第115話 ■千織、海に沈む その2

■千織、海に沈む その2


千織は海底に横になったまま、どうしたらよいものかと考えていた。

なにしろ、千織ロボット本体から自分自身を分離することができない。

もう日はすっかり暮れて、千織が沈んでいる海底は真っ暗になっていた。


この状況は、さすがに心細かった。

なにしろ、いままで体(霊体も含めて)が動かなかったことは無かったのだから。

霊体とのインタフェイス装置は、あの天才科学者・大沢秀一博士が作成したものなので仕掛けの説明は難しいが、霊波を特殊な電磁場を使ってつかまえるため、分離するためにはしっかりスイッチ押してロボット本体と切り離す必要があった。

ところが、バッテリー残量の警告が出ている段階では、スイッチを押しても電磁スイッチの切換に必要な電力が不足し、霊体をつかんだままになってしまったのだった。

そんなことは、詳しい説明を聞いていない千織にわかるはずがなかった。

こうして千織は、生まれて初めて一晩を真っ暗闇の海底で過ごすことになったのだった。


さて、夜が明けてくるにつれて、海底にも徐々に明るさが戻ってくる。

千織は、相変わらず横になったまま身動きひとつ出来ない状態であった。

それでも目の前を小さな魚が泳いでいるのが見えるようになっただけでも救いだ。

普通の人間だったらこういう状況に置かれれば、常に死の恐怖がついてまわるが、千織は既に霊なのだからそういった心配は無い。

実のところ、あと1ヶ月もこのまま我慢していれば、千織の霊体をつかんでいるインタフェイス装置の予備バッテリーもEmptyになり、自由の身になれるはずなのだが、そのことを千織が知る由はない。


さて、そのころ陽子は必死に霊視を続けていたが、遠く西伊豆までの距離と水面下10mの壁に邪魔され状況も位置も特定できないでいた。

「あぁ、どうしよう。 このままでは、何もすることができないわ」

陽子は千織に起こっているであろう、何らかの異常事態について電話でミキに状況を伝えてきた。


「ミキさん。 はっきりはわからないのですが、千織ちゃんの身に何かが起っているようなんです」

「何か事件に巻き込まれたとかですか?」

「わたしには、何か助けを求めているような感じが伝わってきたんです」

「それで、千織はこの近くにいるの?」

「いいえ。 霊視できないので、かなり遠くに居るようなんです」

「だいたいどの辺とかは、わからないのですか?」

「ええ。 方角くらいならなんとか・・・」

「わかりました。 とにかく、仕事が終わり次第そちらに向かいます」


さて、ミキが陽子の家に着いたのは、夜の10時を少し過ぎていた。

陽子の家で、おおまかな確認をし、直ぐに千織を探すことにした。

「陽子さん。 クルマに乗っていても、千織のいる方角はわかりますか?」

「気配が弱いうちは、移動中のクルマの中からは無理ですね」

「わかりました。 それで、今はどちらの方角に進めばいいですか?」

「ちょとまってください。 う~ん。 こっちですね!」

陽子は、南西の方角をゆび指した。

「OK。 それじゃクルマに乗ってください」

ミキはシルバーメタリックの愛車レガシィに先に乗り込み、エンジンをかける。

キュルキュルキュル ブゥオン

ボッボッボ

あたりに水平対抗エンジン独特の心地良い音が響わたった。


次回、「千織、海に沈む その3」へ続く

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