1-2 マルリミヤーナ

 恋に落ちた。

 それはもう、唐突に。



 ◇ ◆ ◇


「お初にお目にかかります、マイラー商会の皆様。わたくし、メイダル王国はアル・サイエルダリーム商会の、マルリミヤーナ・スフェンゼイニ・アル・サイエルダリームと申します」


 優雅に一礼したその影は、まさに「夢見るような美しさ」だった。


 商談のために、メイダルからやって来た、かの国屈指の豪商家の跡取り娘という女性は、さながら光をまとっている天女のように見えた。

 子供の頃読んだ、神話や御伽噺の中の、六大神に命じられて、虹に乗って地上に降りてきた神使は、こんな風だっただろうか。

 幼い胸をいっぱいにした美しいイメージはまざまざと蘇り、しかもかつてより、ずっと真に迫っていた。

 目の前の女性は、絵の中の天女ではなく、暖かくいい匂いのする血肉を備えた、生身の女性なのだ。


 額に、流れる虹を封じ込めたように輝くのは、幻の宝石、虹来石こうらいせき

 確か色合いで数種類に分けられる――そして宝石の用に足りるほどの大きさの石を手にしようとしたら、一財産くらいはかかる――その宝石は、目くるめくような暖色系の色合いがゆらめくように現れる。

 輝きの強さは、魔力の大きさだというが、召喚術を――あくまで地上の基準で――中程度までかじったケイエスから見ても、巨大な渦と思えるような膨大な魔力を感じた。


 そしてそれを戴くマルリミヤーナ嬢の麗しさよ。

 匂やかな目鼻立ち、豊かな曲線の肢体をメイダル特産の光を放つような薄絹で包み、虹色の流れるような髪を、凝ったヘッドドレスで飾っている。


 その美しさ、甘い声、優雅な仕草に、ケイエスは「やられた」。

 今まで心を覆っていた暗雲が割れ、光が差したように感じられた。


 何だか、いつもの商談室が、宮殿の飾り立てた広間みたいに感じられる、そんな午後。


 ニレッティアの政策として、今までの人間由来の科学文明を、メイダルの霊宝族系由来の魔導科学文明へとシフトさせる、というものがある。


 ガソリンエンジンで、排気ガスを振りまきながら走っていた車を、魔導エンジン搭載の各種車両や飛空船へ。

 いちいち人力で火をつけて回っていたガス灯は、空間中の微量な魔力に反応して発光する魔力灯へ。

 電話は、電話線で繋げる必要はない……どころか、指向性魔導力による、一種のインターネットに統合される。


 すでにこうした動きは、海の向こうの隣国ルゼロスでは急速に実現しつつあり、泡を食ったニレッティアが必死でその後を追っているといった具合だ。


 その際に今までの職を失う旧技術の技術者や生産者、販売ルートを失うことにもなる商人たちのために、なるべくダメージの少ない状態に軟着陸させる方法を探している。

 マルリミヤーナは、そう言った。


「いきなり、我らメイダルの技術を皆様方に押し付けても上手くいかないかも知れません。わたくしどもが願っているのは、栄えあるニレッティア帝国の皆様との、息の長い取引なのです」


 マルリミヤーナは、浮遊式二輪車両の販売、及び、魔導技術者をニレッティアに送り込むことにより、地上と科学技術を流用した新しい魔導車両の可能性についての話をしていた。その合間に、そんな言葉が混じる。


「一時のまとまった利益だけに目を奪われ、継続的な経済的パートナーシップを構築できないのだとしたら、わたくしどもアル・サイエルダリーム商会も、そしてあなた様方マイラー商会の方々も、それぞれ属する国家もろとも、豊かな実りを失うでしょう」


 賢いひとだな、と、ケイエスは感心した。

 地上を焼き畑にしようというのではない、長期的継続的に安定した利益を生み出すために、どうしたらいいかを考えている。

 メイダルは女性が社会の中心にいるというから当然なのかも知れないが、少なくともケイエスには、商売の上でこんなに踏み込んだ話のできる女性という存在が斬新だった。

 ここしばらく忘れていた、実りある取引に臨む時のわくわくした気持ち、長期的な商売の計画を描く胸のすくような気分、それを思い出した。


 何より、マルリミヤーナの、暖かい配慮の籠った言葉は、ささくれていたケイエスの心を癒した。

 自分なんか、この世に必要ないクズなのではという思いから、まだまだやるべきことがあるという前向きな気持ちが思い出せたのだ。


 不思議だった。

 彼女と向き合っていると楽しい。

 自分の中にこんなものがあったのかというものがぽんぽんと浮かび上がってきて、ケイエスは家族が驚くような積極性で、それをマルリミヤーナに提示した。


 商談は、実りあのあるものだった。

 幾つもの契約書が交わされ、ニレッティアの新たな文明受容への青写真が描かれた。



 ◇ ◆ ◇


「ありがとうございます。正直、ここまで実りのあるお話ができるとは思いませんでした。マイラー商会様と、我がアル・サイエルダリーム商会が、パートナーとなれたことを、神と皆様に感謝いたさねば」


 帰り際、マルリミヤーナはケイエスとがっちり握手を交わしながら微笑んだ。


「礼を言うのは俺の方ですよ、マルリミヤーナさん。商会を代表して、いや、この国を代表して礼を申し上げます」


 本当は、もっと個人的な気持ちで礼をいいたいのだが。

 今はまだ、距離を詰めることができないのがもどかしい。


「今度是非、メイダルに遊びにいらして下さいね。歓迎させていただきます」


「ありがとうございます。是非ともお願いしたいですな」


 そんな風に別れてから。


 ケイエスは、マルリミヤーナが連絡用を兼ねたお土産として置いていった、魔導式通信機器を、そっと握りしめていたのだった。

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