2-6 地下にて

「さて、そろそろ潮時かも知れませんね」


 琥珀色に輝く星蛇族の男性が、気だるげな溜息を洩らした。


「どういう意味ですか、サディンスディム」


 鮮やかな緑色の宝珠を戴く、霊宝族の女性が同じ色の大きな瞳で、サディンスディムと呼ばれたその男性を睨みつける。


 豪華な調度品の部屋だった。

 壁には彩色された彫刻、凝り倒した飾り棚に、緻密な組木のテーブル。

 貴族がちょっとした密談のために使うような部屋には、窓がない。

 光源は、天井から吊るされた、メイダル式のシャンデリアの一種だ。

 その下に一組の男女があるが、まるで親し気ではなかった。


「……全滅しましたよ」


「全滅ですって?」


「ええ。リーシャンレリカで待ち伏せさせていた悪夢ナイトメア型が全滅です」


 更なる溜息と共にこぼされたその言葉に、緑の霊宝族が息を呑んだ。


「馬鹿な、あれだけの数……」


「やはり、大司祭家の巫女姫が出てきた時点で手を引くべきだったのかも知れませんな。そればかりか、あの地上の、ニレッティアの皇太子という男もなかなかです。メイダル人かと思うような魔導武器の使いこなしぶりだ」


 いやはや、何をやっても必ず先手を取られ、運命に干渉されるというのでは、と、サディンスディムは首を横に振る。

 余裕めかしているが、それほど落ち着いている訳ではないことは、怒りの煌めく金茶の目を見れば分かる。


「しかし、まだ終わりではありません」


 緑の女は、怒れば静かになっていくかのようだった。


「ほとぼりが冷めるまでの間、静かにしているのです。その間に、地上に少しずつ根を張ることは続ければいい。準備万端整ったら、以前の手筈通りにひっくり返すのです」


「あの、ソムルフェス伯爵夫人という御仁ですか? ニレッティアの女帝の姉だとかいう? まあ、確かに女帝と亭主と子供全員を始末したら、あの方に帝位が転がり込むのでしょうが。しかし、あの御仁も所詮人間族では? ロワイズィーヤ様」


 そんなに長く生きてはいないでしょう? といささか不安げに、サディンスディムは眉をひそめた。

 浅黒い肌の、星蛇族らしい色気ある美男だが、今はいささかぴりぴりした空気がそれを大幅に損なっている。


「貴族ではあるのですから、代替わりしても問題はありません。子息にも話は通してあります。何なら、更にその息子の代までかかっても構わない、そうでしょう?」


 ロワイズィーヤと呼ばれた霊宝族の女は、ころころと笑った。

 声は耳に快い。

 内容を気にしなければの話だが。


「しかし、地上で三代だけの時間で、メイダルの王位も揺るがせますかね?」


 嫌味ではなく、単純に疑問の形で、サディンスディムは投げかけた。


「今回のことで、だいぶケチが付きましたよ。大司祭家に感づかれたのはまずい……」


「ニレッティア皇太子を留学中に暗殺するのは諦めます。最終的に、彼が子孫を得る前に始末できればいいのですから。まあ、子孫を得ても、その子孫ごと殺せれば同じことですが」



『そんな調子いい計画が、上手く行くと思ってたの? とんだ頓馬どもね!!』



 その声は、いきなり二人の耳に鳴り響いた。

 とんでもなく遠くから呼びかけられているような、耳元で囁かれたような。


「何者……!!」


 ロワイズィーヤと呼ばれた女が、一挙同で立ち上がり周囲を見回した。

 そこそこ広い部屋に、テーブルに就いた二人以外の人気は――


「驚きましたよ。こんなところがあるというのと――そして、メイダルにも、あなた方のような人物がいるというのと、両方でね」


 真っ先に姿を見せたのは、鮮やかな赤毛の美男だった。

 甘く優雅なその面差しは、流石に白い石の仮面のように硬くなっている。


 彼の周囲に光が揺らめき、プラチナブロンドの若者、薄青の従僕型魔法生物サーヴァント、そして、摩訶不思議の碧の巫女姫が姿を現した。


「あんたたち。ただでさえ人型の悪夢ナイトメア型なんて禁忌の中の禁忌を造り出したばかりか、まさかそんな目的だったとはね。単純に死罪で済むかしら?」


 居丈高な調子を崩さずに、ドニアリラータは二人の反逆者を眺め回した。


「何か申し開きがあるなら、一応は聞いてあげるわ。アニスジャーラ島提督アミールロワイズィーヤ・マルデラシェン・サイディールフディタ。並びにお抱え魔導技師サディンスディム・ムズルネルヤ・ベナールワイユーブ」


 これは正式な司法の手続きだという意味合いを匂わせて、巫女姫ドニアリラータは宣言した。


「馬鹿な……そんな馬鹿な、何故ここが……」


 一つの島を任される提督である女は、わなわなと唇を震わせた。


「私のこの魔導武器だ」


 ラーファシュルズは、腰からすらりと、レイピアを抜き放った。


「これの真の力が引き出せるほど、経験を積ませて下さったことには礼を申し上げよう。この『照覧の目天体航路』には、相対した者に関する情報を、神の目の如くに暴き出すという力も宿っている。君たちのことも、という訳だ」


 ドニアリラータが、後を受けるように鼻を鳴らした。


「まさか、アニスジャーラ島の提督アミール自らが、島の地下にこんな秘密基地を持っていただなんてね。でも、どんなに出入りを制限しても、あたしの召喚術を応用した転移術の前では空しいわ」


 語尾に、男の嘲り笑いが重なった。


「流石は巫女姫様。ですが、わざわざ踏み込んで来られたのはまずかったですな?」


 四人の視線が、サディンスディムに向く。


「私が、なんの細工もせずに、こういう基地を設置するとお考えで? 万が一のことを考えて、基地の一部には、強力な爆発物を仕掛けてあります。もし、これが爆発したら、アニスジャーラ島全域に被害が出るでしょうなあ……」


 にやにやと。

 サディンスディムの勝利の笑いに帰ってきたのは、四人の失笑だった。


「なにがおかし……」


「その爆弾ならとっくに始末した。ドニアリラータ様の術でな」


 マーディンは、右の拳銃を、サディンスディムに突き付けたまま言い捨てた。


「召喚術というのは、極めると凄いものなのだな。空間を勝手に切り貼りして、完全に隔絶した異空間に目標を転移させ、そこで処理する。貴様のご自慢の爆弾など、もはや……」


 何やら憑き物でも落ちてしまったような呆然とした表情に、ラーファシュルズあたりはいささかあわれみすら感じた。


提督アミールロワイズィーヤ公、体温上昇……心拍数上昇……極めて興奮」


 ロワイズィーヤを見張っていたマリウーラが、淡々と報告した。


「魔力急上昇。提督アミールに警告。


「なに……」


 一瞬、何を言われたのか分からない表情で、ロワイズィーヤは思わず訊き返した。


「あんたやあたしたちのいるこの空間、そのままにしてあると思ってるの?」


 ふふんと、ドニアリラータは鼻を鳴らした。


「勝手に転移して逃げられないように、召喚術を応用して、この空間は完全に外界と切り離してあるに決まってるでしょ。いわばここは、アニスジャーラ島の地下なんかじゃない、『どこでもない場所』ということね」


 ロワイズィーヤがテーブルにすがり。

 そのままずるずると、崩れ落ちていった。


「さて、後は、メイダルの司法に任せましょうか」


 マーディンが素早く銃を構え、まずサディンスディムを、次いでロワイズィーヤを撃った。

 どちらも傷は付かない。

 その代わりに、目も見開いたまま、死んだような眠りに落ちた。


「さて、一件落着……でしょうかね?」


 言葉と裏腹に、ラーファシュルズは盛大な溜息をついた。


「お疲れ様。メイダルもだけどさ、あんたとこの一族、無茶苦茶面倒くさいことになってない? 大丈夫?」


 ドニアリラータに珍しくも露骨に同情され、ラーファシュルズは答えを用意する前に、再び盛大な溜息を落としたのであった。

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