第117話 ■千織、海に沈む その4

■千織、海に沈む その4


さて、レガシィGTは、海老名SAの本線流入車線を時速150km超えで更に加速して行く。

「ギャーー」

ミキは後部座席で、恐怖に顔を引きつらせている。

こんなに怖いこと(地縛霊、拉致、陽子の運転)が続くなんて・・

ああっ、また、ちびっちゃうかも・・・


「ミキさん。 このクルマ素敵です!」

陽子は、スピード狂なんだろうか? 目がキラキラ輝いている。

「陽子さん。 お願いですから、もう少しアクセルを緩めてください。 スピード出しすぎですって!」

「大丈夫ですよ。 総長の透のクルマなんか、ここで280kmのメーター振り切ってましたから!」

「えっ? 陽子さんって・・・もしかして・・族?」

「そんなんじゃありません。 透は、ただの同級生ですわ」

「で、でも陽子さん。 こんな物凄いスピード違反は、免停ですよ!」

「わかりました。 仕方ありませんね」

陽子の運転は、めちゃくちゃかと思いきや、本線に乗ってからは意外にスムーズであった。

ただ一点、制限速度以外を除いては・・・


「ね、ねえ、陽子さん。 ス、スピード早くネ?」

ミキは、陽子に今時の女子高生風に語尾をあげて、それとなく言ってみる。

「でも千織ちゃんが心配で、ついアクセルが床に張り付いちゃうんです」

「つい、床にですか・・・」

そう、レガシィGTのアクセルを床まで踏み込むと280馬力のターボエンジンが、

この車体をスピードメータのリミッターカットまでグイグイと加速させる。

前を走るクルマが、まるで止まっているかのようだ。

ミキは後部座席で、ただ念仏を唱えるしかなかった。

「ひゃ~ 南無阿弥陀仏。 鶴亀、鶴亀、鶴亀。 どうか事故が起きませんように。 千織を助ける前に、下手をすると、こっちが地縛霊になっちゃうよ~!」


冷や汗がミキの背中を2回ほど流れた後、レガシィは沼津ICを降りていた。

「陽子さん、ありがとう。 ここからは、わたしが運転して行くから」

ミキは一般道に下りて早速、運転の交代を申し出る。

「あらぁ、目的地までは、わたしが運転していきますよ。 まだ休んだ気がしないでしょう?」

「そ、そんな事ありませんよ。 おかげさまで、疲れなんか吹っ飛びました」

これじゃ休むどころか神経が磨り減ってしまう。

ミキは心の中でそう思ったが、まさか口に出しては言えない。 ところが、陽子がミキの心の声に反応する。


「あっ、ごめんなさい。 わたしったら。 かえってミキさんに怖い思いをさせてしまっていたんですね」

そう、陽子は人の心も読むことが出来たのだった。

「あぅ~。 すみません。 正直言うと怖かったです」

「実は、わたしもすっごく怖かったんです」

陽子は、そう言うとまた、ニカッと笑った。

プッ

アハハ

クルマは、国道136号線を土肥方面に向かっている。

夜明けは確実に近づいているが、まだ辺りは暗いままである。


「ミキさん。 千織ちゃんの霊気がだんだん強くなってきましたよ」

土肥町に入り海が見え始めたころ、しばらく助手席で霊波を追っていた陽子が、ぼそりと呟くように言う。

「それって、もう近くって事ですか?」

「いいえ、まだまだだと思います。 それに千織ちゃんのコノ感じだと、人間なら眠っているのに近い状態だと思います」

「・・・」

「つまり、何にも考え事はしていないって状態です」

「ああ。 それなら何となくわかります」

いつも、あまり深く考えない性格のミキには、この表現の方がピンとくるようだ。


「陽子さん。 わたしたちって、霊になっても眠るんですか?」

ミキは聞いたそばから、何も考えていない状態と眠るの意味がわからなくなっている。

「明確ではありませんが、昔から言われているように、霊は夜活動して昼間はじっとしている事が多いんです。

そういう意味では、眠っていると言う表現は正しくありませんね。 千織ちゃんも昼間に現れたりしているでしょう」

「確かにそうですね。 あの娘電気が点いているリビングにも出てきた事があるし・・・ それで今はあの娘って、じっとして何も考えてないんですか?」

「もし、千織ちゃんが海の底にいるのであれば、海底は真っ暗ですから、じっとしてるんじゃないかしら」

「えっ、千織はこの時間に海の底にいるんですか? だとしたら霊は暗い海の方がよく活動できるんじゃないですか」

「うふふ。 わたしって説明が下手ですね。 霊も本当の真っ暗闇だと動けないんですよ。 基本は人と同じですから。 ただ性質として暗いところを好むんだと思います。 でも、ほらっ。 霊感の強い人なんかは、昼間に横断歩道を落ち武者が歩いているのを目撃したとかって聞いたことありません?」

「あっ、それってテレビで見たことあります!」

「そうでしょ。 わたしも、昼間にいろいろな霊を見ることがあるんですよ」

「へぇ、そうなんですか。 でも真昼間に落ち武者なんか見えたら怖いなぁ・・」

「そうですね。 慣れないと怖いでしょうね。 千織ちゃんみたいに、かわいらしい姿をしている霊の方が少ないですから・・」

「ちょっと、陽子さん。 この話し怖くなるから、もう止めましょう」

ミキはもともと怖がりで、さらに困ったことに恐怖体験を重ねるうちに、極めてちびり易い体質になってきていた。

さて、そんな話しをしているうちに、クルマは松崎町に入る。 あたりも次第に明るくなってきた。

「さぁ、いよいよ目的地に着きますよ」

陽子が緊張した声でミキに告げた。


次回、「千織、海に沈む その5」へ続く

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