1-8 安らぎの日々

「ハナイチゴ、摘みにいこー!!」


「かくれんぼがいいよー!!」


「木登りがいいー!!」


 秀霊族の男の子二人と女の子一人、鏡精族の男の子、獣人族の男の子と女の子が、それぞれ養育係の従僕型魔法生物サーヴァントに伴われて、森に駆けていった。


「お前ら、気を付けるんだぞ!! 危ないことはするなよ!!」


 庭の長テーブルでくつろいでいたケイエスが、ふと振り返って叫んだ。


「だいじょうぶー」


「行ってくるね、おじさん!!」


 ケイエスとマルリミヤーナの息子と娘である秀霊族の子供三人と、彼らの従兄弟姉妹である他の三人は、そう返事して、緑の合間に消えていった。一礼して、彼らの従僕型魔法生物サーヴァントも後を追う。


「ふう。やっぱり招待してもらって良かったでやす。うちの子たちも生き生きしてるでやすよ。獣人族の血でやすかね」


 ジーニックが、いい匂いの香草茶を口に運びながら呟いた。

 彼の隣では、同じようにしている彼の妻イティキラ。

 濃い緑で囲われたその場所は、フォーリューンの森の一角。

 広大な森のあちこちに点在する、星暦時代の遺跡を再利用した別荘地の一つ。

 今やニレッティア帝国そのものを左右しかねないほどの豪商となったマイラー家の別荘の庭だ。


「ほんとほんと。招いてもらって良かったよ。明日には、村にも顔出しできそうだし」


 イティキラがふう、と茶の香りの息をこぼした。


「ここの緑の魔力は、流石に地面に根付いている大陸だからか、メイダルの別荘地よりずっと濃いわね。子供たちの健康にも良さそうだわ」


 穏やかに微笑むのは、マルリミヤーナだ。

 木漏れ日にきらきらと虹の輝きが映える。


「あの一件があってから、六年かあ。時の流れは早いよなあ。はあ、俺も年を取る訳だよ」


 ぐんと伸びをしながらこぼしたのは、優しい顔立ちのマイラー家現当主、ディルアドだ。

 鏡精族の息子の父となった彼は、ミルクティー色の髪の妖精族の妻と並んで座っている。

 彼女が、ジーニックたちの冒険で救われた、あのフォーリューン村の少女だったミニアだと、誰もが知っていることだった。


「ディルアドって老けなさそうだから大丈夫。あの薄毛の薬も飲んだじゃない!!」


 すっかり若奥様の小ぶりなポニーテールが板に付いたミニアが、夫の茶色の髪を引っ張った。


「薄毛薬……ンンッフ……」


思わず妙な声で笑ってしまう、ケイエスであった。


「んふ……みんな、あの薬飲む時は真剣だよなあ……売っといて何だけどさ……」


 フォーリューンの森から原材料を採取する薬品を取り扱っているディルアドが忍び笑いする。


「飲んだよなあ」


「飲んだよ……」


「飲んだでやす!! あっしは発祥の地、メイダルで、ちゃーーーんと、腰に手を当てて飲んだでやす!!」


 よく分からないことを力説するジーニックであった。


「ニレッティアで人間族の人と結婚した、霊宝族系の人がさあ」


 くい、と茶を飲んで、ディルアドが続けた。


「『嫁メンテ』『旦那メンテ』って称して、人間族向けの薬買ってくれるもんで、まあ、俺は儲かるばっかなんだけどさ……」


「あら、どこもおんなじなのね。わたくしも、ケイエスのメンテが趣味だわ」


 くすくすと笑ったのはマルリミヤーナ。


「人間族って傷みやすいっていうけど、それだけにメンテのし甲斐があるものねえ」


「メンテとか言うな。俺は古い車じゃねえぞ……」


 どう見ても、「メンテしてもらって幸せです」という顔にしか見えない呆けた表情で、ケイエスが抗議のふりをする。


 と、不意にミニアがくすくす笑い出した。


「……王宮の人も人間族メンテ薬、買ってくれるよね」


「あー……女帝陛下と皇配陛下は分かる。皇太子殿下に、王妃様が買い込むのも、ま、ありがちなというか、でも」


 ディルアドが声をひそめた。


「あそこの、女帝陛下の護衛の人……いただろ、ほら、メイダルから派遣されてきた霊宝族で、ひときわイケメンの、上級メイドさんと結婚した人」


「あーーーー、ハイハイ、うちのレルシェちゃんの実家で、昔世話になってたって人でやすね?」


 女帝陛下と一緒に、時々テレビに映るでやすよね、とジーニックが記憶を辿る。


「や、あの人も嫁メンテとか言って、色々買ってくれるんだけどさ……」


 ディルアドが声をひそめる。


「なんだよ、何かまずいもんでも買ってるのか?」


 ケイエスが首を傾げた。


「あー、まあ、まずいっていうかその……」


 けほん、とディルアドが咳払いをした。


「……ええと、その、プライベートな顧客情報だから、ここだけの話な? あの人さ……」


「え……何でやすか、兄貴? 顔が赤いでやすよ?」


「……だってあの人、その、エッチな薬を結構買ってくんだぜ!? その……いわゆる、催淫剤ってやつ……」


「ブッフォ……」


 ジーニックがむせた。


「……マジか。あんなイケメンがエロいと、なんか洒落にならねえなあ……」


 思わず引いたケイエス。


「その薬をあの人が買い込むようになってから、なんかその、嫁さんを王宮で見ないっていうか……ずっと産休っぽい……」


「ええー……」


「あの催淫剤、妊娠しやすくなる効果もあるからな……マジで使ってる結果なんだろうな……わはは、まあ商人としては、その、儲けさせてもらってます……」


 白々しくディルアドが笑う。


「わーーー……ヤバイヤバイ……」


「そ、それはメンテじゃない、メンテじゃないわ……」


 平和になったと思ったら、何やってんだよ……

 本当にどいつもこいつも……

 まあ、本人たち納得してんならいいんだけどさ……


 とぼやくイティキラに、ジーニックが何事か囁いて、拳でぐりぐりされた。


 ケイエスもニヤニヤしながらマルリミヤーナを見、つねられた。


 お前ら……と思わずミニアと顔を見合わせたディルアドを見て、ケイエスとジーニックが吹き出し。

 笑い声を木々のあわいに響かせたのだった。



「世界は骰子と遊戯盤」番外編

 第一話「兄と弟と罪と虹」 【完】

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