1-7 和解

「兄貴!!」


 ジーニックが、客間に駆け込んできた。

 ルゼロス王国は新首都スフェイバ、王宮近辺の貴族街の一角、ひと際豪華な石造りの邸宅。

 そこが、「マイラーサヴィール公爵」、すなわち、ジーニックの現在の自宅だった。

 その古雅な雰囲気のある客間に通されているのが、ケイエスと、彼に付き添ってメイダルから降りてきたマルリミヤーナだ。彼女は、ジーニックが姿を見せると、椅子から立ち上がって、メイダル式に丁寧な礼を見せた。

 ジーニックに続いて、目を吊り上げたイティキラが入ってきたが、マルリミヤーナに一礼されると、誰だろう、という戸惑いの表情を見せた。


「兄貴、心配してたでやす。身辺に変わりはないでやすか?」


「ジーニック、俺は……」


 色々言うべきことがあった。

 しかし、ジーニックの声、優しいその一言を聞いた途端に、言葉の全ては涙となって、ケイエスの目から零れ落ちた。


「ジーニック……ジーニック、すまねえ、俺は……俺は……ッ」


「いいんでやす。全部、分かってるでやすよ、兄貴」


 ジーニックが駆け寄り、ケイエスの大きな体を抱きしめた。

 ケイエスの方が頭一つほど背が高く、体の厚みも比べ物にならないくらいなのに、ジーニックがケイエスを包み込んでいるように見える。


「兄貴は、常に押し寄せる長男としての重圧に疲れてしまってたんでやすね。そこを、あのミーカルに利用されてしまったんでやすよ。人間、疲れて正常な判断ができなくなると、思いがけないことをしてしまうもんでやす」


 あやすように背中を叩きながら、ジーニックはケイエスにそう告げた。


「そんなことは……言い訳にならねえ……俺は、お前に酷いことを……あのミーカルに殺されるところだったのかも知れないのに、それを承知で俺は……!!」


 嗚咽の合間に吐き出すと、ジーニックがきっぱり首を横に振った。


「兄貴、あっしは、あの神々の遊戯に使われて分かったことが幾つかあるでやす。あの頃は、時代が、世界そのものが歪んでいて、不幸な出来事が起こりやすい状態になっていたでやすよ」


 ケイエスには、一瞬意味が取れない言葉だった。


「神様たちの間もぎくしゃくしていて、その影響で世界自体がぎくしゃくしてたんでやす。変なことが起こるのも当たり前で、兄貴だって、その悪い影響を受けてしまってただけでやすよ」


「だが、俺は……俺の判断で、あんなことを……神様のせいになんか」


「あの冒険で分かったことのもう一つ。あっしら神聖六種族の者は、神様の遊びに使われるコマなんでやす。自分で思ってるよりずっと、深いところで神様連中の思惑に動かされてるでやすよ。あれは兄貴の選択であると同時に、多分ピリエミニエさんあたりの選択でもあるでやす」


 だから、と、ジーニックは続けた。

 一人で背負い込むことはないでやす。


「……あんたに会ったら、一発殴って、自分の前歯でも食わせてやろうって思ってたけどね」


 イティキラが、複雑な表情を浮かべて呟いた。


「でも、あたいの拳より、あんたにとっては自責の念の方が痛いんだろう? それに、あんたが苦しめば、ジーニックも苦しむ。ジーニックが、仲間のみんなに、どれだけ『兄貴は本来あんな人じゃない!!』って力説して回ったか、知らないよね」


 振り絞るような声が、ケイエスの喉から漏れた。

 マルリミヤーナが、イティキラに歩み寄った。


「本当に、うちの人がしたことをお詫び申し上げます。もう、この人はアル・サイエルダリーム家の人ですから、我が家でこの人のしたことの保障はさせていただきます」


「保障とか、そういうんじゃないよ。お姉さん、ケイエスさんと暮らすことにしたんだね。なら、この人が二度と道を踏み外さないように、しっかり支えてやって。それが、ジーニックのためにもなるからさ」


 なんで、みんなこんな自分に優しいのだ。

 声にもならぬ声を上げて号泣しながら、ケイエスは心の底からそう思った。


「兄貴。覚えてるでやすか? あっしが九歳で、兄貴が十三歳でしたっけ、近所の悪ガキに酷い目に遭わされたことがあるでやすよね。その時、兄貴が言ってくれたこと、あっしはまだ覚えてるでやす」


 あの時。

 一体、自分は何と言ったのだ?

 ジーニックにか?


「悪ガキどもに向けて『弟に手を出したら、地獄の果てまで追いつめてぶっ殺してやる!!』って。実際、巡視隊のお兄さんたちが止めに入るまで、兄貴はあっしを殴った悪ガキをボコボコにしてたんでやすよ」


 ケイエスは目を見開いた。

 涙ですぐふさがる破目になったが。


「あの時、あっしがどんなに嬉しかったか……今でもはっきり思い出せるでやす。あの時からずっと、兄貴はあっしのヒーローなんでやす」


 悲鳴のような声を上げて、ケイエスはジーニックを抱きしめた。


「ジーニック……大好きだ、愛してる、俺のジーニック……!!」


「あっしもでやす……兄貴はずっと、ずっと、大好きな、あっしのヒーローでやすよ……」


 兄弟の間に、穏やかに陽が射した。

 しっかりと抱き合う一組の兄弟は、さながら神が地上に置いた彫像のように見えた。

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