2-2 ラーファシュルズの決意と作戦

「さ、行くわよあんたたち!!」


 ドニアリラータが、明るい陽射しと雑踏のざわめきの中で宣言した。


「この作戦なら絶対に上手くいくんだから!!」


 彼女に付き従う形の、ラーファシュルズ、マーディン、そして彼女付の従僕型魔法生物サーヴァントのマリウーラが、苦笑や溜息、従順な返事など、それぞれの反応を返した。



 ◇ ◆ ◇


「ドニアリラータ姫……?」


 急に突飛なことを口にしだしたドニアリラータに、ラーファシュルズは怪訝な目を向けた。


「やることがあるとは、どのような御用なのでしょう……? 今の件に関係があるような仰り方ですが……」


 何だろう、このはねっ返りの巫女姫と相対するとどきどきする。

 彼女は、誰にも気兼ねしない。

 自分の思った通りのことを、前に立ちはだかる者を蹴散らしながら完遂するような、そんな放埓な気配がある。


「あたしが、この一件を調査するわ。巫女姫の権限で」


 さらりと、当たり前のように、ドニアリラータは宣言した。

 唖然とする周囲を見回し、


「ニレッティア帝国での女帝陛下暗殺未遂には、間違いなくメイダルの者が関わっている。少なくとも今の時点で、地上で悪夢ナイトメア型なんか作れる訳がないもの。ということは、こっちにいる皇太子クンだって、危険には変わりないわ。多分狙われているでしょう」


 恐ろしいことをけろりとした調子で断言しながら、ドニアリラータはラーファシュルズを見詰めた。

 光に包まれそうな青い瞳に魅入られ、ラーファシュルズは目が離せない。


「仕掛けてこられる前に、こっちから仕掛けるのよ。大丈夫、私には、マリウーラがいるわ」


 すいと優雅な動作で、ドニアリラータの背後に控えていた従僕型魔法生物サーヴァントが進み出て一礼した。

 柔らかな薄青の肌に、真珠のような白い髪。

 耳が翼型になっているのが、魔法生物だと明白に主張する特徴だ。


 メイダル人は大抵の場合、生まれた時に、世話係となる従僕型魔法生物サーヴァントを与えられる。

 それは、主が赤子の時はこまごまとした世話を見る乳母の役割をこなし、少し成長すれば、周囲の危険から彼なり彼女なりを守ったり、メイドのように身の回りの雑用をこなしたりする。

 大抵は主と一生を共にし、常に主の側に侍る、忠実な従僕であるのだ。


 そして、このマリウーラは。


「何よ。そんな顔して。あんた、心配でもしてんの?」


 急にドニアリラータに顔を覗き込まれてけろけろ笑われ、ラーファシュルズははたと我に返った。


「このマリウーラは、最高級の従僕型魔法生物サーヴァントよ。戦闘機能も、危険察知機能もばっちり。捜査のお供なら、この子がいれば大丈夫だわ」


 自信たっぷりに言い切るドニアリラータに、ラーファシュルズが何と返そうかと呆気に取られているうちに、彼女の姉アニミアラジャートが慌てたように口を挟んだ。


「……おやめなさい、ドニア……。お父様とカーリアラーンに任せておきなさい……」


 余計なことかも知れなくてよ、もしあなたまで狙われたらどうするの?

 アニミアラジャートは、静かだが断固とした調子で反対を唱えた。


「あら、だって、こんな面白そうなこと、放っておく手はないわよ。どうせ、島の結界の方は姉さんの担当でしょ? なら、あたしだって、あたしにできることをするだけよ!! 巫女姫権限を使えば、問題ないわよね!!」


 ……恐らく、と、ラーファシュルズは考えた。

 このドニアリラータ姫が当然のように要求していることは、このメイダルの社会の基準で言っても、非常にわがままなことなのだろう。

 当然だ。

「面白そう」などといういい加減な理由で、巫女姫としての権限を振り回し、危険な事件捜査に嘴を突っ込む。

 故郷ニレッティアの基準に直せば、途方もない横紙破りだ。

 こんなことを許される女性は、恐らくニレッティアでは、母女帝くらいなものだろう。

 他の女性がこんなことをすれば、良識という名の石礫いしつぶてが四方八方から飛んできて、古い時代の罪人みたいに打ち殺される。


 だが。


 ラーファシュルズは、即座に口を開いていた。

 恐らく今までの人生の中で、赤子の時期を除けば最も自由な意思を込めて。


「ドニアリラータ姫。私も、その巫女姫権限の調査に、ご同行させていただけませんか? この、マーディンと共に。いいだろ、マーディン?」


 一同が、思わず言葉を失った。


「はあ? あんた、バカじゃないの? あんたを暗殺しようってやつを炙り出すのに、あんたがノコノコ出てきてどうすんのよ?」


 さも小馬鹿にしたように、ドニアリラータはラーファシュルズに見下す視線を送った。


「ラーファシュルズ様……ここはドニアリラータ姫の仰る通りです。危険過ぎます。私の武器では、このメイダルの暗殺者や魔法生物の襲撃には、太刀打ちできません」


 頭上から山が降ってきても怯えないと言われたマーディンが、流石に青ざめていた。


「大丈夫、魔導武器なら僕が持っているさ」


 ラーファシュルズは、脇に立てかけたレイピアの鞘を叩いた。


「……もし、この件の首謀者の何者かが、悪夢ナイトメア型魔法生物を量産できるような何らかの手段及びそれを担保する権力を持っているのなら……危険です。我がメイダルの者であってすら、危険なのです」


 大司祭ミスラトネルシェラは、深い溜息をついた。


「元より対抗手段のあるはずのメイダル人にすら、悪夢ナイトメア型は甚大な被害を及ぼしました。ラーファシュルズ様が巻き込まれては、生き残られたとしても、どれほどの心の傷を負われるか」


「我が国出身の」


 素早く、ラーファシュルズは異議を唱えた。

 普段の柔和さは後退し、鋼の芯が露わになる。


「六英雄のうち三人、マイリーヤ公、イティキラ公、そしてジーニック公。かの三名は、かつてフォーリューンの遺跡に放たれていた悪夢ナイトメア型の魔法生物の波状攻撃に耐えたと申します。そして打ち勝ったのです」


「ルゼロスに嫁いだ次女からも聞いております。しかし……」


 流石にうなずきかねる様子の大司祭に、ラーファシュルズは畳みかける。


「ジーニック公は、私と同じ人間族。弱々しいと言われる人間族であろうとも、やり方次第では決して霊宝族系の方々の技術に、対抗できぬ訳ではないはずです。どうか」


 更に、ニレッティアの皇太子は言葉を重ねた。

 お洒落、人気者。

 しかし、それだけの軟弱者。

 宮廷で陰口を叩かれた、フォークより重いものを持ったことがないなどと言われた若者は、ここにはいない。


「これは、私の人生の選択なのです。ご迷惑なのは百も承知です。しかし、私がここで震えて動かなかったら、私は今後、永久に負け犬だ。ニレッティア帝国は、いずれ負け犬を帝王に戴かねばならなくなる。そればかりは」


 最悪、私には兄弟姉妹がおります。

 帝王は彼らに任せることになっても、私は逃げ出したくないのです。


 恐ろしいほど真摯な訴えに、メイダルの宗教の最高峰は、ついに諦めの溜息をついた。


「……マーディン様もメイダル人や魔法生物相手に戦えるよう、魔導武器をご用意しましょう。神殿の倉庫に、予備の星霊石がございますので」


「それは……!!」


「ありがとうございます!!」


 ラーファシュルズは目を輝かせ、マーディンは覚悟を込めてうなずいた。


「……ねえ、でも、ドニア……?」


 アニミアラジャートがそっと尋ねる。


「……捜査すると言っても、どうやって捜査するつもりなの? あなたが自在の召喚術を心得ていて、探索系の召喚獣を呼べるとあっても、そう簡単にはいかないことがあるかも知れなくてよ……?」


 よく考えなさい、ラーファシュルズ様のお命もかかっているのよ? と、彼女は妹に質した。

 それに応じたのは。


「申し訳ございません。よろしいでしょうか?」


 優美な従僕型魔導生物サーヴァント、マリウーラが口を挟んだ。


「……私の人口知能で、この場合、最も効率が良いと弾き出された作戦を提案したく思います。ご許可願えるでしょうか?」


 大司祭家私邸の客間に集まった一同は、顔を見合わせたのだった。



 ◇ ◆ ◇


「さて、行くわよ!!」


 ドニアリラータは、ラーファシュルズを振り返って、にんまりと笑った。

 小悪魔というべきか、美しい悪魔というべきか。

 どちらのタグで記憶を登録しようかと、ラーファシュルズは真剣に迷う。


おとりさん。頑張ってよね?」

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