第70話 ◆アメリカへ

◆アメリカへ


【ミク】は、マンションの玄関を出るとGPSを起動し、自分の位置と成田空港までの距離、そして移動ルートを計算した。

実は【ミク】は、ニューヨークにある大沢研究所で作られたのだ。

従って、秀一が【ミク】を飛行機に乗せて、日本に連れてきたため、【ミク】自身は既にパスポートを持っていた。

むろん【ミク】はロボットであったが、秀一はアメリカの大使館の知人にロボットである事を隠し、頼み込んで【ミク】を自分の養女としたのだ。

そんなわけで、【ミク】は飛行機の搭乗手続きや入出国手続きも経験している。


ロボットにとっては大問題の金属探知ゲートも、【ミク】の体の中に搭載している特殊装置から、ある種のかく乱電磁波を出すことで、アラームが鳴らないようにできるのだ。


【ミク】は迷わず、ただ富士見が丘の駅に早足で向かっていた。

早くしないと終電が出てしまうのだ。

「あっ!」

駅まで後半分というところで、【ミク】は小さな声を上げ立ち止まった。

【ミク】はGPSとナビゲーションが決定した駅までの最短ルートを歩いていたのだが、その道は工事中のため通行止めとなっていたのだ。

CPUは即座に迂回ルートを計算し直す。


「こっち?」

【ミク】は回れ右をすると、一目散に駆け出した。

「このスピードなら、36秒前に駅に着く」

ビュゥー


凄いスピードで走っているが、夜遅い時間であるため誰も歩いてはいない。

いや? 前からランニングしてくる者がいた。

ビュゥーン

二人はあっという間にすれ違う!


「ちょっ、ちょと君! 待ちなさい! お~い」

すれ違った途端、その男が【ミク】に声をかけた。

それは、あの藤沢恭平であった。

「つ、ついに見つけたぞ! これで次のオリンピックは金メダルだっ! お~い!! 君ぃーー! 待ってくれーーー!」

『ここで、止まると電車に間に合わない・・・』


【ミク】は一瞬振り返るが、藤沢を無視して駆け去って行く。

「ああっーー。 くそっ! また見失ったか。 でも、この辺りで2度見かけたという事は、彼女はこの近くに住んでいることは間違いないな。 チャンスはまだまだあるってことだ」

そう呟くと藤沢は、ふたたび日課の深夜のランニングコースを走り出した。


一方【ミク】は、予想時間より3秒遅れて駅に到着した。

途中、のら猫と接触しそうになったのだ。

その所為もあって、切符の自販機に千円札を焦って入れるため、上手く機械に認識されない。

ビィ~ン

ビィ~ン

ビィ~ン

千円札は何度入れても、無常にも戻ってきてしまう。


こんな時、人間なら感情的になるのだが、【ミク】のAIプログラムと感情制御サブルーチンは、冷静に次にすべき行動を決定していた。

『もう、ダメ。 間に合わない。 決行は明日に延期するしかない』


ゴォー

そう結論を出した時、ホームには○○行きの最終電車が滑り込んできた。

【ミク】は、今来たルートを反対に猛スピードで駆けて行く。

途中、ランニングをしている藤沢を追い抜いたが、その時も【ミク】の遥か後ろで藤沢が何か喚いているが小さく聞こえた。

・・・

・・


「おはよー 【ミク】ちゃん」

ひさびさの休日であった為、ミキが起きてきたのは既に昼を少し過ぎた時間だった。

「おはようございます。 ご主人様♪」

【ミク】は、昨晩の事など無かったように、明るく返事をする。


「もうお昼を過ぎましたが、お食事はどうされますか?」

「トーストとサラダとジュースかな」

「はい、すぐにご用意します」

「それじゃ、顔を洗ってくるから頼むね~。 そうだ、清水さんは?」

「ちょっと前にお買い物に行かれました」

「そう・・そうだったね」

ミキは、外に出かける仕事は極力、清水さんにするようお願いしたのを思い出した。


【ミク】は冷蔵庫からレタスとトマトを取り出し、シンクで洗い始めたが、この時【ミク】は、既に未来ミクの過去の記憶を100%読み出していた。

つまり【ミク】はもう【ミク】ではなく未来ミクになっていたのだ。


『これが終わったら、秀一に早く会いに行かなくちゃ』←未来ミク

【でも・・ミキさまのお世話をしなくてはいけない・・・】←【ミク】

『いいえ、昨日のような失敗はもう出来ない。 今日のJL007便に乗るには、もうそろそろしたくをして家を出なければ・・』

【でも・・エネルギーが残り72%しかないわ】

『それならケーブルを延長して、動きながら充電しましょう』


未来ミクは、充電ケーブルを延長し、自分の体に接続した。

ふるふるっ

ビクッ ビクッ

延長コードは7mの長さだ。 この半径7mの範囲なら動きながら充電ができる。


トースターにパンをセットし、冷蔵庫から冷えたオレンジジュースとドレッシングを取り出す。

ハムエッグをつくり終えると同時にトースターのパンが丁度良く焼けて跳ね上がった。

ジュースをコップに注ぎながら、それぞれのお皿を綺麗に並び揃える。

それを待っていたかのようにミキが洗面所から戻ってきた。


「ふ~う。 さっぱりしたぁ・・ やっぱりたっぷり眠ると気分がいいね」

「そうですか。 すみません。わたしには良くわからないです」

「あ゛ー。 ごめん。 そだね。 【ミク】ちゃんは、いつでもスッキリクッキリだもんネ。 わたしも、頭の中にイ○テルでも入れてもらおっかな」

「ミキさま・・それは危険です。 死んでしまいますよ」

「ごめん。 冗談、冗談。 ほんとに入れないから安心して」

「あの・・ミキさま。 お願いがあるんですけど」

「なに?」

「わたし、少しお暇をいただきたいんですけど」

「お暇って・・・?」

「これからちょっとアメリカに行ってこようと思うんです」

「あぁ、そうなの・・アメリカね・・・んっ? ア、アメリカーーー!!」


次回、「ゲートでピンポ~ン」へ続く

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