第18話 湿気た煙草
夕方になって、ドーン一家が『ルークバル』に来た。
「お、グラサン三兄弟! 遅かったな!!」
「本当にグラサンだ!」
「夜でもグラサンを外さないって本当か?」
昼から酒を飲み続けて酔っ払っているアークと双子のドワーフが、ドーン一家を見るなり騒いでいた。
その酔っ払っている3人に、ドーン一家が肩を竦めて笑い、空いている席に座る。
「ガハハ。もう出来上がってるじゃねえか。どんだけ飲んだんだ?」
「あはははっ。出来上がってる? 俺はまだまだいけるぜ、マリー。エールをもう一杯だ!」
「ギヒヒ、アークは本当に飲むからたちが悪い」
「ギャハハ、確かにその通りだ」
ドーン一家の3人はアークの様に笑いながら、マリーベルに酒を注文する。
「……はい……どうぞ」
酒を注文してすぐにメイド姿のフルートが恥ずかしそうな様子で、酒を持ってきた。
「おお! フルートちゃん。凄くかわいい格好じゃないか! ガハハハ!」
「ギャハハ。ドッグの整備士共に明日自慢してやる」
「ギヒヒ。あいつ等、きっと後悔するぞ」
「あはははっ。おさわりは有料だぞ!」
ドーン一家がフルートのメイド服を褒めると、彼女は顔を赤らめ、アークは訳の分からない事を叫んでいた。
「ギヒヒ、その自然と照れるのが男殺しだな」
「ギャハハ、確かにその通りだ」
「ガハハ、将来美人間違いなしだ。アーク、良いもの拾ったな」
「合法ロリ万歳!!」
やはりアークは既に出来上がっていた。
「はい、お待たせ、オークジェネラルのポークステーキよ」
『やっほーー!!』
マリーベルの料理に、男性全員が雄叫びを上げる。
フルートも美味しいものが食べられるから嬉しいのだが、彼等のノリに付いて行けるほどの恥じらいをまだ捨てていない。
「味付けは色々考えたけど、塩と胡椒だけ。だけど、今回、私のオリジナルでわさびレモンのタレを作ったわ。まず、そのまま食べて。その後にタレを付けて食べてみて」
『イエス、マム!』
男性全員が立ち上がって空軍式の敬礼をマリーベルにした後、一斉にオークジェネラルの肉にかぶりついた。
そんな彼等の後から、マリーベルとフルートも食べ始める。
オークジェネラルの肉は一口噛むと、肉とは思えない柔らかさで、口の中で肉が溶けた。
それに驚きつつゆっくり咀嚼すると、塩と胡椒が肉汁に溶け込んで、喉が早く飲み込んでくれと催促するほどの美味さが口の中で広がった。
そして、全員が同時にゴクンと肉を飲み込むと、体が幸せに包まれてプルプルと震えた。
「マジうめえ!!」
「ガハハ、久々に食ったが、前に食った時より柔らかいし美味いな」
「ギヒヒ、料理人の腕が良いんじゃねえのか?」
「頑張って叩きつけた甲斐があったわね」
ドーン一家の感想を聞く傍ら、マリーベルも自分で自分を褒めていた。
今度はタレを付けてオークジェネラルの肉を食べる。
今度は先ほどの美味さに加えて、わさびの辛みとレモン酸味が肉を爽やかにし、またしても全員が幸せに包まれた。
「兄貴、こんな美味い肉は初めて食べたぜ!」
「ああ、この店に入って本当に正解だったな!!」
ビックとスモールが幸運に酔いしれる横で、アークとドーン一家も肉の美味さに感動していた。
カウンターの中でもマリーベルとフルートが、肉の美味しさで天国へと昇る気持ちになっていた。
「あはははっ。こりゃ森の中に入った甲斐があったな」
「ガハハ。フランから聞いたが本当に入ったんだな。無茶をする坊主だぜ」
「おうおう、入った、入った。面白かったぜ。木の間をヒュンヒュン飛ぶんだ。そのスリルがまた最高だぜ」
アークが笑いながらその時の感想をドーンに話していた。
「ギャハハ。フルートちゃんも一緒だったんだろ、大丈夫だったのか?」
「……最初は怖かった……だけど、途中から分かった」
「ギヒヒ、何が分かったんだ?」
ドーズが首を傾げる。
「……アークは飛ぶのを楽しんでいた。だから大丈夫だって……私も信じたから怖くなくなった」
「あはははっ。最初、フルートは後部座席でキャーキャー悲鳴を上げてたんだ。もう、ウルセエのなんのって。それで途中から悲鳴がなくなって、こりゃ気絶したなと思って確認したら、どうだったと思う?」
「どうだったのかしら?」
マリーベルが尋ねると。アークがニヤリと笑った。
「目が笑ってたんだ。俺の後部座席に乗って、気絶した奴は大勢見たけど、笑っていた奴は初めてだ。俺もその時は驚いたぜ」
「ほう」
アーク話にドーンがフルートに視線を向ける。そのフルートは彼に褒められて顔を真っ赤にしていた。
見かけによらず度胸があるのだなとドーンが考えていると、突然アークが立ち上がった。
「俺が断言してやるよ。このエルフの美少女ちゃんは、まだまだひよっ子だが、鍛えれば凄腕のガンナーになるぞ!」
「じゃあ、その将来有名になるガンナーのフルートちゃんに乾杯!!」
『カンパーイ!!』
マリーベルがグラスを持ち上げると、全員がグラスを高々と掲げる。
フルートは嬉しくて泣きそうになるのを我慢して、皆と一緒に笑顔でグラスを掲げた。
宴は続いていたが、アークとドーンとドワーフ兄弟は、テーブル席へ移動して仕事の話を始めた。
「つまり、俺達に護衛を依頼したいと……」
酔っ払って呂律の回らないアークの代わりに、ビックとスモールがドーンに護衛の依頼内容を説明していた。
「俺達に相談なしで事が進んでるのは納得いかねえが、報酬はそんなに悪くない。それに、運送屋の護衛は周りの評価も上がる。第一、うちが借りているウルド商会からの依頼が含まれているとなれば、断りたくても断れねえな」
「って事は……」
スモールが身を乗り出して尋ねると、ドーンがドワーフ兄弟に頷いた。
「ガハハ、安心しろ。この仕事は受けてやる」
「おお、ありがたい。これで、アルフサンドリアまで行けるぞ!」
ドワーフの兄弟が喜ぶ横で、テーブルに顎を乗せて話を聞いていたアークが、視線をドーンに向ける。
「だけどさー。ランキングはいいのかーー?」
酔っ払ったアークの間延びした質問に、ドーンが肩を竦めた。
「まだランキング10位以内に入ってないから問題ねえよ。それに、俺たちはダヴェリール行きの推薦を貰っても辞退するつもりだ」
「そーーなのかーー?」
「ああ、俺達はこの森で安定した稼ぎを続けて、ある程度の年齢になったら引退か運送屋の護衛をする予定だ。ダヴェリールは危険過ぎる」
「そうかーー。一緒に飛びたかったけど、残ね……」
「すまねえな……って、コイツ寝やがった」
テーブルに頭を乗せて寝始めたアークを見て、ドーンは呆れて溜息を吐いた。
「ドワーフの俺たちに酒で付き合ったんだから、仕方がねえよ」
「そうだな。人間なのに、よくここまで付き合えたと感心するぜ」
その話にドーンが首を傾げる。
「一体どれだけ飲んだんだ?」
「エールを20杯以上。それにワインがボトルで8本。しかも1人でだ……」
「ドワーフの俺達でも、さすがにそこまでは飲まねえな」
その話に、ドーンが両肩を竦めて呆れていた。
アークが寝ても歓迎会は続き、深夜に解散した。
翌朝。
フルートはフランシスカと一緒に、ワイルドスワンの改造の手伝いをしていた。
フランシスカは昨日の内に後部座席だけ改造を済ませて、横のハンドルを回すと後部座席が回転する様になっていた。
「どうだ、重くないか?」
後部座席横のタラップに立っているフランシスカが、座席に座ってハンドルを回すフルートに尋ねると、彼女は少し考えてから自分の意見を言い始めた。
「……アークは撃つ時に止まらない」
「止まらない? そりゃ飛んでいるんだから、止まらないで撃つだろう」
フルートの意見にフランシスカが首を傾げる。
「違う……普通、敵を狙うときは操縦が鈍る……だけどアークは一瞬のチャンスも逃がさない」
「そうなのか?」
「……うん……高速ロール回転中も撃つ……背面状態でも、失速落下しながらでも撃つ……しかも確実に当てる……あれは異常……」
「聞きしに勝る変態だな!!」
新人離れしたアークの腕を聞いてフランシスカが驚く。
「……言い方悪いけど……合ってる」
「それでフルートはどうしたい?」
「……ハンドルで回すとアークの機動に間に合わない。……できれば、90度ずつで良いから転回を瞬時に動かしたい」
「なるほど……だったら、ペダルを踏むと90度ずつ動くようにしよう。そして、機銃だけは左右30度まで動かせるようにする。ただし、こいつはもの凄く酔うぞ。その覚悟はあるか?」
フランシスカの忠告に、フルートが唇をかみしめて頷く。
「……アークと一緒に飛ぶには……それしかない」
「分かった!」
フランシスカがフルートの頭を撫でてからタラップを降りる。
「ロジーナ! 全員を集めろ、今から大改造だ!!」
「今からですか? 間に合いませんよ!」
フランシスカの命令にロジーナが反論する。
「それを間に合わせるのが私達メカニックなんだよ!! ついでに一度、コイツの真の姿ってヤツを拝みたい。偽装されたボディーを全部剥がすぞ!」
大声で言い返されたロジーナは溜息を吐くと、全員を呼んでいた。
「……偽装?」
座席に座っていたフルートが首を傾げる。
「私もまだ全容を見ていない。私の父の話が真実なら、とんでもない物が拝めるぞ」
フルートはフランシスカの話を理解できなかったが、とりあえず頷いて座席から降りた。
一方、そのころアークは……。
「ん、んん? あー頭痛てぇーー。昨日は飲み過ぎたか……ん?」
アークが左手で頭を抱えながら、何気に右手を移動させると、ベッドとは思えない柔らかな物に触れた。
寝ぼけながら横を見れば、アークの横には全裸のマリーベルが寝ていて、アークの右手は彼女のオッパイを揉んでいた。
「…………」
状況が分からず上半身を起き上がらせて、ぼーっとマリーベルの全裸を見る。
ちなみに、右手はオッパイを掴んで離さずにいた。
下を向いて自分の体を見るとやはり全裸。
少しずつ脳細胞が現状を理解し始めると、瞬きをする事すら忘れてポカーンと口を開けたまま固まった。
「う、うーん……」
アークが呆然としていると、マリーベルが目をこすりながら起き上がり、腕を上げて伸びをする。
その腕を伸ばしたときに、彼女の大きな胸が揺れて露わになった。
「あら? おはよう」
「……おはよう?」
アークに気付いたマリーベルの挨拶に、疑問形で挨拶を返す。
「えーっと、マリー」
「何?」
アークが話し掛けると、全裸のマリーベルが首を傾げた。
「いくつか質問があるんだが、良いかな?」
「ええ、どうぞ」
そう言って、マリーベルが手を出して質問を促す。
「まず、ここはどこかな?」
「店の2階、私の寝室ね」
「オーケー。次の質問だ、なぜ2人共全裸なんだ?」
「汗を掻いたからよ。アークが全裸なのは、私が脱がしたからね」
「汗か……何か嫌な汗が出てきたぜ。最後に最大の謎で重要な質問だ。単刀直入に聞くが、ヤったのか?」
それを聞いてマリーベルがニッコリと笑った。
「私も久しぶりだったから5回逝ったわ。この回答で理解してくれたかしら?」
マリーベルの回答に、アークが頭を抱えた。
「ああ、十分なほど理解した」
「ちなみに、アークは3回だったわ。戦闘機乗りってタフなのね」
「ありがとよ……ところで、新たな疑問が発生したんだが、追加で1つ質問してもいいか?」
「どうぞ」
「俺、寝てたよな。どうやってヤったんだ?」
「あら、知らないの? 男の人って寝ていても立つのよ。だったら跨れば良いだけじゃない。そんなことよりもコーヒー入れるけど、飲む?」
「……濃いのを頼む」
アークの注文にマリーベルがシーツを掴むと、体に包んでキッチンへ向かった。
その姿を見ながら、アークは二日酔いの頭を押さえる。
(……寝ている間にヤられるとか、酷すぎねえか?)
「ねえ、昨日のあれって、本当の事でしょ」
マリーベルがキッチンでお湯を沸かしながら、アークに質問する。
アークが声のする方を振り向くが、彼女の姿は壁で見えず声だけが聞こえた。
「何の事だ?」
「あなたの初めての子よ」
マリーベルはアークが昨日語った、過去の話を嘘だと思っていなかったらしい。
「なんでそう思う?」
アークが尋ねると、壁の向こうでクスクスと笑う声が聞こえた。
「女の勘よ」
「……想像にまかせるよ」
アークは頭をボリボリ掻いた後、床に散らばった自分の服に着替えた。
「あら? もう着替えたの?」
裸にエプロンだけ着けたマリーベルが、コーヒーのマグカップを2つ持って姿を現した。
「そっちは裸にエプロンか。それで店に立てば一気に常連客が増えるな」
コーヒーを受け取った後、一口飲むと口の中に苦味が広がって二日酔いの脳を刺激した。
「過剰なサービスは迷惑な客も来るから、やめとくわ」
そう言って、マリーベルがベッドの端に座るアークの横に座った。
「なあ、煙草吸っていいか?」
「あら? アークって煙草を吸うの」
「人生に後悔して自分を追い詰めたい時だけ、吸う事にしている」
「あら? 私としたのが後悔なのかしら?」
それを聞いて、マリーベルがクスクス笑いながら首を傾げる。
「いや、せっかく美人とヤったのに寝ていて記憶がない。人生最大の後悔の1つで、一生のトラウマだ」
「だったら、もう1戦する?」
「俺は構わないが、店は良いのか?」
アークの質問に、マリーベルが人差し指を顎に添えて考える。
「……確かにそろそろ支度しないと間に合わないわね。昨日は私が一方的だったから、楽しみだったのに残念。店から灰皿を持ってくるわ。吸うなら窓を開けてね」
「ああ、分かった……」
マリーベルがベッドから立ち上がって、灰皿を取りに部屋から出て行った。
アークは胸ポケットからくしゃくしゃの煙草の箱を取り出して、1本引き抜く。
久々に口に咥えた煙草は、開封して長らく放置していたせいで湿気っていた。
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