第38話 巨獣ワイバーン03

 ルークヘブンまで戻ってフルートが着陸許可を申請すると、管制塔から離陸予定で一杯だから30分待てと返信が来た。


「アーク、どうする?」


 フルートの報告にアークが舌打ちして滑走路を見れば、1機の戦闘機が離陸しようとしていた。


「管制塔に返信だ。『下を潜って着陸する』!」

「……え?」


 アークの返答にフルートが聞き返す。


「いいから伝えろ!」

「わ、分かった!」


 フルートが無線で伝えると、管制塔から「無茶な事はやめろ!」と返ってくるが、それを無視して、アークは滑走路への着陸態勢に入った。


 前方では離陸しようとする戦闘機が見えるが、お構いなしに高度を下げる。

 離陸した戦闘機が慌てた様子で高度を上げるその下を、ワイルドスワンが潜り抜けて滑走路へ着陸した。

 すぐに戦闘機から無線で罵声が飛んできたのに対して、アークは「興奮してシコるなよ」と返信していた。




 そのまま滑走路を走ってウルド商会のドックへ移動すると、待ち構えていた整備士がフランシスカの指示でエネルギーと弾丸の補給を始める。


 その間にアークとフルートがワイルドスワンから降りると、ロジーナが救急箱を持ってきて、血まみれのアークの手当を始めた。

 そして、部下に指示を出し終えたフランシスカも2人の元へ来ると、戦況を聞いてきた。


「あまり良いとは言えねえな、痛っ! ロジーナ、自分のオッパイを弄るみたいにもっとデリケートに頼むぜ」

「馬鹿な事を言わずに動かないで! 結構深くまで切れてるのよ!!」


 アークが溜息を吐いてドックを見ると、ボロボロになったチャーリーのソードサンダーが格納されていた。

 フルートもソードサンダーに気付き、顔を青ざめる。


「……チャッピーは生きてるのか?」

「ソニックブームで戦闘機ごと吹っ飛ばされて、ベルトの圧迫で鎖骨と肋骨が折れただけよ。病院に運ばれたけど、命に別状はないわ」

「しぶとく生き残って何よりだ……俺は修理代まで払わないぞ。請求はギルドで良いのか?」

「はい、終わり。動かすとすぐ切れるから気を付けて。それと、請求はギルドが払うらしいわ」


 ロジーナは手当てを終えると、アークの元から離れた。


「とりあえず窓の修理と補給だけは済ませる。他はすまないが、時間がない」

「それで構わない」


 アークはフランシスカの報告に頷くと、立ち上がってドックの奥へと歩き出した。


「どこに行く?」

「便所だけど、一緒に来るか?」

「死ね!」


 アークの冗談に、フランシスカが汚物を見る様な目で睨んだ。




 アークはトイレの鍵を閉めると、便器に顔を近づけて口を開けると、指を喉に入れて、胃の中のウィスキーを全て吐き出した。


「うぇぇぇぇぇ!!」


 飛行中にウィスキーを飲むと超人化するアークだが、連続の使用はできなかった。

 ヴァナ村に居た頃に1度だけやったが、視界がぐにゃりとなって完全に酔っ払った状態になり、その時は機内で吐いて酔いを醒ます事で難を逃れた。


(これでもう1度だけできるな……だけど決定打がねえ……)


 疲労による溜息を吐いて、トイレから出る。

 ドックの隅でワイルドスワンの修理を眺めていたフルートを見つけると、彼女に近寄った。


「まだ飛べるか?」

「鍛えたからまだ平気」

「はっ! 訓練の結果が出たな」


 アークが軽く笑うとフルートが頷いた。


「最初に言われた時、何を考えているのか分からなかったけど、今思うと鍛えて正解だった」

「だろ。俺もガキの頃、親父にやらされたからな」

「傷は大丈夫?」

「血は止まってるぜ。それに、これぐらいなら死にはしない。だけど、このままだと俺達だけじゃなく、町の皆が死ぬ」

「……うん」


 アークと同じ事を考えていたフルートが頷いた。


「ワイルドスワンの偽装を解くぞ」

「……え?」


 その一言に、フルートが驚いてアークの顔を見た。


「それで戦況が変わるかは分からねえ。だけど、何もしないで死ぬのは自分が許せねえ。アヒルから白鳥に変身だ」

「分かった!」


 フルートが興奮した様子で頷く。彼女は危機的な状況でも、1度だけ見たあの美しい戦闘機に乗れる事に喜んでいた。

 そして、修理が終わったワイルドスワンに、アークとフルートは乗り込んだ。


「フラン!」


 移動前に、アークがフランシスカを大声で呼ぶ。


「何だ?」

「ワイルドスワンが飛ぶのをじっくりと見ていろよ。チャンスは1度だけだからな」

「……どういう意味だ?」

「それはお楽しみだ!」


 首を傾げるフランシスカに、ニヤリと笑ってから窓を閉める。

 そして、管制塔からの離陸許可が下りると、ワイルドスワンを発進させた。




 滑走路への移動中にアークがフルートに話し掛ける。


「滑走路から飛び出たら解除するぞ!」

「何でドックで剥がさなかったの?」


 フルートが不思議に思っていた事を尋ねると、アークが顔を顰めた。


「普通に剥がすと時間が掛かるのに、飛行中に解除させると一瞬でバラバラにする仕様にした、あのデブのクソ整備士に言ってくれ!」

「……天才なのか馬鹿なのか分からない」

「大馬鹿に決まってる!」


 アークが吐き捨てるように答えて、フルートは一度も会った事のないギーブに溜息を吐いた。


 ワイルドスワンがエンジンの出力を上げて滑走路を走り出す。

 そして、時速120km/hで空に浮かんだ。


(これでバラバラに分解したら、地獄でぶん殴るからな!!)


 アークが心の中でギーブに語りかける。

 飛行場から離れると、アークはガラスで封じられた赤いボタンを、ガラスごと叩き割って押した。




 フランシスカはアークに言われて、ワイルドスワンが離陸するのを眺めていた。

 何時もと同じように滑走路を走るワイルドスワンを見て、別段変わりないと首を傾げる。

 フランシスカがドックに戻ろうとしたその時、離陸したワイルドスワンが突然バラバラに分解しだした。


「なっ!!」


 フランシスカが驚いていると、太陽の光を浴びてワイルドスワンが白銀を輝かせる。

 その姿は白鳥の如く美しく、彼女の目から自然と涙が溢れ出た。

 それは彼女だけでなく、飛行場でワイルドスワンを見ていた全員が、空を飛ぶ白鳥を見て驚き感動していた。


 そのワイルドスワンは飛行場を1周すると、翼を広げて黒の森へと飛び去った。


「流線形の美しい白銀の機体が高速で空を駆け、稲妻のように空獣を狩り、踊るように空を舞う。その姿は白鳥、ワイルドスワン。アーク、フルート……この町を守ってくれ……」


 飛び去った白鳥を見送りながら、フランシスカは呟いていた。




 一方、ワイバーンとの戦いは次第に人類側が押されていた。

 ワイバーンに追従していた空獣は全て倒すか逃亡したが、そのワイバーンへの攻撃が出来ずにいた。

 攻撃しようと近づけば、全方向に向けてのソニックブームが襲い掛かり、離れていてもブレス攻撃によって、人類側の被害が少しずつ増えていた。

 そして、固い鱗に阻まれて、攻撃が通じないのも問題だった。


 この状態のまま日が暮れると、森から一斉に夜行性の空獣が現れ、夜目が効く空獣側が有利になって全滅は確実。

 その空獣の集団がスタンピードとなってルークヘブンを襲い、町は壊滅する。

 太陽が大地に落ちるまで残り1時間半。タイムリミットは迫っていた。


 ドーンの無線機には、味方からの弾切れ報告が次々と入ってきていた。

 補給に一時帰還する戦闘機が増えて、総火力も次第に減っていく。

 ドーンが最悪撤退してルークヘブンでの防衛戦も考えていると、突如無線機に弾切れの以外の報告が入って来た。


『コ・ウ・ゲ・キ・テ・イ・シ・セ・ヨ・ワ・イ・ル・ド・ス・ワ・ン・ガ・タ・オ・ス・(攻撃停止せよ。ワイルドスワンが倒す)』


 その無線内容に驚いた直後、1機の戦闘機が高速で背後からドーンの戦闘機を抜き去り、ワイバーンへ攻撃を開始した。


「なっ! あれは……ワイルドスワンか!?」


 1度だけ見た白銀の戦闘機が高速で旋回すると、ワイバーンに激しい弾丸を浴びせていた。

 その精密な攻撃と高機動に操縦を忘れて驚いていると、無線機から次々と問い合わせの連絡が入ってきた。

 だけど、彼は返信する事すら忘れて、巨獣ワイバーンとワイルドスワンの戦闘を目に焼き付けていた。




 ドーンが無線を受ける少し前……。


「凄い! 速い!」


 フルートが窓から見える白銀の機体に、さらに飛行速度に、驚き声を上げる。


「時速757km/hだ! ペラを交換したから安定しているぞ!!」


 アークも久しぶりに体感する速度に興奮していた。


「フルート! この速度でも的は絞れるか? Gには耐えられるか?」

「任せて!!」

「だったら、さらに速度を上げるぞ!!」

「うん!」


 ワイルドスワンはさらに速度を時速780km/hまで上げて、戦場へと羽ばたいた。

 そして、ワイバーンの姿が見えて戦況が分かると、アークがフルートへ話し掛ける。


「全員に送信だ。『全員攻撃停止せよ。ワイルドスワンが倒す』だ!」

「え? 私達だけで?」


 フルートが驚きながらも、無線機を叩いて送信を開始する。


「味方の流れ弾に当たるぐらいなら、攻撃を止めさせた方がマシだ! それに日が落ちるまで時間がない。この速度で出来るか知らないが、本気を出すぞ!!」


 アークが座席の下から水筒を取り出す。

 フルートはゴクンと唾を飲み込むと、目を瞑って深く息を吸った。


(アークが本気を出すなら、私も限界まで挑戦する!!)


 アークが水筒のウィスキーを飲み干すのと同時に、フルートがカッと目を開いて闘志を燃やした。


「行くぞ!!」

「うん!!」


   流線形の美しい白銀は高速で空を駆ける


 ワイルドスワンは時速800km/hの壁を越えて、味方機の集団を抜き去りワイバーンへと迫った。




 フルートはワイバーンが射程内に入るなり、照準を合わせずに直感だけで20mmガトリング砲を撃った。

 放たれた弾丸がワイバーンの口の中に入り、ワイバーンはブレスの代わりに叫び声を上げた。


 ワイルドスワンが反時計回りでワイバーンを中心に高速で大きく旋回する。

 フルートは後部座席を左へ回転させると、次々と弾丸をワイバーンの頭に打ち込んだ。


 背後のワイルドスワンを攻撃しようとワイバーンが尻尾を縮ませるが、高速で旋回するワイルドスワンは既に背後を通り過ぎ、正面に回り込んでいた。

 フルートが機銃を撃ち、弾丸が頭に命中したワイバーンが暴れ出す。


 今のフルートは集中力を高めた結果、極限まで達してゾーンの領域に入っていた。

 視界に入った全ての光景を一瞬で把握すると、超直感だけでガトリング砲のグリップを動かして撃ち、狙った場所へ命中させる。

 その精密な命中力と反射神経は、人間の常識範囲を超えて「怪物」と化していた。


   その攻撃は稲妻が如く


 ワイバーンは激しい攻撃の嵐に晒されていた。




 アークはフルートが攻撃できるように、バレルロールで機体をロール回転させながら旋回すると、ワイバーンを中心に弧を描くように宙返りと横への旋回を繰り返していた。

 背後からワイバーンの下に潜り込むと、機体を45度左へ傾かせて斜めに飛び再び宙返りのシャンデル、さらにスプリットSを決めてワイバーンを翻弄させていた。

 ワイルドスワンが高速で空を舞う。

 かつて無敗のエースと呼ばれたシャガンの血を引き継いだ「天才」は、才能を限界まで開花させていた。


   その飛行は空を舞う白鳥


 ワイバーンはワイルドスワンを捉えることが出来なかった。




 執拗な攻撃に耐えかねてワイバーンが体を震え出した。

 危険を察知したアークが全速力でワイバーンから離れる。


「来るよ!」


 後ろを振り向きフルートが叫ぶ。


「今度は逃げきってみせる!!」


 アークが言い返した直後、ワイバーンが全範囲のソニックブームを放った。

 背後から迫るソニックブームに追いつかれまいと、ワイルドスワンがエンジンを唸らせ、時速820km/hまで速度を上げて直進する。

 そして、ソニックブームの勢いが落ち始めたところで、右90度ロールさせて機体を横にすると、左に旋回してソニックブームを潜り抜けた。


 勢いの落ちたソニックブームに機体が揺れるが、ワイルドスワンは無傷で攻撃を躱した。


「今度はこっちの番だ!!」

「了解!」


 ワイルドスワンが再びワイバーンへと迫って反撃を開始した。


 戦闘に参加しているパイロット達は、ワイバーンとワイルドスワンのドックファイトを固唾を飲んで見守っていた。


 巨大な空獣と戦う1羽の白鳥。

 「天才」アーク「怪物」フルートが一つになった時、無限の空スカイ イズ ザ リミットを白銀の白鳥は自由に飛んだ。


 その姿にパイロット達は戦う事を忘れ、ワイルドスワンを応援していた。




 近づくワイルドスワンにワイバーンが口を開けてブレスを吐く。

 ワイルドスワンは横へ360度ロール回転で避けると、一気に突っ込んでワイバーンの頭の横を通り過ぎた。


 ワイバーンの背後に回ったその時、ゾーン状態のフルートの目に光が入った。

 それは、ワイバーンの広い背中の中央にあって、夕日で照らされて一瞬だけ反射で輝いた、直径10cmにも満たない小さな角だった。


 フルートが背中の角にガトリング砲を放つ。

 狙いは僅かにそれたが、その攻撃にワイバーンが一瞬だけ嫌がる様子を見せた。


「見つけた!!」

「何をだ?」

「ワイバーンの背中に小さな角があるの。多分それが弱点!」

「マジか!? っておっと!」


 アークが驚いている最中、ワイバーンが尻尾を振り回してきたから、とっさに躱す。


「だけど、翼と首の間にあるから横からじゃ無理」

「どうせ普通に攻撃しても効かねえんだ。上から狙うぞ!」

「了解!」


 ワイルドスワンが垂直に飛んで高度を上げる。

 下からブレスが飛んでくるが、アークは直感で躱しながら上昇を続けた。

 高度2000m……高度4000m……高度6000m……高度8000m……。


 ワイルドスワンは酸素が維持できなくなる「デス・ゾーン」まで上昇すると、速度を落として機首を地上に向ける。

 上空に舞い上がったワイルドスワンがワイバーンに向けて急降下攻撃の準備を完了させた。


「行くぞ! 一発勝負だ!!」

「うん!」


 米粒にしか見えないワイバーンに向け、夕日に反射して赤く輝くワイルドスワンが錐もみ状態で急降下する。その姿は地上に落ちる赤い流星に見えた。


 最大出力に落下の速度が加わって、時速900km/hを超えてスピードメータを振り切り、プロペラの回転が音速を超えて、衝撃波で機体に振動が走る。


「うおぉぉぉぉ!!」


 出来る限り振動を抑えようと、アークが操縦桿を強く握って叫ぶ。


 照準が定まらない中でも、フルートはワイバーンの背中の一点に集中していた。

 ワイバーンの姿が落下と共に大きくなって、ワイルドスワンに迫る。


(まだ……まだ……もう少し…………見えた!!)


 ワイバーンの背中の角が見えたのと同時に、フルートがガトリング砲の弾を放つ。

 その弾丸は真っすぐにワイバーンの背中へと伸びて、背中の角に直撃した。




 弾丸が命中して角は砕け散り、弾丸がワイバーンの体内へと侵入する。

 そして、角の下にあったワイバーンの心臓へと突き刺さった。


『ギャアァァァァァァァァ!!』


 ワイバーンが今までで一番大きい絶叫を上げる。その声は黒の森の隅々まで響き渡った。

 空中で体をくねらせて暴れ出すワイバーンだったが、次第に動かなくなり首を垂らして息絶えた。


「クソ野郎、生まれ育ったババアのケツに帰れ!!」

「や、やった!!」


 アークはワイルドスワンを水平にしてから右手を上げると、その手をフルートがパチンと叩いた。

 その間にも、ワイルドスワンの無線機から、祝福の通信が次々と入る。


『キョ・ダ・イ・ナ・ク・ソ・ハ・タ・オ・シ・タ・イッ・パ・イ・オ・ゴ・レ(巨大なクソは倒した。一杯奢れ)』


 アークが無線で冗談を送信をすると、直ぐに全員から返信が来た。


『モ・チ・ロ・ン・オ・ゴ・ル・ゼ(もちろん、奢るぜ)』


 それを見て、アークとフルートが一緒に笑った。


「愛してるぜ、クソ野郎ども!」

「私も愛してる!!」


 ワイルドスワンは翼を上下に揺らして全員に別れを伝えると、ルークヘブンに向けて飛び立った。

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