないのかも知れません」


 シャイリーンは、形の良い顎にほっそりした指を当てて考え込んだ。

 レースのカーテン越しの光が、彼女の亜麻色の髪に降り注いでいる。

 淡い金色の縁取りが、その髪を、そしてすんなりした額から鼻筋にかけてのライン、気品のある唇やおとがいを、柔らかく浮かび上がらせた。どこか、古典的な女神像のよう。


「しかし、問題は実際に着任した場合、国民がどのように彼を捉えるか。理由があったとしても、殺人犯は殺人犯。ましてや、彼は今まで我が国では半ば怪物のように思われていた霊宝族なのです」


 問題はそこだ、と、シャイリーンは思う。

 理論だけでは人は動かない。

 生半可な学生が、覚えたての理論を棒きれのように振り回し、オレサマは正しいはずなのだから従えと口角泡を飛ばしても効果がないのは、人間のこうした性質を無視しているからだ。

 実際の政治家となるとそうはいかない。

 一揃いの肉体とそれぞれにむらのある頭脳を持つ生身の人間を動かさなくてはならない。

 そして、あやふやで恐ろし気な昔話で「霊宝族」を捉えているはずの大部分の国民は、その魔力が全ての不気味な社会の、更に裏をかいたという男をどう思うか。


 画像で見る限り、ちょっとやそっとのことは許したくなるような美形だが、逆に鼻につくと感じる国民だって少なくあるまい。


「いやいや、最後まで読んでみやれ、シャイリーン? そやつは、誰の弟じゃ?」


「え?」


 シャイリーンは、その詳細に書かれた紹介文に更に目を通す。


「……自殺した研究者の姉君が、死後、オルストゥーラ女神に救い上げられ、『学問の平等と公平性』を守護する小神に取り立てられた……!?」


 驚いた。


 こういうことは、ごくまれにではあるが、メイダルのみならず六大神の民になら起こりえることだ。

 小神というのは、六大神の機能を補佐する役割の神々で、六大神と神使たちの間に位置する、親しみやすい神々である。

 普通、六大神に願い事をする時には、その願い事に対応した小神にも願掛けするのが常識だ。


「そういうことじゃ。エンシェンラーゼンという御仁は、女神の弟なのじゃ。この格を、我が帝室の箔付けに利用しない手はないわな」


 再び満足した猫のように、アンネリーゼが笑う。


 流石の慎重派シャイリーンも、この最後の一撃には参った。

 なるほど、女神の弟、話題の男を帝室で使役するという立場になれば、明らかにメイダルからの扱いは違うであろう。

 かの国は魔力とその源である神々を重んじる。

 ニレッティアが寛大にもエンシェンラーゼンを受け入れ、彼の護りと共に彼の実姉である小神の護りをも受け取れれば、その直接的・間接的利益は計り知れない。


「どうやら、わらわの言いたいことを分かってくれたかのう?」


「……彼は、エンシェンラーゼン氏は、騎士の位に?」


 シャイリーンは、念のため主に確認を取った。


「うむ。きちんとした式典を催し、その立場を明確にと思うてのう。他に派遣されてくる、メイダル人官僚もそれなりの位を与えたいと思うておる」


 アンネリーゼはすでに考えていたようだ。


「その式典を、最近導入した……メイダルの、あのテレビ中継というもので全国に配信できないでしょうか? 華々しい式典で陛下御自ら彼をお認めになる様子を中継すれば、国民の心理的抵抗も下がりましょう」


 その提案を、素早くアンネリーゼは考え込み、判断した。


「……良い考えじゃ。早速、その方向で進めようぞ。シャイリーン、各所への伝達を早めに頼むぞえ」


「お任せ下さい」


 シャイリーンは主に一礼して下がった。

 頭の中には、すでになすべき手順の一覧が展開していた。



 ◇ ◆ ◇


 壮麗なルフィーニル宮殿大広間では、ステンドグラスが語り掛ける神話と始祖伝説の下、聖なる儀式が執り行われようとしていた。


 数名の、メイダルからニレッティアに移民してきた、主に魔導技術方面の官僚、及び、魔法技術で女帝始め帝室関係者を守護する護衛の騎士身分予定者たち。


 艶やかな歴史絵巻の光の言葉の下、正装の女帝の前に進むのは、華麗なターバン始めメイダル人としての礼装に身を包んだエンシェンラーゼンその人だ。


 シャイリーンは、叙勲用の剣をビロードの台に捧げ持ち、女帝アンネリーゼの脇に侍っていた。

 視界の端に、テレビ中継用の機材とそのチームが見える。

 彼らは特に見栄えのするエンシェンラーゼンの良い絵を撮ろうと、力を入れて位置取りしている。


 エンシェンラーゼンが、アンネリーゼの前で丁寧に一礼し、とても異国の人とは思えないほど滑らかな仕草で、ひざまずいた。


 間近で見ると、エンシェンラーゼンは画像で見る何倍も色気があって魅力的だった。

 思わず見詰めてしまうような端正さと艶の同居は、なるほど霊宝族を象徴する宝石を思わせる。


 一瞬、エンシェンラーゼンがシャイリーンを見たのは、気のせいだろうか。


 女帝が、帝室に伝わる叙勲用の剣を取り上げた。

 ステンドグラス越しの光で、柄と刃の根本の宝石がきらきら輝いた。


 鮮やかな真紅の絨毯の上で、エンシェンラーゼンの額の宝珠は目を奪う艶麗な緑色。

 ターバンもそれに合わせた緑で、金糸で華麗な文様が刺繍されている豪華なもの。襟や袖口、裾をやはり金糸で刺繍された儀礼用の上着のせいで、彼は本当に異国の王子のようだった。


 アンネリーゼがひざまずいたエンシェンラーゼンの肩に、片方ずつ剣を触れさせていった。


「我、汝を叙勲す。汝騎士たる者、我と我が国家に忠誠を誓うべし」


 高らかなアンネリーゼの言葉に、深く頭を下げてエンシェンラーゼンは答えた。


 今、帝国内各所に設置された公共のテレビで、帝国臣民がこの様子を食い入るように眺めているであろう。

 彼らの脳裏から、エンシェンラーゼンに関するマイナス評価が放り出される様子を、シャイリーンは目の前で見るかのように感じ取れた。

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