2-5 緑の魔境での死闘

 リーシャンレリカ島に近付くにつれ、濃厚な森の香りが鼻孔をくすぐった。


 それは壮大な緑の要塞だった。

 優雅な稜線を描く山々は、隈なく緑の大樹に覆われて、その間に渓谷から湧き上がってきた霧がうっすら漂う。

 ラーファシュルズの故郷で見かけるより、倍も大きく太いその樹木はレイニ杉と呼ばれる種類のものがかなりを占める。特別な魔導具の材料になる、魔力を多く含んだ上質な木材だ。

 このリーシャンレリカ島は、全島がこのような緑に覆われ、メイダル中に木材を提供する林業の島だった。



 ◇ ◆ ◇


「我が国の家具職人たちがこぞって欲しがるでしょうな」


 殊更に気楽な調子で、ラーファシュルズは緑の重なりに近付く飛空船の上で呟いた。

 ドニアリラータの操る飛空船は、ゆるやかにスピードを落とし、重なり合う緑の片隅に着陸しようとしている。


「緊張のしすぎも良くないけど、気楽に構えすぎると死ぬわよ。あいつら、あたしでも殺す気満々なんだから」


 ドニアリラータが、木々の隙間にするりと優美な船を滑り込ませながら、そんな風に跳ね返した。


 無造作に侵入しようとしているが、実際には隣に立つマリウーラの危険察知の魔力を駆使して、ただちには危険のない場所を選んで着陸したのだ。

 宙を奔る船が完全に緑の草地の上に停船すると、まずマーディンが飛び降りて周囲を警戒した。

 両手に二丁拳銃を構え、動いても周囲で何らかの反応がないのを確認すると、振り向いて主と仲間たちに合図する。


「さて……召喚獣が反応をくれたのは、この島のどの辺りなのですか?」


 手を貸してドニアリラータを船から降ろしながら、ラーファシュルズは周囲を見回した。

 故郷で言えば、一つの州ほどもある大きな島の、外周部のわずかに開けた場所である。

 しっとりした下生えが茂り、巨人に取り囲まれるように、巨大な樹木の重なりがある。

 実際、その巨樹の森の一角にいると、スケール感が破壊され、まるで自分が巨人の国に迷い込んでしまったように感じられる。

 そそりたつ大樹の連なりは、さながら緑の大聖堂だった。


「船にくっつけたあの子の気配はここから少し西ね」


 ドニアリラータは、静かに不可思議の青の瞳を西に向けた。


「気付かれてはいないはずだけど、油断はできないわ。こんな大胆なことを、今まで察知されずに準備したような奴だもの。どんな隠し玉を持っているか、分かったものではないわ」


 そうは言うものの、大して緊張した様子もなく、ドニアリラータはにやりと笑った。


 あのアニスジャーラ島での戦いの時、ドニアリラータがラーファシュルズに精神感応で送ってきた「作戦」。


 襲撃してきた悪夢ナイトメア型魔法生物の一匹をわざと逃がし、そいつに「監視」を付けて追尾するのだ。

 要するに、ドニアリラータの召喚術で小型の召喚獣を呼び出し、敵の飛空船にへばりつけて、どこに逃げたのかを確認したのだ。

 猫ほどの大きさの煌めく虫型の召喚獣は、船の底に貼り付き、その位置情報を召喚主であるドニアリラータに送信してきた。


 そして召喚獣からドニアリラータが精神感応で受け取ったのが、ここ、リーシャンレリカ島の一角だった。


「レルシェント王妃陛下やオディラギアス王ご一行のお話では、かの方々が出くわした悪夢ナイトメア型も、深い森の中の遺跡に出現したそうですが……」


 何となく不気味な符合を感じて、ラーファシュルズは呟く。

 もしや、以前メイダルを荒らしたという悪夢ナイトメア型魔法生物を悪用したという魔術師も、まさかこの島で何かしていたりしたのだろうか。


「……あんたとこの地元の森に、悪夢ナイトメア型が配備されていたっていうのは、単に植生保護観点的な理由だわ。少なくともメイダルでは、悪夢ナイトメア型と森林地帯は、直接的には関係ないわよ」


 昔、メイダルを悪夢ナイトメア型で荒らしまわった魔術師という奴だって、別に森林地帯を根城にしてなんかいなかったわ。


 ドニアリラータにそう断言され、ラーファシュルズはややほっとする。


「多分、ここは隠れ家に都合が良かったのよ。サーウィナリーン島と違って全島が国の管理下にあるっていう訳ではなく、民間の保養施設や研究施設なんかもあるしね。出入りの制限がないの」


 更にそう付け加えられ、ラーファシュルズは納得した。

 メイダルを構成する二十以上の島々の中には、そこで確保できる資源保護などの理由から一般の立ち入りが禁止されているものがわずかだが存在する。

 全島を覆う魔力砂漠から無限に魔力水晶を生み出すサーウィナリーン島などはその一例で、国有企業によって全域が厳重に管理されていて、部外者の侵入する余地はない。

 少なくとも、かの島に今回の首謀者が根城を築くというのは不可能であろう。


 ならば、残るは魔導具工芸士の集まるアニスジャーラ島か、逆に人口密度の低いこのリーシャンレリカ島。


 しかし、アニスジャーラ島の魔導具工芸士たちは、自分たちが生み出した魔導具が社会に危害を与えてしまうのを恐れて、国の基準の上に、更に彼ら独自の基準を置いた。

 製造の禁止されているような危険な魔導具を、周囲に気付かれずに大量に生み出すなど、それこそ至難の業だ。


 すると。

 残るは必然的に、この島、リーシャンレリカのみ。


「ひょっとして、考えるまでもない自明のことだったのでしょうかね、ラーファシュルズ様」


 二丁拳銃を構えたまま、マーディンが溜息をついた。


「消去法で、残るのはここだけだったのでは」


「いや。敵がどんな相手か分からない以上、単純な推測は危険だった可能性がある。証拠という面もあるしな。こういうやり方で外堀を埋めなければ、罠にはめられたかも知れないぞ、マーディン」


 自分の魔導武器の柄に手をかけたラーファシュルズははっとし――


「!! 状況変化。敵性存在感知!!!」


 マリウーラが、柔らかい女性の声で、鋭い警告を発した。


「空間歪曲反応!! 転移ゲート開口、数七!!」


 ぶわんと。


 空間が歪む時の、音とも言えぬ音のようなものが聞こえ、色の付いた油のように、空間が波打った。


「気付かれたわ!!」


 舌打ちせんばかりにドニアリラータが叫んだ。


 彼女の視線の先で、歪んで「門」をなした空間が、ぞろぞろと人型の魔法生物を吐き出した――悪夢ナイトメア型であろう、その存在を。


 悪夢の圧力で、空間が更に歪んだ気がした。



 ◇ ◆ ◇


「いらっしゃい!!」


 ドニアリラータが、天を指す聖者のように、空を指さした。


 虹色の光の帳から、輝く巨大な蛇体が現れる。


「夢見る者の王、夢見の蛇ドリーミングサーペントよ、悪夢を退けよ!!」


 薄靄うすもやにけぶる上空で、虹色の龍蛇が身をうねらせた。

 柔らかい光が、一行に保護を与える。

 これで、悪夢の術は警戒しなくてもいいはずだ。


 ならばというのか、直接刃で傷つけて、その傷口から悪夢の毒を送り込もうというのか。

 一見、普通の従僕型魔法生物サーヴァントに見える数十体の悪夢ナイトメア型が、一気に直接的な攻撃手段に訴え出た。


 雨あられと、攻撃魔法の散弾が降り注ぐ。

 その間を縫うように、肉体から生えた魔導刃を構えた悪夢ナイトメア型が突っ込んでくる。


 異様な光景だと、ラーファシュルズは思う。

 故郷で言うなら、ごく普通の小間使いやシャベルくらいしか持ち上げたことのなさそうな下男が、最新鋭の軍隊と同じ行動をするようなもの。

 無論、例外的にそういう役割を担う従僕はいるが、それはそう多く見かけられるものではない。


 滞在それほどでもない彼でも、従僕型魔法生物を見かける時に感じる安らぎ――平穏な日常を象徴する彼らが、自らそれを裏切るように「見える」行動は、酷く背徳的で不快であり……


 悪夢型の前列が、魔導媒介液をまき散らしながら吹き飛んだ。

 横殴りの嵐のような攻撃魔法や弾丸、突進の勢いが衰えた。


 逆向きの雪嵐のような弾丸の雨を浴びせるのは、マーディンだ。

 横っ飛びで攻撃をかわした後、追われながらも反撃の銃弾をまき散らす。

 今度の彼の魔導武器の「設定」は、完全に攻撃力強化に振り切れているのだろう。

 一撃当たると、悪夢ナイトメア型の体の半ばが吹き飛んだ。


 地獄のようなその光景に、ひるまず呪文の詠唱を続けているのは、マリウーラだ。

 彼女の防御の魔法は、他の三人に浴びせられるべき攻撃を減殺する盾だった。

 一度ならず浴びせられる魔法や銃弾が、彼らの目の前のうっすら光る壁に阻まれて、肉体には届かない。


 しかし、刻一刻と、その防御の魔法は削られていく。

 物量に任せた怒涛の攻撃によって、魔法の盾は「掘削」という表現が適当と思えるほどの勢いで損なわれる。

 マリウーラは攻撃を捨て、防御魔法に全霊を注ぐ戦法に出た。

 主と仲間に攻撃を任せ、彼らと自分に襲い来る攻撃を、魔法の重ね掛けで食い止める。


「さて、君らは要りませんね!!」


 ひゅん、と、さりげなくレイピアを振るったように見えた。

 ニレッティア皇太子ラーファシュルズの、お決まりの気障な仕草――と、彼を知る者なら誰でも思い浮かべそうな……だが。


 無数の切っ先が、槍衾やりぶすまのように四方八方から悪夢ナイトメア型を貫いた。


 それは、無数に分裂した「あり得ること」。

 Aの敵を貫くか、Bの敵を貫くか。

 人は何をするにも何かを捨て、何かを選び取ることで「現実」を固定する。

 しかし、「あり得ること全て」を現実にしたら?


 それは「運命の重なり」だ。


 


 貫かれるのは、Aだけではない。

 それ以降、Zまでの敵全てだ。


 運命を読み取るから一歩進んで、運命に干渉する、それが魔導武器「照覧の目天体航路」の力。


 倒れて小山となった悪夢ナイトメア型の肉体を踏み台に、後続の悪夢ナイトメア型が悪鬼のように跳躍して――


 輝く金属の角を持った黄金の獣の群れが、奔流のように溢れ出た。

 ドニアリラータの究極召喚術「星門召喚術せいもんしょうかんじゅつ」。

 爪も牙も金属で、小型竜のプロポーションにも似たそいつらは、コバルトブルーの目を輝かせて長大な角を振り立てた。

 その数は百近くにもなるか。


 串刺しにされた悪夢ナイトメア型の一団が、消えた。

 すでに戦場からは、敵の痕跡すらも消えようとしていた。

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