第87話 ■千織 ふたたび

■千織 ふたたび


あの恐怖の一日から、我が家に無事帰宅したミキと鋭二だったが、当然、二人して同じ夢を見ていたのは、おかしいとの結論になった。

かと言って、実際に死んだわけでもなかったし、誰かに話しても信じてもらえるわけでも無い。

ただ、二人には、あれが決して夢ではなかったという証拠があった。

ミキの背中には、20cm間隔でうっすら赤く刃の後のようなスジがついていた。

特に首の後ろは、一目でわかるくらい濃い赤色の痕あとになっていた。

また、鋭二にも首に同じような痕が残っていた。

それに頭にも大きな、たんこぶがひとつ・・・


「これじゃ、背中の開いた服なんか絶対に着れないよぉ。 水着も駄目だし・・・ せっかくの夏だっていうのにさぁ~」

ハァ~

鏡に自分の背中を映し、ミキは大きなため息をついた。


「僕の方は、飛行機事故の一件から海とかプールとかは、あんましね。 だからって、Tシャツ着ても、この首の痕は目立つしなぁ・・・」

鋭二もそう言いながら、首筋を撫でた後、頭のコブもそっと撫でた。


「でも、やっぱり不思議だね。 付喪神だって言ってたけど・・・ 夢だったのか、現実に体験したものなのか・・・ よくよく思い出して見ると、結構かわいい娘ではあったよね」

「う~ん。 でもさ~、にやりって笑った顔は、ものすごく怖かったけどね」

「やめてよ。 もぉ~ 思い出しちゃったじゃない」

そう言ったミキの腕には、プツプツと鳥肌が立っている。


「あれからアタシ、一人じゃ怖くてトイレにも行けないし、一人だけで寝るのもダメ!」

「でもさ、ミキ。 ここは我が家なんだし、もう大丈夫だよ」

「うん。 わかってるけど・・・」

・・・

・・

二人の肌についた赤い痕あとは、その後3日ほどで、ほとんど目立たないくらいになった。

それぞれの仕事も忙しく、あのことは徐々に記憶からは、忘れ去られていった。

変化が現れたのは、それから更にひと月ほど経ったある日の夜中だった。


ミキは、また一人であの拷問部屋に居た。

でも、なぜかコレは夢なんだとハッキリと自覚していた。

ミキは夢の中で、また水車に縛り付けられていた。

ガタンッ

ギギィ~

ザブンッ

ゴボゴボッ

うっ

プハッーーー

ゲホゲホッ

ただし、今度は声は出せた。


「やめてぇーーー。 早く止めてぇーーー!!」

水車に縛り付けられた体が水槽から出る度に、ミキは絶叫していた。

ギギィ~

ザブンッ

ゴボゴボッ


う~ん

「苦しいよーーー。 鋭二さーーーん。 助けてぇーーー!」

実際のミキは、両手を大きく開き、ベッドのシーツの端を両手でぎゅっと強く握り締め、うわ言を大きな声で言っていた。


一方、鋭二も夢の中で、ギロチン台でもがいていた。

「くそっ、どうして外れないんだ!! 早くしないと、ミキが死んでしまう!」

鋭二は、枕の両端を両手で握り締め、ミキの隣で汗だくになって首を左右に振って、うなされている。

そんな二人の横に、ボーッと白い影が浮かびあがった。

そう、血檻だ。

うふふ

「二人には、もっと怖がってもらわないとねっ」

夢はひたすら続く。


ギギィ~

ザブンッ

ゴボゴボッ

う~ん

「痛い、痛いよ~。 血が止まらないよ~」


ゴォーーーー

ガッ

「あぁっーーー 首がぁーーーー!!!」

ガバッ

鋭二が先に目覚めた。


はぁ、はぁ、はぁ

息が荒い。

全身冷や汗で汗だくになっている。

ドキドキドキドキ

それに、ものすごい動悸だ。


ミキの方は、まだ隣で、うなされ続けている。

「うっ。 嫌ーーーーっ! 早く止めてぇーーー! 痛い。 痛いよーーーぅ」

「おい! ミキ。 ミキ! しっかりしろっ」

う~ん。

鋭二に揺り動かされて、ミキが夢から覚醒した。


最初は、ぼ~としていたが、鋭二の顔を見た途端、鋭二に抱きついて泣き始めた。

「うわ~ん。 鋭二さ~ん。 怖かったよーーー またね、あの水車に縛り付けられててね。 血だらけになって・・」

ヒッ、ヒック

ウ、ウッ


「うふふ お姉さんたち、怖かったでしょう」

泣きじゃくるミキの後ろから、突然血檻の声がした。

それまで、鋭二の腕の中で、しゃくり上げていたミキは、一瞬で凍りつく。


「お、おまえ!」

「そう。 ちおり・・・来ちゃった」

「なっ、なんで、あんたが、ココ(家)に来るのよーーー!」

「だって、わたし、お姉さんが気に入っちゃたんだもの」

「そ、そんなぁ」

「ここ、とってもいいお部屋ね。 それに家具も素敵。 あそこと違って、とても明るくて綺麗よ」

「おまえ、いったい、ココに何しに来たんだ!」

鋭二の声は、こころなしか震えている。


「うふふ。 それはね・・・ こっちのお姉さんが気に入ったからって言ったじゃない。 それだけよ」

「アタシ、あんたの事、気に入ってなんかないよ! どうでもいいから早く帰ってよ!」

「そんな事、言ってると、もっと怖い目にあわすわよ」

血檻は一瞬でミキの傍まで移動して、ミキの顔を覗き込みながら恐ろしい声で言った。


ヒィーーー

ミキは思わず鋭二にしがみつく。

「お、おいっ。 いい加減にしろっ! 僕たちが、君に何か迷惑をかけたことは無いだろう。 いったい何なんだよ。 何で僕たちに付き纏うんだ?」

「それは・・・」

血檻は、急に悲しそうな顔になり、ぽつり、ぽつりと理由を話し始めたのだった。


次回、「千織の正体」へ続く


※なんだか今年の夏は、怖い話しをしなくていいくらいに涼しいしっ!

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