2-3 輝ける三つの島

 天空に浮かぶ群島メイダルの、ほぼ北端に位置するアジェクルジット島から見ると、南西方向には、三つの島がある。


 一つに、魔導の触媒となる魔力水晶が採掘される魔法砂漠の島「サーウィナリーン島」。

 二つに、魔導具の工房が多く立ち並ぶ、工芸と星蛇族の町の連なる「アニスジャーラ島」。

 三つに、木材の供給源とされる、広大な森と山並みが連なる「リーシャンレリカ島」。


 この中のいずれかに、事件解決の手がかりがある。


 ――巫女姫ドニアリラータに下された、星宝神オルストゥーラの託宣は、そう告げていた。



 ◇ ◆ ◇


「失礼ながら」


 皇太子付き上級執事マーディンは、典雅なモザイクの道路を主と並んで歩きながら、そんなことを口にした。


「ドニアリラータ姫に下されたその託宣というものは……どの程度あてになるものなのですか? 『アジェクルジット島の南西を注目せよ』とだけ、というのは、ずいぶん大雑把でございますな?」


 メイダルに育った身でない者からすれば、無理もない疑問を、マーディンは口に登らせずにはいられない。

 視線を先にやれば、凝った細工の門の向こうに、円筒形や楕円筒形を基本形にして作られた無数の工房らしきものが立ち並ぶ街並み。

 それはさながら、小人になっておもちゃ箱に飛び込んだような。

 アニスジャーラ島で最も大きな街は、ざわめきと魔導エンジンの駆動音に満ちていた。

 作戦決行目前。

 ここまで来て、今更と言えば今更なのだが。


「あら、やっぱりそんなへろへろな魔力じゃあ、託宣の意味なんて分かんないのね? 地上の人って可哀想。どうやって日常生活送ってるの? 不便でしょうがなくない?」


 身も蓋もない無遠慮な返答を投げ返されて、マーディンは一瞬言葉を失う。

 いや、冷静に考えれば無礼なのは自分だ。

 畏れ多くも、天空の魔法王国メイダル、その王家以上の格式を誇る大司祭家の末の巫女姫に、疑いを投げかけるようなその言葉。

 この国の法律知識を網羅した訳ではないが、場合によっては刑事罰ものかも知れない。


 しかし、ドニアリラータの奔放さは、マーディンの持つ儚い常識を容易く破壊した。

 いわゆる「奔放な性格の貴族のご令嬢」というのは知っている。

 女帝アンネリーゼの開明的な統治の元で、女性が得ることのできる社会的・文化的自由というのは、大きく前進した。

 しかし、それであっても、やはり彼女らは「保護された権力の中でお許しのある分だけ好きにできる」という立場であることに違いない。

 ドニアリラータの、己の信じる女神以外に、何者であっても取るに足りない、と言わんばかりの傍若無人さの前では、故郷の多少お転婆な令嬢らに抱いた「跳ねっ返りの女」という感想を詫びねばなるまい、というものだ。


「マーディン、今更になって異議を唱えるのはなしだ――君らしくないな?」


 マーディンをたしなめたのは、彼の主であるラーファシュルズ。

 彼の表情は、置かれている状況に関わらず、実に穏やかだ。


「マリウーラ殿の、『おとり作戦』を受け入れたのは僕だ。実際、僕が囮としてアニスジャーラ島の大きな街をうろつく以上の上手い手なんて考えつかないだろう? 確かに、僕を狙っている者がいれば、何らかの動きがあるはずだ」


「しかし……」


 再度、マーディンの心は分裂する。

 もし、アンネリーゼ女帝ばかりかラーファシュルズ皇太子をも狙っているメイダル人が存在すれば――状況的に、それはほぼ間違いないのだが――無数のライブカメラを設置されたアニスジャーラ島の大きな街をうろつけば、間違いなくどこかで気付いて動揺するだろう。

 当然だ。

 表向きは、ラーファシュルズは、メイダル王宮に滞在しているというニセ情報を流しているのだから。


 確認するだけにせよ、ここぞとばかりに始末しようとするにせよ――「犯人側」が何も仕掛けて来ないのは考えられない。


 しかし、だからといって、卑しくもなどというのは。


「そんなに心配そうな顔をするな。君がさきほど大司祭様にいただいたその銃で、守ってくれるのだろう?」


 にっこりと、子供の頃と変わらぬ笑顔で、ラーファシュルズが微笑みかける。


 そうだ。

 彼を守るための、新しい魔導武器ならもらった。


 マーディンは、思わず腰に手をやる。

 触れるホルスターの収められている二丁拳銃は、「魔銃冥蛇之蠱惑まじゅうめいだのこわく」。

 射手の意思に従って、自在に弾丸の種類を変更できるという変幻の銃だ。

 強大な魔力エネルギー弾で散らばらせるのも、一切傷は付けない、しかし普通の方法では覚醒しない眠りに就かせるのも、自由自在。

 今のこの状況では、極めて都合の良い銃だ。

 恐らく、下手人を無傷で捕まえて、メイダルの官憲に突き出し、正式なルートで司法判断及び処罰が下された方がいい。

 その方が、ニレッティアの国益に、引いては主ラーファシュルズの利益にも叶うはずだ。

 えげつない表現だが、


 だが、それであっても、ラーファシュルズ本人が極めて危険だという事実には全く変わりがない訳で……


「メイダルのどこに行ってもそうですが、素晴らしい街ですね」


 ラーファシュルズが、呑気に街並みを見回しながら、そんなことを呟いた。

 話しかけられたドニアリラータは、ふふんと得意げに形の良い鼻を鳴らす。


「当然よ。ここは由緒ある魔導工芸の街。人工の美なら、ここに勝るところはないのよ」


 ラーファシュルズは気分を害した気配もなくうなずく。

 道行く住人たちは、霊宝族と蛇魅族の混血である、煌めく星蛇族せいだぞくが多い。

 宝石のような鱗の蛇の下半身、額にひときわ大きな宝珠、体の周囲に散らばる星屑のような輝き。

 創造系の魔法に長け、魔導具製造に最も適性が高いとされる種族である。

 メイダルの文明の一翼を担う存在であり、ニレッティアでもかなりの数の若い星蛇族の魔導具職人を移民として受け入れ始めている。


「街の特性の美しさ、発展した素晴らしさもですが、何といっても活気があって、それでいて柔らかさを失わぬ雰囲気がいい。長く続く賢明な統治の証です。これは我がニレッティアも見習わねば」


 そう言えば、とマーディンは思い出す。

 女帝アンネリーゼと主のラーファシュルズ始め側近がルゼロスに赴いた際に、かの英明な王オディラギアスに指摘された、ニレッティア繁栄の鍵。

 星暦時代、ニレッティアの領地の地域の多くが、メイダルの魔導具職人たちが入植し、魔導具及び魔法薬の製造で栄えていた。

 メイダルと交流を持つなら、再度同じことができるはず。


「レルシェ姉さんに聞いたけど、ニレッティア帝国自体は、よく統治されていたし、ルフィーニルって都も栄えていたって聞いたわ。個人的に嫌な目には遭ったけど、大局的な視点に立てば、あんたの故郷は成功してると思うって」


 その言葉を聞いて、ラーファシュルズは微笑んだ。


「レルシェント王妃陛下が……痛み入ります」


「これから、上手くやれば、あんたのとこの国だって、こんな感じになると思うわよ。頑張りなさいよ。人間族って適応力高いんだから、無理ってことはないわよ。魔導具の原料も、あんたとこで沢山採れるんだし」


「……あなたにそう仰っていただけると、何でもできるような気がいたします」


 マーディンは、いつもやり優しく温かく微笑むラーファシュルズの表情に、何かを感じ取った。

 同時に、思いがけぬように振り返って、まじまじとラーファシュルズを見、何だか照れ臭そうに目を逸らすドニアリラータの表情にも。


 ラーファシュルズが。

 再び口を開こうとした、その時だった。


「距離2・2セズ。害意性存在確認。時速28セズで低空を接近中」


 先頭を歩き、体内に搭載された魔導力機構によって哨戒を担当していたマリウーラが、低く警戒を発した。

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