第48話 告白は突然に(前編)

 花火の光が断続して強弱をつけている間、俺たちは時間が止まったように見つめ合っていた。

 何でそんなに狼狽うろたえた顔してるんだよ?

 こっちまで照れるだろうが。

 お前は可愛いって知ってるが、そんな顔するのは反則級だ!

 よりにもよって俺なんかの前で何やってんだよ?

 そんな態度取ってると男はホントのホントに勘違いするからな?

 そうやって胸中に過ぎる言葉は多々あるのに、それが何一つとして口から出てこない。

 誰か教えてくれ、俺はどうしたらいい? 何て言ったらいいんだ?

 大きな動揺の渦中で言葉を探し、老いた恒星が自重に潰されるのにも似た高圧力の精神状態の下、


「ゆめりお前――――俺の事好きなのか?」


 ハイ、ドーーーーン!!

 限界を超え、音楽家ハイドンも西郷どんもびっくりな超新星爆発をドーンと起こした。

 ええ、とびきりのレベルで自爆しましたとも。ええ、ええ……!


「なっなんてなっははははっ! 言ってみただけだって! たまの冗談もいいだろ?」


 ハハハと空笑いを繰り返し、奴から目を逸らし、俺は必死に茶化しにかかった。

 すると奴は半眼になって、次にはフンと鼻息も荒く胸を張るようにして腕組みした。


「何よそれ。ホントいい度胸じゃない。そんなにあたしに好かれるのが嫌なわけね?」

「それはお前の方だろ? 俺が自意識過剰にもデレッとしてお前に接したら困るだろーがよ」

「――別に困らないわ」

「だろ~……って、困らない?」


 何の話だっけ?

 ……ああ、俺が恋愛対象としてこいつを見ても云々って話か。

 困らないってお前そりゃそうだ、俺からこいつ彼女になってくんねえかな~えへえへへなエロ目で見られたら…………困らないいいいっ!?


「お、お前暑さでやられたのか!? そんなのなあっ、もうすんごいことになんぞ!? お年頃の俺の脳内をナめんなよ!?」


 素っ頓狂な声を上げると、奴は何か言いたげに口を開閉させたが結局何も言わず、ジト目になると俺の手から乱暴にお面を取り返した。


「返して。汗だくで化粧落ちしてみっともないから見ないでよ。こんな汗掻く予定じゃなかったから化粧ポーチ持って来てないのよ」

「何だ、お面してたのってそんな理由か」

「女子にとっては大事な理由よ」

「え、でもお前化粧必要ねえだろ。しなくてもそこらの女子より綺麗じゃん」

「――っ」


 何故だか奴は言葉に詰まって、いそいそとお面を再装着。

 ……再・装・着!!


「いやそれもういいだろ、取れよ? まあ虫よけにはなりそうだが」


 ひょっとこ様と向かい合うとたちまち緊張感も弛みまくる。


「これで虫よけできたら凄い商品よね。会社に投書してみようかしら。夏祭り時期の特需を狙って作ってみませんかって」


 奴は奴で、ひょっとこ面を装着すると途端に冷静になれるのか――何かのすんごいひょっとこなのかそれは!? えっ!?――明晰な頭脳で思考を発展させている。そのうちマジで社外公募とかに応募しそうだよ。

 ホントすっかりいつもの空気感。

 俺は会話を続けるので一杯一杯なんだがな。


「お前将来は研究者志望か?」

「違うわよ。夢は昔から変わってないわ」

「へえ、お前にも昔からの夢があったんだな」

「…………覚えてないの?」

「え? 何を?」


 ……と、


 ――あのね、ゆめりね、ゆめりねっ、将来の夢はねー……えへへっ。


 俺の記憶の底からだいぶ昔の、まだ天使ちゃんだった頃のゆめりが蘇った。

 天使ちゃんは俺にはにかみながら、確かこう言った。


 ――将来はね、ゆめりしょうくんのお嫁さんになる!!


 だがしかし、目の前に佇むは女装ひょっとこ。

 ピシリと、記憶の中のはにかみ笑顔にヒビが入った。

 俺は熱くなった目頭を押さえた。


「くうぅ……っ」


 そして一気に憔悴し切った目で奴を眺め、ほろりとした。


「何でこうなった?」

「は?」

「なあおい緑川ゆめり、どうしてお前はこうなった!?」


 思わずたこ焼きの袋を落とした俺が何かに取り憑かれたように肩を揺さぶると、俺の懊悩を理解したのか奴はひょっとこ面の奥で優しく同情的に微笑んだ……かは知らんが、無情にも俺の爪先を踏ん付けた。


「づああああッ!」


 ハイ本日二回目!

 ハロー現実!

 将来の夢があの頃のままだったなら、まさか奴は今でも俺の嫁希望なのか?


「全くもう何やってんのよ。後で食べるんでしょこれ?」


 ゆめりは俺の手を退け屈むと落とした袋を拾ってくれた。

 良かった落ち方が神だったのかたこ焼きパックから中身がはみ出してなくて。


「あ、悪い……」


 より一層ぐちゃぐちゃになったパック内は、まるで俺の思考そのものみたいにカオス……一体どんな味になってるのかしらん。

 いっその事、さっさと全部まとめて平らげて腹の中に入れとけば、これ以上酷くならないうちにすっきりするか?


「その色々素敵な味になってそうなイチゴチョコバナナ、あたしの分なんでしょ。あんたが更に駄目にしないうちにもらっとくわ」


 奴は俺が断らないのをいい事にピンクのチョコバナナをパックから慎重に取り出した。

 持ち手部分は汚れないようにパックの外に出してたから手が汚れる心配はないが、最初はピンクの可愛い色をしていたイチゴチョコバナナは、ソースの茶色に塗れてとても悲惨な物体に成り果てている。

 ハッいや待て、ある意味斬新なマーブルと考えれば……。

 何か励ましのお言葉をと思って見れば、お面を側頭部にずらした奴はもうもぐもぐしている。


「無理に食わなくていいって。それ不味いだろ?」

「意外と平気よ。元のバナナの味が強いもの」


 奴は不味そうな顔一つせずに食べているが、俺は懐疑的な眼差しを送った。


「疑うなら食べてみればいいじゃない」


 それもそうだな。俺はしばしチョコバナナを見下ろしてから渋々口に入れてみた。


「――お? 見た目に惑わされたが思ったよりもマシだ」

「でしょう?」


 バナナの主張が強く、たこ焼きもソースが甘めにシフトしただけだったので、こっちも案外普通に食えた。

 その間に花火が最後の大輪を一咲かせし、こうして夏祭りのメインイベントは終了した。止まっていた人の波が再び動き出す。


「空いたみたいだし、ベンチに座らない?」

「ああ。少し休んで人引いてから帰るか」


 俺が同意すると奴は少し疲れていたのかホッとしたような息をついた。

 まだちょっと先客の温もりが残るベンチに腰かけ、とっくに食べ終えた俺が胃を休めていると、


「ごちそうさま」


 奴がイチゴチョコバナナを完食した。

 それから程なく、係の人が立っているゴミ捨て場でゴミを分別して、俺たちは帰路についた。


「――あのね、さっきの話だけど」


 最寄りの駅までの道すがら、河川敷を上がった所の舗装された広めの歩道で、ゆめりが世間話でも思い出したような口ぶりで切り出してきた。

 続きを。

 え、おい、それ不意打ち。俺まだ心の準備がっつか整理ができてな――


「ご想像の通り、あたしはあんたの事が好きよ。ずっと」

「――――」


 いくら俺でもどの好きかくらいはわかった。

 おいおい嘘だろ?

 災害は忘れた頃にやってくる。

 告白も忘れた頃に……って俺もさすがに忘れてはいなかったが、しばし言葉が出て来なかった。

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