1-4 光の中の闇

「ああ……」


 ケイエスは、思わず息を呑んだ。


「なんて綺麗なんだ……!!」


 ぐんぐんと空に浮かぶ島に近付く飛空船から見たメイダル諸島の美しさは、ケイエスの現実感を破壊するほどのものだった。

 緑と白の宝玉のような島々からは、光の糸のように水流が流れ落ち、飛沫となって虹を造り出している。

 壮麗な建物の連なりの美しさは、貴石でできた細工物のようだ。


 飛空船の甲板に出て、ケイエスは空港に目を凝らした。

 まるで湖の側の風雅な文化施設みたいなその建物の中に、「彼女」がいるはずだった。



 ◇ ◆ ◇


「ケイエスさん」


 声をかけられ、ゆったりした足取りで空港内部に向かっていたケイエスは、見覚えのある華やかな姿に迎えられた。


「マルリミヤーナさん」


 ケイエスの顔に、自然と笑みが浮かぶ。

 もう、二度と自分は笑えないだろうと思っていたのが嘘のようだ。


 天空の清らかな光の満ちるメイダルで見ると、マルリミヤーナはますます美しい。

 本当に伝説にある、虹の女神みたいだ、と、ケイエスは思った。

 それでいて、妙にしっくり、この国の雰囲気に「馴染んでいる」。

 この国のひとなのだと、ケイエスは一瞬で納得した。


「うふふ、何だかこの国の空気の中で拝見するケイエスさんて、雰囲気が違いますわね。素敵ですわ」


 不意にそんな風に言われて、ケイエスは妙に照れ臭くなった。


「マルリミヤーナさんも、何だか地上でお会いした時とは違って見えますね。何と申しますか……俺みたいなのから見ると、女神様っぽいですよ」


 歯が浮くようなセリフが自然に出た。

 それは、欠片もお世辞ではない、心底からの想いだったから。


「あら、ありがとうございます。もったいないお言葉ですわ。そんなことを言われたらわたくし、調子に乗ってしまいそう。きっと本物の女神に叱られますわね」


 くすくすと笑うマルリミヤーナに、ケイエスは真顔で応じた。


「俺には女神様はお一方しか見えませんよ」


「……憎いお方。わたくしを舞い上がらせて、どうしようと仰るの?」


 そっと腕を掴まれ、その部分が燃えるように、ケイエスには感じた。



 ◇ ◆ ◇


 空港からは、個人用の飛空船で、首都ヌーリアリーンの高級住宅街に向かった。

 遠目に見たメイダルも美しかったが、市中を低空飛行で行くと、街並みの華麗さは驚くばかりだ。

 ニレッティアの首都ルフィーニルだって豊かで美しい都市だと、ケイエスは思っていたのだが、ヌーリアリーンは、もうレベルが違う美しさだ。本当に、ここに血肉を備えた人間が暮らしているのが信じられないほど。


「さあ、こちらが我が家です」


 ひと際豪勢な、豊かな緑の庭に囲まれた白亜の建物に、ケイエスとマルリミヤーナを乗せた船は着陸した。


 従僕型魔法生物サーヴァントに出迎えられ、客間に案内される。

 そこには、一見すればケイエスより年下に見えるくらいの、若々しい男女が待っていた。


「まあ、ケイエス様。おいでをお待ちしておりましたわ」


「さ、こちらへどうぞ。長時間の船旅で、お疲れになったでしょう」


 透明な石の中に、金色の光の粒の舞い踊る光漣石を額に戴くのが、マルリミヤーナの母で、アル・サイエルダリーム商会の現トップのアルナワーズ。

 そして彼女の隣の、青い波紋石に、青と白、金色の凝ったターバンを合わせる優雅な男性が、父のスサンファジュールと名乗った。商会の顧問だという。


 流石にというべきか、驚くというべきか、恐らくこのメイダルの文明水準では、明らかに野蛮人であろう地上の人間族であるケイエスは、下にも置かぬおもてなしを受けた。


 商談のため、ではない。

 純粋に彼の来訪を歓迎してくれているのを感じ取り、ケイエスは正直感動した。


 客間の豪華なテーブルで美味が供され、マルリミヤーナも、アルナワーズもスサンファジュールも、ケイエスが話したくなるような話題で盛り上げてくれた。

 特にケイエスが興味を持ったのは、今ニレッティア帝国のあるあの辺りは、星暦時代は霊宝族系の種族の工房や研究施設が立ち並び、暮らしやすい気候もあって、学問や芸術に従事する者たちで栄えたということだった。


「そちらで開発された技術が、このメイダルに逆輸入されて根付いたりもしているのですよ」


 と、スサンファジュールが説明した。


「現在、ニレッティア帝国でも、学問や芸術分野が盛んと聞き及びますが、それも故あること。魔法に依らない新たな技術の開発にニレッティアの方々が成功なさったのも、そういったことに適性のある方々が集まる地の魔力ゆえかも知れません」


「人間族の方々というのは、実に侮りがたい方々なのですわ。先祖たちは、寿命がどうのと失礼を申していたようですが」


 夫の後を、アルナワーズが受けた。


「人間族の方々と混血すると、どの種族からも、元の種族特性が強調された非常に優秀な種族が生まれますもの。人間族の方々と、メイダルは手を結ぶべきなのですわ。大帝国ニレッティアなら、なおさらですわね」


 ケイエスは、ちらとマルリミヤーナに視線を走らせてしまった。

 脳裏に走ったその考えに、何を早まったことを考えているのかと、理性が警告を発する。


 自分は。

 どういう形であれ、マルリミヤーナと生きていけるのだろうか?

「共に在る」ことは可能なのか?


 彼女がいると胸が暖かい。

 心の中の暗がりが追い払われる。


 ずっと、側にいられたら。


 だが……自分は。


「ケイエスさん? お口に合いませんか?」


 ふと、料理を運ぶ手が止まったケイエスを、マルリミヤーナが心配した。


「いえ……少し考え事を。商会の将来について……」


「まあ、お仕事熱心でいらっしゃるのね? でも、たまには忘れないと、いいアイディアも浮かばないのですわよ?」


くすくすと悪戯っぽく、マルリミヤーナが笑う。


 違う。

 俺は、仕事熱心なんかじゃないんだ。

 少なくとも、今の俺にとって仕事は逃げなんだ。

 このままじゃ、あなたまで卑怯な俺の「逃亡先」に……


 ケイエスは、その考えを振り払おうとした。

 彼の心にわだかまる闇も知らぬ気に、天空の魔法の国の空気は、どこまでも光に満ちて、穏やかだった。

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