第36話 巨獣ワイバーン01
ウルド商会のドック前にテーブルが置かれて、マリーベルが昨晩から仕込んで作った料理がテーブルに並んでいた。
アークとフルートの追い出しパーティーには、今まで2人が知り合った人達が参加していた。
ウルド商会からはフランシスカとロジーナを始め、整備士の全員とオークジェネラルの購入で親しくなった買取部。
『ルークバル』からはマリーベルと、アルバイトの黒髪、金髪メイドの2人。
パイロットは、ドーン一家の3人とチャーリーに加えて、ビックとスモールのドワーフ兄弟、それとドーン一家の知り合いのパイロットも喜んで参加していた。
そして、ギルドからはミリーが強引に有給を勝ち取って、特別に参加している。
アークの知らない人だと、フルートが本を買う町の本屋の爺さんが来ていた。
フルートはその本屋の常連で、彼女は休日になると、その爺さんの話し相手になっていたらしい。
「2人が居なくなると寂しくなるにゃー」
ミリーががっくり項垂れて落ち込んでると、ドーンがその肩をポンっと叩く。
「ガハハ。俺もまさかこんなに早くダヴェリール行きを決めるとは、思わなかったぜ」
「ギヒヒ。これで今週のランキングが10位以下だったら、恥さらしだな」
「ギャハハ。ミリーちゃん、アーク達は10位以内に入れるのか、こっそり教えてくれよ」
ドーガの質問に、ミリーが笑顔でサムズアップをする。
「大丈夫にゃ。なんかクラスタチームが荒稼ぎしているけど、アークとフルートちゃんの順位は変わらないにゃ」
「ガハハ。最初から最後まで1位、2位を独占か。これは初じゃないのか?」
「それを言うにゃら、ペアでダヴェリールへ行くパイロットが初めてにゃ。ギルド長もビックリしてたにゃ!」
ミリーとドーン一家が見つめる先には、アークとフルートが多くの人に祝福されて、少し困り気味な笑顔で応えていた。
「皆、そろそろ始めるわよー!!」
マリーベルが最後の料理をテーブルに置いて、皆を呼ぶ。
その声に解放された2人が飲み物を持つと、全員がグラスを手に持った。
「で、誰が音頭を取るんだ?」
「お前に決まってるだろ、クソ野郎!!」
アークの問いかけに、チャーリーが大声で叫んだ。
「チャッピー。そろそろ金も溜まっただろ。ソードサンダーを売っぱらっても良いんだぜ?」
「すいませんでした!!」
アークが言い返すと、チャーリーにが大声で謝る。その会話に全員が爆笑した。
アークが横で笑っているフルートを見る。
最初に出会った時、フルートは泣いていた。
チームの仲間に騙された事、多額の借金、空を飛べない自分が悔しくて泣いていた。
だけど、マリーベルとアークに助けられ、ガンナーとして才能の花が開いた。
今のフルートは自分に自信を持ち、そして何よりも空を愛する気持ちを取り戻して、泣き顔から笑顔に変わっていた。
アークはマリーベルと顔を見合わせると、一緒にフルートに優しい笑みを向けていた。
「ルークヘブンの面汚し、今までありがとう! 此処は良い町だったけど、テメエ等みたいな特上のクソが居たからだ。お前等と出会えて最高だったぜ!」
アークが大声で話し始めると、皆が笑いながら「テメエが最大のクソだ、恥を知れ!!」などのヤジが飛んだ。
「それじゃ、今日は俺とフルートが仕留めて、この町1番の料理人のマリーが作った最高の料理と酒で大いに騒ごうぜ……乾杯!!」
『かんぱ……』
全員がグラスを持ち上げて乾杯しようとするタイミングで、突然管制塔からサイレンが鳴り響いた。
「何事?」
町から参加している参加者が首を傾げるのとは逆に、飛行場関係者の全員の目つきが豹変する。
彼等は今鳴り響いているサイレンが、ギルドからの緊急招集で、この町に危険が迫っていると知っていた。
「マリー! 悪い、パーティーは一時中止だ。フラン、発進準備を頼む!!」
「分かった」
アークはマリーベルに謝ると、フランシスカに指示を出す。
「フルート、行くぞ!」
「うん!!」
パイロットと、ギルド職員のミリーがギルドに向かって走り出す。
その彼等を、まだ状況を把握できていないマリー達が唖然と見送っていた。
アーク達がギルドに行くと、大勢のパイロットが集まっていて、ギルドの入口が溢れていた。
ミリーはその中へ突っ込み、「どいてにゃ。どくにゃ。どけ、クソ共!!」と人込みを掻き分けてギルドの中に入って行った。
「今週のランキング100位までだ! それ以上は入れん。ランキング100位までのパイロットは大会議室に行け。それ以外は外で待機だ!!」
ギルドの職員がギルド前で叫ぶが、集まったパイロット達は彼の声を無視して、職員に説明しろと詰め寄っていた。
「テメエ等、静かにしやがれ!!」
そんな様子に、ドーンが怒鳴り声を上げる。
ちなみに、彼の近くに居た人間は頭の中で声がガンガンに響き、その場で立ち眩みしていた。
「ゴブリンみてえにギャーギャー騒ぐな!! 今が緊急事態なのを理解していない馬鹿は、今すぐここから立ち去れ!!」
ドーン一家はルークヘブンでの顔役で面倒見が良く、彼に助けられたパイロットが大勢居た。
ドーンが大声で怒鳴りながら歩き出すと、彼の世話になったパイロット達が静かになって道を開けた。
ギルドの職員はドーンに礼を言うと、再び先程と同じ案内を大声で叫びだす。それでパイロット達も素直に従い始めた。
「チャッピー。お前は待ってろ」
「ああ、後で詳しく教えてくれ!」
アークとフルートもドーン一家の後を追って、ギルドの中に入る。
ギルドに向かうアーク達を、チャッピーとビックとスモールの兄弟が見送った。
アーク達が大会議室に入ると、既に50人近くのランカーが集合していた。
まだ来ていないパイロットは、町に出ているか森へ狩りに行っていると思われる。
アーク達が椅子に座って待っていると、部屋のドアが開いて数人の職員と老人が壇上に現れた。
その職員の中にミリーも含まれていたが、何時もの明るい表情を消して深刻な表情をしていた。
「待たせたな。知らん奴も居るだろうから自己紹介をする。儂がギルド長のライオッドじゃ」
ライオッドは自己紹介を済ませた後、部屋に居るパイロット達に向かって話し始めた。
「お前等を呼んだのは、黒の森に災害級の空獣が現れ……違うな。正確に言えば、馬鹿なパイロット連中が山に居たのを森に呼び寄せた!」
災害級と聞いて一部のパイロットが騒ぎだす。
アークの隣のフルートは、唇をかみしめてスカートをギュッと握っていた。
「静かにしろ!! 今から詳しく説明する……」
ライオッドの話によると、今日の午前に32機のパイロットが一斉に森の奥深くまで飛んで狩りを始めた。
その狩り方は、数に物を言わせる強引な方法で、数機の囮が森を飛び回って空獣を釣り上げると10数機で撃ち殺していた。
(森の奥で釣り上げだとオーガだろ。そんな数で撃ち殺したら皮がボロボロになって売値が下がらねえか?)
話を聞いてアークが首を傾げる。
そんな彼を余所に、ライオッドの話は続いていた。
調子に乗った彼等は、さらに森の奥へと獲物を求めて移動するが、移動中に突然上空から巨大な空獣が現れて、吐き出されたブレス攻撃により、数機がまとめて撃墜された。
逃げ惑う戦闘機へと次々と襲いかかる空獣に為す術も無く、彼等は戦わずに真っすぐルークヘブンに逃げ帰った。
「ヒデエクソ連中だな」
ライオッドの話が終わって静かになった部屋で、アークがポツリと呟く。
その一言に、数名のパイロットが噴出して笑いを堪えた。
「静かに! 今の意見には儂も賛成しよう。まさに災害を呼んだクソ共だ。だけど情報を持ってきただけでも、生き残った価値はある……」
ライオッドが話を止めて深刻な表情になる。そして……。
「生き残った彼等の話から推測して、森に現れたのは巨獣ワイバーンだ!!」
空獣の名前を告げると、全パイロットが驚いて、壇上のライオッドを凝視した。
巨獣ワイバーン。
まず空獣は全長50mを超えると、空獣から巨獣と認定される。
その巨獣の中でもワイバーンは凶暴な生物で、全長50m以上。体重は不明。
見た目はドラゴンの頭、2本脚で前脚の代わりに翼が生えていた。
移動は翼による飛行だが、その巨大な体で飛ぶため俊敏性はない。
遠距離の敵に対して口から衝撃波のブレスを吐き。近づく敵には矢じりにも似た尾を振り回して攻撃をしてくる。
そして、ワイバーンの皮は固く、普通の攻撃では歯が立たないと言われていた。
過去にワイバーンに襲われた町は、破壊尽くされて、生き残った人間は、山へ帰るワイバーンを見送るだけだった
「すでにアルフの空軍には応援を頼んだ。ついでに戦争をしているスヴァルトアルフとニブルにも依頼を出しといたが、アイツ等は来ないだろう。そして、空軍が来ると言っても、恐らく夜になる。そうなると1つ問題がある!」
「スタンピードか……」
ドーンが呟く。その一言が部屋中に響いた。
「そうだ! 夜になるとワイバーンに興奮した夜行性の空獣が暴れる。そうなるとワイバーンだけじゃない、森に居る全ての空獣がこの町を襲い始める!!」
ライオッドの話にパイロット達がパニックになり掛けたが、ドーンが「黙れ!!」と怒鳴って静かにさせた。
ドーンの怒鳴り声に耳がキーンとなったアークが耳をほじるついでにフルートを見る。
その彼女はスカートを握る手に力を込めて震えていた。
アークが彼女の肩をポンと叩くと、ビクンと体を震わせて驚き彼を見上る。
フルートがアークの顔を見れば、こんな状況にも関わらず何故か笑っていた。
この人は恐怖心を持ち合わせてないのだろうかと疑問に思いつつも、笑顔に安心感を得た彼女は、彼に向かって笑い返した。
再びライオッドが話し始める。
その内容は、ルークヘブンのパイロットだけで、ワイバーンの討伐隊を組むことだった。
「慣例に従うと、陣頭指揮を執るのはランキング1位のアークとフルートになるが、やってくれるか?」
「やらねえよ!」
指揮を取れと言われて、アークが即答で拒否をする。
「む、しかし慣例が……」
「まあ、爺さん、話を聞いてくれ。俺が指揮を執らない理由は3つある。1つ目は俺がまだここに来て半年しか経ってないから、全員の特徴や名前を知らねえ。2つ目は俺とフルートはペアを組んでるソロだから、リーダー経験が不足している。そして何よりも重要な3つ目だが、俺が下す最初の命令は、ワイバーンを招いたクソ野郎と、それを今まで放置してきたギルド長! テメエのズボンを下ろして「ケツを蹴っ飛ばせ!」だが、俺はテメエの汚ねえケツなんて見たくねえ。それが断る理由だ」
『わはははははっ!!』
アークの話を聞いた途端、ライオッド以外の全員が大爆笑に包まれた。
「
アークが立ち上がって全員を静かにさせる。
「俺はドーンをリーダーとして推薦させてもらう。ツラはヒデエが、一応このルークヘブンの顔役だ」
アークの冗談に全員が再び笑いだす。今度は壇上のライオッドも笑っていた。
「ヒデエ顔は余計だ!」
「実際に酷いだろ!」
ドーンの言い返しに、別のパイロットからヤジが飛び、笑い声があちこちで聞こえる。
ドーンは、アークの冗談で先ほどまで部屋を包んでいた悲壮感を全て払拭させている事に気付き、彼に向かってニヤリと笑った。
「静粛に! 泣き出しそうなヒデエツラが少しはマシになったな。ここから先は野生化したヒゲゴリラからの指示を仰げ!」
アークは言い終わると椅子に座って、今度はドーンが壇上に上がると全員に向かって話し掛けた。
「ランカー1位の人類史上最高のクソ野郎から指名されたドーンだ。俺が指揮を執るが、不満があるヤツは挙手をしろ!」
部屋の全員がニヤニヤと笑って異議なしと、挙手がないのを確認した後、ドーンが作戦を話し始める。
「敵はワイバーンらしいが、俺からしてみれば、ただデケエだけの空獣だ。俺のイチモツの方が遥かにデケエ!!」
『あははははっ』
「部隊を3つに分ける。20mm以上のガトリングを持って居る奴は、攻撃部隊で俺の指揮下に入れ! サブリーダはドーガだ。次に囮部隊で……ルセフ、お前がリーダーをやれ! サブはドーズだ」
「俺かよ!」
ランキング4位で犬の獣人のルセフが、「アチャー」と額に手を乗せて天井を仰いだ。
「囮部隊はスモークを持っていけ。スモークでワイバーンの視界を塞ぎ、誘導して町から遠ざけろ」
「了解!」
天井を仰いでいたルセフがドーンに顔を向けると、手を上げて了承する。
「最後にアークとフルート!」
「あいよ!」
「はい!」
「お前たちは遊撃だ。自由に暴れ回って、敵の弱点を見つけ出せ!」
「「了解!」」
「よし、無線の周波数は……今日は26日か……攻撃部隊が261、囮部隊が262、俺だけに伝えるときは、263でルセフだけには264。アークは265。全員に連絡する時は260だが、これはリーダーとアーク以外は送信するな。作戦開始は今から1時間後にする。それまでにギルドはパイロットの装備を確認して、チーム編成をしてくれ!」
「了解にゃ」
ミリーが了承して頷く。
最後にドーンが部屋に居る全パイロットの顔を確認した後、今までで一番の大声を張り上げた。
「よし! 全員、気合の入ったヒデエツラだ!! タイムリミットは日が暮れるまで、相手はそびえ立つ巨大なクソ! 相手がワイバーンだろうが、ケツを狙うゲイだろうが俺達空獣狩りの敵じゃねえ! この手でルークヘブンを守るぞ!!」
『了解!!』
全パイロットが席から立ち上がると、ギルド職員も含めた全員が、ドーンに向かって敬礼をした。
「解散!」
ドーンが答礼をして大声で叫ぶ。
それを合図に、全員が部屋から出て行った。
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