第47話 ひょっとこ突き
花火終了には予定時間より若干早かったが、さっきのは派手だったししばらく待っても上がらなかったからやっぱり終了なんだろう。会場内アナウンスはスピーカーから遠くて音が曖昧になっていたせいでよく聞き取れなかったが、ぞろぞろと人の波が河川敷から出る方向に動き出しているのがその証拠だ。
そんな頃、ゆめりに襟元を掴まれ人が疎らな辺りまで強引に歩かされた俺は、奴から事情聴取をされていた。
今は別に美術館の時のように正座をさせられている……というわけじゃなく、奴の向かいに立たされているだけだが、腕組みしたゆめり仁王様に遥か高みから見下ろされている蟻んこの気分を味わっていた。
「――ふうん、絡まれてた藤宮さんを助けようとして押されたと」
「そうでございます」
思わず語尾に「奥様」と付けたくなる俺は、恐縮のあまり肩をもじもじさせた。
ただ、盗撮のことは一切言わない。
どうせ言ったって嫌な思いをさせるだけだろ。
「へーえふーんそーう」
奴は今度は腰に両手を当て俺を軽く睨んで、何故か相槌で不納得な意思を表した。
く……何故だ? 嘘をつくなら半分真実を織り交ぜるといいって何かで……って嘘ついてるんじゃないんだった。
「あんたはいつからあたしに隠し事ができる御身分になったわけ……?」
「滅相もございません! 私はただ、ただ……!」
俺は出過ぎた真似を非難され取り乱した家政婦のように慌てて抗弁したが、
「……あたしが全然何も知らないでいたと思った?」
ゆめりの声が予想外に低く……もあったがそれ以上にどこか投げやりに聞こえて、思わず口を閉じ見つめた。因みにもうこいつを男だと勘違いする愚かな俺はいない。
「いい度胸してるじゃない。怪我のいきさつで嘘をついたのは、おばさまたちに心配掛けないようにってのはわかるわ。だけど後であたしには本当の事を話すべきだったでしょ! あんたが何で無縁なヤンキーと関わったのかだって、事実の半分しか答えてないわ」
「そ、そんな事はっ」
「誤魔化すな」
ゆめりは心底悔しそうに俺の胸を指で何度も突いてくる。
「あたしを含めた盗撮画像のためだったんでしょ。目の前で大事な絵を何枚も破られたのも知ってるわ」
「な……何でお前が、そこまで知ってるんだよ?」
まるでその場で見ていたかのようじゃないか。
「藤宮さんから全部聞いたの」
藤宮あああああああああーーーーッ!!
この裏切り者おおおっ! 何こいつにゲロッてんだ!
それ以前に何だよゆめりのやつ、全部知っててカマかけたのかよ。
人が悪いな。
「言っとくけど、誰を謀ろうとあたしを謀ったあんたが悪いわよ」
くっ、何て不都合な以心伝心だ……! やっぱこいつエスパーなの!?
奴はいよいよ凄むように顔を近付ける。
ぎゃーっそれ意図せずとも効果抜群だかんな!? ひょっとこ近い! 近いからひょっとこ!! 視界狭いんだったらお面外せっ。
「正義感強いのはいいけど、何で変に隠したりしたのよ?」
「や、ちょッ、たんま! タイム! 今確認する……!!」
「確認?」
奴は怪訝な声を出して、一時休戦を承諾。
俺は早速と裏切り者にラインを送った。
――俺の怪我の件をゆめりに喋ったのか?
あいつは情報屋だから俺と違って入る連絡には敏感なはず。
案の定即レスがきた。
――ごめん! 新聞部の部室来てくれて差し入れまでもらっちゃってさ~。隠し切れなくて私と花ガッキーの秘密何もかにも洗いざらい話しちゃったわ~。
ちょっと待て、何もかにもって、文字通り何もかにもってことか?
俺の生涯初告られ同時に自主撤回された件も?
全く、お前らが政治家だったら贈賄収賄容疑で逮捕しちゃってるぞ☆
奴の前ではどんなに口の堅い人間だろうと、その口を開かざるを得ないようだ。
「そっか。全部知ってんならもうこの話はいいだろ。一件落着だ」
「そんなの自己満足じゃない」
自己満足……否定はしない。
「あたしや皆のために体張って痛い思いまでして、でも何事もなかったみたいにして、そういう自分に無頓着な所、ホント腹立つ……!」
「いや、腹立つって言われても……」
「あたしはいつでも些細な事でもあんたが気に掛かるのに……!」
「ははっ何だそれ。そんなに俺に興味あるのかよ?」
「そうよ!」
へ……?
何かを思う暇もなく、ひょっとこが視界いっぱいに広がった。
ベコッとプラスチックのお面が俺の顔面を直撃し、新技ひょっとこアタックが炸裂する。
「……っ……ってえ、何すんだよ! ひょっとこ様と接吻しちゃっただろ! ひょっとこと俺でカップリングしたいのかお前は!」
ん? いや違うな。ひょっとこの口は曲がった所にあるから幸いチュウはズレたか。しかし俺は痛む鼻っ柱を押さえて奴を軽く睨んだ。
「これはあれか、お前流の頭突きっつか顔面突きか」
片方がお面をしていれば可能な格闘技顔面突き!
お面をしていなかったら相手によっては大変なことになる限定技だ。
きっと腹立ち紛れにかましてきたに違いない。
「…………」
しかし勝ち誇っているかと思いきや、奴はお面の奥で沈黙していた。
「えーと、何だよ、黙んなよ。そうか、今のはよろけた弾みか。だよな」
でなけりゃ何だ。
「えーとまあ、お前も痛かっただろ。大丈夫か?」
「――なわけないでしょっ! このにぶちん! あたしの想いをわかって欲しかったのよ。まあお面の存在は……忘れてたけどっ」
それはどういう意味だ?
混乱が加速する。
表情が曖昧になっていく俺の胸には、とある思いが去来していた。
――まさか、こいつって俺のこと幼馴染み以上に思ってんの?
試しに、かねてからの疑問をぶつけてみる。
「そういやさ、学校でいつも俺の飲みかけジュース持ってくじゃん、それって俺のストローまんま使ってんの?」
「…………は!? そ、そんなの当然でしょ。きちんと拭いて消毒してから使ってるわよ。み、脈絡もなく何よ?」
拭いて消毒。はは、岡田を思い出すなあ。凹む。
でも不自然な沈黙があった。
お面を付けてるから表情は見えない。だから俺は確証が掴めない。
やっぱ俺の勘違い?
無性に気になって、俺は何気ない仕種で奴からひょっとこを剥ぎ取った。
そうすべきじゃなかったと後悔するとも知らずに。
「あっ……!!」
その時、忘れたように花火が上がって、俺と奴を照らした。
花火はまだ終わってなかったらしい。何か不具合があって点火に手間取っていたんだろう。音も光も派手で本当にこれが最後の一幕だと思う。
周囲も立ち止まって空を見上げ、予想外のお土産でももらったような面持ちで楽しそうにしている。
俺は、花火には目もくれなかった。
「……んで、何でそんな顔してんだよ」
真っ赤な顔で、驚いたように目を大きく瞠っている。
その
見惚れた俺の無自覚な部分では、心臓が一際高く、一際強く、鼓動を記録した。
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