第201話 ■千織の転生(タイ編 その4)

■千織の転生(タイ編 その4)


自分の心はバランスが悪いとミキは思う。

何しろ中学3年までは、正真正銘の男の子だったのだから。


陽子さんに、急にお風呂に一緒に入ろうと言われても心の片隅にある男の一部がびっくりしてしまう。

今の自分には、まだ女を演じているようなところがあるのだろうか?

それよりも、とにかく今はピンチだ。

いやチャンスじゃないか・・・

こころの中で男のミキが葛藤している。

「ミキさ~ん」

陽子がバスルームで呼んでいる。


「え~い。 しょうがない! もう一緒に入るっきゃないね!」

ミキは覚悟を決めた。

「は~い。 いま行きますぅー」

1日毎にパッキングされた着替えを旅行カバンから出してバスルームへ向かう。

バスルームの扉は大きく開いて、中から湯気がもう外に少し溢れ出てきている。

脱衣所で服を脱ごうとすると、中から陽子の声がした。

「ミキさん、ちょっと待って! なんだかおかしいの? ジェットバスのスイッチが壊れてるみたい!」

「えっ? どうしたんです?」

「お湯が出ないの?」

「マジですかぁ?」

「これはフロントに電話しなくちゃダメね。 シャワーは大丈夫みたいなんだけど・・」

『そうか、さっきの湯気はシャワーのだったのか』

結局、フロントに電話して調べてもらったけど、業者を呼ばなければ修理が出来ないらしい。

他の部屋に変えるか聞かれたけど、シングルの狭い部屋しか空いていないらしいのでシャワーが出れば問題ないと言う結論になり、そのまま1201号室を使うことにした。


「ミキさん、先にシャワー使ってね。 疲れてるでしょ?」

「あっ、ありがとうございます」

『ふ~ぅ。 でも折角覚悟を決めてたんで、ちょっぴり残念だったかも』

シャーーーッ

熱いシャワーを浴びると何だか今日の疲れも少しずつ取れていくような気がする。

『さぁ、明日はバンコク市内の観光を楽しむぞ!』

旅の連れが出来た事も結構良いことだったかも知れない。

ミキが、そう思い始めたところで、急に強い眠気に襲われた。

『あ゛ーー ダメだぁ・・ これから夕飯を食べに行くんだから・・・ でも陽子さんがお風呂から出てくるまで、ちょっとだけ寝ちゃおう・・かな・・』

zzz

zz


ミキは、また夢を見た。

そこには、誰かに後ろから優しく包まれるように抱かれ、とても安らいでいる自分がいる。

幼かった頃、母親の布団の中に潜り込んで、すっぽりと抱かれて寝たときの感覚に近い。

ふわ ふわ ふわ

『あぁ・・ 気持ちいい・・』

ベッドも布団もふんわりと柔らかいので、良い夢を見ているのかも知れない。

本格的に寝ないぞと言う意識があるからだろうか、うつらうつらとしているので瞬間的に夢から覚める。


んっ!!

『な、なんだ。 あたし、ほんとに誰かに抱かれてない?』

気が付いても決して嫌な感じではなく、むしろ夢の続きのようで心地よい。

室内は照明が落ちて、ベッドサイドのランプがほんの少しの明るさで点いている。

ミキはすっぽりと抱かれているので、後ろを振り向くことができないが、ほのかな香水の香りで陽子に抱かれていることが分かる。

『ああ、陽子さんもやっぱり疲れてたのかな・・』

背後から穏やかな寝息が伝わってくる。

『あっ!! あ、あたし・・鼾とか掻いてなかったかな?』

陽子が布団に入ってから、どのくらい時間が経っているのだろう。

ミキの視界からは、残念ながら備え付けの時計が見えないので、いま何時頃なのかがわからない。

女神の力を使えばいとも簡単なのだが、こっちの世界に居る時は、なるべく人間として生きていたい。

『そうだ、今はせかせかする必要がないんだから、陽子さんが起きるまでこのままでいよう』

そう思うとミキは、そっと目を瞑った。

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