2-7 月下のプロポーズ

「待っていて下さったんですか」


 屋敷のテラスで月を見ていたドニアリラータに、ラーファシュルズが真っ先にかけた言葉はそれだった。


 否定の言葉は、ドニアリラータの口から出なかった。

 心配で、待っていたのは事実だから。


 眼下が輝いている。

 今宵は満月。

 月明かりに照らし出され、浮かび上がったアジェクルジット島の眺めは、いつにも増して幻想的だ。

 魔法の灯は、さながら地上における星月夜の再現のようで。

 そろそろ、人々が寝静まる時刻であるが、この月を眺めるために、宵っ張りを決め込んでいる者もいるかも知れない、それほど美しい月だ。


「……お国のこと、どうだったの?」


 何となく聞かされてはいたが、流石のドニアリラータもそれを真正面から口にするのははばかられた。

 だから、さりげなく「彼が言いたいと思っていることだけ」聞き出そうとする。


「この度の事件の首謀者の一人だった伯母が、自殺したそうです。伯父と、従兄弟たちを道連れに」


 案外淡々と、ラーファシュルズはありのままの事実を述べた。

 月下で一層端正に見える顔には、物静かな色しかない。


「……お悔み申し上げるわ……」


「痛み入ります。伯母と伯父、それに一番上の従兄弟は自業自得かも知れませんが……しかし、下の従兄弟二人は未成年なんです。流石に、哀れに思ってしまって……辛いです」


 ドニアリラータは、ラーファシュルズの腕をぽんぽん、と叩いた。


「分かってると思うけど、勘違いしちゃ駄目。何一つ、あんたのせいなんかじゃ、ないんだからね」


 どっちかっていうと、あんたは自分の故郷とメイダルを救った英雄よ。

 誇りこそすれ、自責の念なんか抱かれたら、あたしたちメイダル人の立場がないじゃないの。


 ちょっと聞いただけではツンツンした言葉を投げかけ、でも彼の心が心配でたまらなくて、ドニアリラータはじっとラーファシュルズを見た。


「ありがとうございます。今まで塞いでたんですけど……でも、あなたのお顔を拝見した途端に、気持ちが晴れました」


 思わず、ドニアリラータは顔を上げる。

 月の青白い光の下でも、多分自分の顔が赤いのは、ばれてしまっているだろう。


「ドニアリラータ姫。少し、非常識なんですが、どうしても申し上げたいことが。聞いていただけますか?」


「何よ」


「……伯母の喪も明けないうちに、こんなことを申し上げるのは、本当に失礼かも知れませんが」


「回りくどいことはいいから、本題に入りなさいよ」


「……今日、あなたから離れている間、僕は本当に辛くて」


「昨日の今日だもの。仕方ないわ」


「でも、あなたがいて下さると、落ち着いて頭もしゃっきりして」


「……どういう意味よ」


「……あなたがいて下されば、僕は何でもできるような気がするんです。ずっと、僕と一緒にいて下さいませんか?」


「……自分で、何を言ってるか分かってんの? そんなこと、できる訳」


 顔が熱い。

 耳がむずがゆい。


「できると思いますよ。姉君のレルシェント姫も、オディラギアス王と一緒にいらっしゃるじゃありませんか。……僕じゃ、嫌ですか?」


 不意に、ラーファシュルズはドニアリラータの前にひざまずいた。

 今までに見たこともないほど真剣な表情で、ドニアリラータを見上げる。


「結婚して下さい。そして、僕の故郷に来て下さいませんか、ドニアリラータ姫。あなたに将来の皇妃になっていただきたい。そして僕を支えて欲しいんです」


 ラーファシュルズがドニアリラータの手を取り、唇を押し付けた。

 そして、手を取ったまま、じっと見つめる。


「ほんと……仕方ないわね……馬鹿なやつ……いいわ、面倒、見てあげるから」


 言いきらぬうちに、ドニアリラータは立ち上がったラーファシュルズの広い胸に包まれていた。

 頬に唇に、口づけが降ってくる。



 「世界は骰子と遊戯盤」番外編

 第二話 「紅の皇子と碧の巫女姫」 【完】

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