第90話 ■千織の望み(前編)

■千織の望み(前編)


陽子はミキと鋭二にあったその日の晩から、大沢家に泊まり込む事になった。


「陽子さんのお部屋は、ここを使ってくださいね」

家に帰るとミキは、夜景が綺麗に見える客間に陽子を案内した。

「あの~」

陽子は客間を覗いただけで、何故だか中に入ろうとしない。


「な、なんでしょうか?」

「わたしは、ミキさん達と行動を一緒にすると申し上げましたが」

「はい?」

「だから、特別お部屋をご用意していただかなくても結構です」

「ん・・・っと?」

ミキは、何のことだかわからないので、ただ小首を傾げる。


「つまり、いつもご一緒という意味です」

「だ、だって、寝るときは?」

「もちろん一緒です」

「アタシたち夫婦は、ダブルベッドで寝てるんですけど・・・」

「それでは仕方ありません。 わたしはミキさんの隣端で寝かせていただきます」

「マジで?」

「マジでです」


「えっ? なんで? アタシたち夫婦ですよ? Hとか・・しますよ」

「Hですか? そんな暇はありません。 だって千織の霊が出てくるのでしょう?」

「あっ、そうか。 すっかり忘れてた」

「まずは、寝室以外に結界を張ります」

そう言うと陽子は御札を壁に等間隔に貼りながら、何やら呪文を唱えて回った。


結界を張り終えると、陽子はリビングに戻ってきた。

「お家が広いので、時間がかかってしまいました」

「お疲れでしょう。 いま、お茶にしますね」

ミキは、最近紅茶に凝っている。

今日は、ダージリンティーを煎れてみようと思っている。

いまの気分はストレートティーなのだ。


「ところで結界の効果なんですけど・・・」

ミキは気になっていることをストレートティーのように聞く。

「はい。 基本的には、よほどの強い霊で無い限り、この結界を破ることはできません」

「あのぉ・・・それじゃ、この家全部を結界の中に入れてしまえばよいような気が・・・」

「それはダメです!」

「ええっ? それはなんで? どうして?」

ミキは夜は鋭二と二人だけで寝たいのだ。


「それでは、千織があなたたちにとり憑いてもいいんですか?」

「と、とんでもない! あんな夢を見るのは、もうたくさんです」

「そうですよね。 だったら、まずわたしが千織に接触しなければなりません」

「あぁ、そう言うことですか」

「そう言うことですね」


ミキは、マスカットフレーバーと呼ばれる独特の香りがする紅茶を2つ、お気に入りのミントンのティーカップに入れてもってきた。

リビングの大きな窓には、いつものように綺麗な夜景が広がっている。

今日は、陽子という強い味方(霊媒師)が付いているという安心感で強烈な睡魔が襲ってくる。

もし、ストレートティーを飲んでいなければ、あっという間にソファーで眠っていたことだろう。


「もうすぐ鋭二さんも帰ってくると思います。 そうしたら直ぐにお夕食にしますから」

ふぁ~

大きなあくびをしながらミキは冷蔵庫に向かう。

夕食の仕度は、清水さんが昼間のうちに済ませておいてくれたので、あとは、暖め直せばよいのだ。

ほどなく、玄関のチャイムが鳴って、鋭二が帰ってきたことを告げる。

大沢家は、ビルの最上階にあり、屋上にはヘリポートも付いている。

当然、1階のオートロックを解除した段階で、チャイムが一回鳴り、来訪者を画像で確認することができるのだ。

ミキはモニタ画面をリビングのテレビに切り替えて映し鋭二の姿を確認する。

「あっ、帰ってきた。 それじゃ、夕食の準備を・・」

「ちょっと待ってください。 アレ見えますか?」

「アレって?」

「千織です」

「えっ? 千織? ええーーーっ! どこ?」

「画面の右上です。 大沢さんの右肩の上!」

「うそっ。 アタシには何にも見えません」

「それじゃ。 これでは、どうでしょう」

陽子は、何やらブツブツと呪文のようなものを口にした。

すると、画像の中に白い影が現れた。


「あ・・あぁっ! あれっ?」

「そうです。 地縛霊はああやって、移動することが多いのです」

「飛んでくるわけじゃないんですか?」

「霊体は、フワフワ漂っている感じなんです。 自分の意思で大きく動き回ることは、あまりありません。 特に千織は地縛霊ですし」

「でも、一昨日はココにいましたけど?」

「それは、今と同じようにお二人のどちらかに付いてきて、今日はミキさんにたかって、高辻先生の病院までやってきたんだと」

「えっ? アタシに・・・」

それを聞いただけで、ミキの体に鳥肌がざわざわと立った。


「そうです。 病院をでる時、ミキさんとわたしが一緒だったので、おそらく大沢さんの方に付いていたんでしょう」

「それは大変。 鋭二さんが危ないじゃないですか」

「う~ん。 それは大丈夫だと思います」

「えっ、なんでわかるんですか?」

「千織の霊体からは、怨念、邪念は感じられないからです」

「あんなに、おっかない事を言うのにですか?」

「千織は、そんな娘じゃないですよ」

そう言うと陽子はミキの目をじっと見つめた。


次回、千織の望み(中編)へ続く

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