第83話 完成したプログラム

 ワイルドスワンに記憶装置を搭載する事が決定してから、アークは空獣狩りに行かず、毎日ワイルドスワンに乗って、可変翼の角度を少しずつ変えながら理想のフライトを模索する。

 そして、翼の角度に納得すると、フルートを後部座席に乗せて、飛行データを記憶装置に保存する作業を繰り返していた。


「まさか女よりも空獣が恋しくなるとはな……今ならアンタの気持ちが分かるぜ」

「それ、どういう意味だよ……」


 アークは毎日のテストに疲れたのか、夜になると酒場でロイドに愚痴をこぼしていた。

 ちなみに、アークの愚痴はロイド経由でフランシスカに伝わり、後で彼女にぶん殴られる羽目になる。




 一方、フルートはマイキーに記憶装置の使い方を教わって、ある程度理解すると、この記憶装置は飛行データだけではなく、数字や文字も記憶する事が出来るのかもと思い付いて、マイキーに相談してみた。

 すると、彼は話を聞くなり、「その発想はなかった!!」と大声で叫ぶやいなや、彼女をそっちのけで記憶装置の改造を始めた。

 その2日後。台座に丸い球が乗っているだけだった記憶装置が、改造されて箱型の機械に変わっていた。


「何これ?」

「記憶装置と無線機を合体させた。驚け、コイツは数字や文字を変数として記憶して、その変数を使って命令処理が出来てる。それに、キーボードでの入力と、画面表示も出来るんだ。凄いだろ!! あ、おまけで無線通信も出来るぞ」

「…………」


 性能について自慢気に話すマイキーとは逆に、フルートは新しくなった記憶装置を見て、「これって歴史的大発明じゃないのかしら?」と首を傾げていた。


 フルートはワイルドスワンに新しい記憶装置を搭載すると、記憶装置に今までの飛行データの登録を始めた。

 彼女は、ワイルドスワンの高度計や速度計を組み合わせて、条件式やループ処理を組み込んだ複雑な条件式を作り、一週間掛けてワイルドスワンの可変翼を自動で動かせるプログラムを完成させた。

 ちなみに、マイキーは改造した記憶装置を気に入ったのか、自分用の記憶装置を手に入れると、一日中ケタケタ笑いながら記憶装置と共に過ごして、全員から気持ち悪がられていた。




 記憶装置の搭載決定から10日後。

 アークとフルートは、前日に完成したプログラムの性能テストのために、ワイルドスワンに乗って空を飛んでいた。

 やっと実践的なテストが出来て嬉しそうなアークとは逆に、後部座席に座るフルートは、眉間にシワを寄せて記憶装置を弄り続けていた。


「おいおい、そんなに眉間にシワを寄せてどうした? 昨日、プロレスリングは完成したんだろ。今から中止は……まあ、あれだ。俺も我慢の限界に近いから、これ以上の焦らしプレイは正直シンドイんで勘弁してくれ」


 アークが声を掛けると、フルートは記憶装置から顔を上げて、疲れた様子で目頭を押さえた。


「……はぁ。プロレスリングじゃなくてプログラミング。今のギャグは少し無理がある」

「…………おう。そりゃ失礼」


 アークが謝ると、フルートがガラスに映るアークをジト目で見た。


「今の間は何? もしかしてプロレスとプログラムを素で勘違いしてた?」

「……まあな。だけど、男を女と勘違いしてベッドに誘うのに比べたら、まだ可愛い勘違いだと思うぞ」


 アークの冗談にフルートが顔を顰める。


「比較対処に品がないし、面白くもない。間違った恥ずかしさを隠しきれてない。そんな感じ?」

「その一目見た途端、「お前の事は何でも知ってるぞ」と言い出す、自称セラピストみたいなプロファイリングは止めて。それに、俺に上品を求められてもなぁ……それこそ勘違いも甚だしいぜ。まあ、そんな事よりも、このまま飛行テストをしても問題ないんだろ?」

「プログラム自体は完成してるから大丈夫。ただ、飛んでから気が付いたんだけど、私が作ったプログラムの他に、別のプログラムが記憶装置に入ってるのが気になって調べていただけ」


 フルートの説明にアークが首を傾げる。


「何だそりゃ?」

「多分と言うか、犯人はマイキー以外に居ないんだけど、自爆プログラムの可能性があるかもしれないから調べてた」

「ふぁっ!? 何だその殺し前提のドッキリ企画!!」


 予想外の返答に、アークが口をあんぐりと開ける。


「マイキーが以前にそんな事を言ってた。「合体」、「変形」、「自爆」はロマンだって……最初の2つは別として自爆って……あの人、自虐願望があるの?」

「そりゃ、金があるのにこんなクッソ寒いド田舎で一人暮らしをしていたんだぜ。馬鹿で無知な田舎者のクズじゃねえ限り、余程のマゾじゃないと耐えられないとは思うけど……本当にあのクソジジイ、自爆装置なんて作ったのか?」

「私も心配だったからずっとソースコードを追ってたんだけど、マイキーの作ったプログラムって、基本の部分は奇麗に書かれているのに、あっちこっちにコードが飛ぶから、調べるのが難しいの……」

「……それで?」

「結局何を作ったのか分からなかった。多分、常識の範囲から考えて自爆じゃないとは思う……」


 そう言ってフルートが溜息を吐く。


「あのジジイが常識の範囲に入るのかが問題だな。ちなみに、俺は入らないに1票だ」

「悔しいけど私も入らないに1票。もし、不安だったら引き返す?」

「多分、大丈夫だろ。それと、何で悔しいのかをチョット聞きたいな」

「何で大丈夫だと思うの?」


 フルートが首を傾げる。


「んーー全く根拠がないけど、もし自爆装置を積んでいたら、俺のケツが痒くなっていると思う。それがないって事は平気なような、そんな感じ? 自分でも何を言ってるか分からん。それと、もう一度聞くけど、何で悔しいの?」

「本当に根拠のない滅茶苦茶な考えだけど、何故かその勘が信用出来るから不思議。それと、悔しがる理由についてだけど、帰ったら鏡の前に立って自分を見ながら考えて。出来れば正解を出してくれると嬉しいけど、期待はしていない」

「別にナルシストじゃねえから、自分の下半身を鏡に映してウットリする性癖はないんだけどな。まあ、あれだ。悔しがってばかりいると心が腐るぜ。んじゃ、そろそろテストと行きますか」


 そう言うと、アークはワイルドスワンの速度を上げて、性能テストを開始した。




 ワイルドスワンが高速で空を駆ける。

 時速が750Km/hを超えると、ワイルドスワンのプロペラの回転が音速を超えて、機体がガタガタと揺れ始めた。

 すると、可変翼が自動で後方へ下がって空気抵抗を減らし、機体の振動が減少した。


 ワイルドスワンが高速を維持したまま左右に機体を振ってから、バレルロールで一回転すると、雲を突き抜け、さらに速度を上げた。

 すると、可変翼は翼の角度を調整して、彼の求めるフライトを実現させた。


「良い感じジャン!」

「高速飛行モード。敵が居ない事を前提に、高速飛行を可能にした設定。以前と比べて最高速度はそんなに上がってないけど、安定度は向上している筈」


 アークが褒めると、フルートは冷静にプログラムの仕様を説明する。


「最高速度が上がっても、クソが漏れそうじゃない限り全速で飛ばねえから、このぐらいで良いと思うぜ」

「クソな発言が漏れてる」

「こりゃ失礼。それじゃ次は問題の戦闘モードのテストに移るぞ」

「待って!」

「どうした。マイキーの作った自爆装置でも起動したか?」

「違う。救難信号をキャッチした。それと、今の冗談は洒落にならないから」

「あっそ。それにしても、こんなド田舎で救難信号? 都会暮らしのクソ女がスピリチュアルなノリで旅行へ行ったら、野生のドワーフにでも襲われたか?」

「今度の冗談はくど過ぎる」

「今のは良い感じだと思っていたんだけどな……ふむ。どうやら久しく空獣をぶっ殺してないからスランプらしい」


 2人は話をしながらも、救難信号の発信源を探す。

 そして、フルートがワイルドスワンの左前方の空で、複数の戦闘機に襲われている輸送機を発見した。


「アーク! あそこ。4機の空賊が輸送機を襲ってる」

「どこどこ? ……ああ、見えた……確かに襲われてるけど、何か変な感じがするな」

「変な感じ? もしかしてアークの勘が働いた?」


 アークの呟きに、フルートが首を傾げる。


「勘かなぁ……何となくだけど、俺がもし空賊だったら、凄腕が集まるコンティリーブの近くまで出張って、襲おうなんざ絶対に考えねえ」

「確かに言われてみると、そうだね」

「だろ? 今、襲っている奴等は余程の馬鹿か、世間知らずの馬鹿のどっちかだろうな」

「どっちも馬鹿なんだ……」

「だけど救難信号は受信しちまったんだよなぁ……」

「……うん。救難信号を受け取って何もしないと、それはそれで後から罰金を払わされるかも……」


 フルートの返答に、アークが肩を竦めた。


「仕方がねえな。テストの予定がいきなりの実践投入になるけど、チョイと馬鹿連中相手にじゃれ合うとするか」

「了解」


 フルートの了解を得たアークは、雲の中を隠れ飛んで、輸送機を襲う空賊へと向かった。




 アークはワイルドスワンを戦闘モードに変更すると、4機の内、輸送機を襲わず偵察行為をしていた戦闘機を狙い、一気に急降下を開始。

 相手が気付いた時には、フルートが放った弾丸が機体を貫通して、エンジンに火が付き、燃えながら地上へと落下していった。


「実践だから少し無茶をするぜ」


 ワイルドスワンは撃墜した戦闘機の横をすり抜けると、機体を捻って水平に戻し、そこから45度右斜め上に旋回。さらに、斜めに上方宙返りしてシャンテルを決めると、輸送機を襲っている敵機に機首を向ける。

 難易度の高いアークの要求に、可変翼は翼の角度を調整。操縦者と可変翼がシンクロした結果、ワイルドスワンは高速の空中戦闘機動を実現させていた。


「はっはーー。良い感じだ」

「高速戦闘モード。高速での戦闘を前提にした、旋回能力を強化した設定。低速での戦闘は不向きだけど、高速戦闘だったら世界最高の性能を誇る」


 喜ぶアークにフルートが機銃のグリップを握りながら仕様を説明するが、想像以上に機能している可変翼に彼女の顔も笑っていた。


「それじゃ次、行くぜ」


 輸送機を攻撃していた残り3機の空賊が二手に別れると、ワイルドスワンは数が少ない方へ機首を傾けて速度を上げた。




 空賊に襲われていた輸送機の中で、1人の男が戦闘中のワイルドスワンを見て笑っていた。


「……あれが白鳥か。最初から大物が釣れたな」

「だけど、写真と少し機体が違うみたいですが……それにあの翼は一体……」


 男が呟いていると、輸送機を操縦している男が話し掛けてきた。


「……ふむ。確かに違うな。だけど、大した問題ではなかろう」

「それでは、予定通りにテストを?」

「うむ。ベルゼブブを発進させる」


 男は操縦士に返答すると、内線で指令を出す。

 しばらくすると輸送機の後部が開いて、1機の戦闘機が空へと飛び立った。

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