第9話
お城のメイドさんが呼びに来て、城内の小さな食堂でパーティーメンバーと朝食を摂った。
夕べの王様とのあれこれをドギーやリエンヌにからかわれながらごはんを終え、私達に開放された城内の施設で落ち合う約束をして、一端解散。借りているお部屋に戻ったら、部屋の扉と床の隙間に一枚の便せんが挟まっていた。
便せんには、【身の程をしりなさい】との言葉が。
……うわぁ。ってか、ええ~……?
警告と言うか牽制と言うか……気持ちは分からないでもないし、ある意味王道的展開ではあるんだけど、私側から王様に近づくなんて意志はないし、謁見と夕餐も終わって今後そうそう王様に会う機会もないだろうから、たぶんこのメッセージは出した人の空振りに終わると思う。
漫画とか創作上ならこういう展開は嫌いじゃないんだけどなぁ。
ほら、恋敵からの嫌がらせがエスカレートして行く中、耐え忍んでみたり、その内、嫌がらせがばれて相手が因果応報な報いを受けたりとかは、定番だから。
でも現実だとどうにも
だけどいくら
幸い天空城の王様以下神人達の協力は取り付けられているんだし、冒険者ギルドの資料室や先輩冒険者が持ってる情報以上の精度での情報もお城では得られると言うんだから、ここで得られる
◆ ◆ ◆ ◆
「とりあえず現状、オルランドのおっさんトコが第71階層で頑張ってくれてっし、71階層までは
資料室の大きなテーブルのぐるりに座り、ひとまず作戦会議を始める。
会議と言っても天空城に来る前にざっくりとした話し合いだけはしていたんだけど、その後でそれぞれの伝手をたどり、ギルドや先輩冒険者たちと昇降機に乗る寸前までしていた交渉の分、今後につなげる情報の刷新を行わないと天空城への滞在期間が無駄に伸びてもったいない。
資料室の司書が昨日の夕餐に来てた宰相のお嬢さんで、微妙に冷たい目線を向けられるのを感じたりもするけど、今はキレイな女の子に冷たく見られて凹んでる場合ではないよね。が、頑張ろう。
───アーセルが名前を出したのは、宿の酒場で良く一緒に飲む事がある先輩冒険者。
第71階層まで踏破済みのオルランドさんパーティーから都度情報をもらえるなら、お城で調べるべきは確かにそれ以降の階層についてになるだろう。
冒険者たちの採取する素材はこの世界の住民が暮らすために必要な物ばかり。だから冒険者は自分達の仕事に誇りを持っているし後進への助言や手助けを厭わないから、情報を出し渋るようなことも恐らくは無い。
ウォレスがアーセルの言葉に頷きながら、テーブルに積んだ資料から71階層以降の分をサッと手前に取り分けた。
「あ~アタシもぉ、引退冒険者サークル『燃えよぬれ落ち葉』のおじいちゃま達にお話聞く約束出来たわぁ。『燃えよぬれ落ち葉』の中にね~『
「えーっ!? すげー……!!」
続いてひらひらと挙手してのリエンヌの言葉に、ドギーが即座に食いついた。ってか、アーセルも私もウォレスも食いついたけど、ビックリして声も出なかったと言うのが正確なところ。
「……マジかよ」
うん。本当にマジですか。
でも彼らの名前を知らない冒険者なんていないだろう。あらゆる意味で『
「……誰?」
ふだんに無く目をキラキラさせた熊人ウォレスが、
みんなの耳と視線も当然リエンヌに集中した。
「えっとぉ……確か、ベルンハルトさん……とか」
「……終焉の炎爆華ベルンハルト……!!」
思わず中二臭い言葉を口走ってしまったけど、冗談じゃなく彼はこの二つ名で知られた魔導士だ。
まあ、なんとなく今も生きているのなら寿命が長いと言われる魔力持ちだろうと思ってたけど、まだ存命だとは思わなかった。
聞けば彼は十年くらい前までは現役の冒険者としてあちこちのパーティーを渡り歩いて活動していたらしく、最後の冒険の後、何年間か
ね、年単位で再生が必要なほどの欠損って……さすがは終焉の炎爆華。
ヤバい場面になると自分諸共に敵を木っ端みじんって彼の伝説は、本当だったんだ。
「かっけーベルンハルト! 子供の頃ごっこ遊びしたよねアーセル。『この先は通さんよ、今こそ活路を開かんがためわが身に宿るすべての魔力よ、凝りて弾けことごとくの敵を炎の華で微塵に打ち砕け……爆散!』どっかーん!! ってさ」
スツールの上に腰かけたドギーの尻尾がぱさぱさと左右に揺れる。
まあ……うん。男の子達が好きそうなエピソードが多いんだよね『
なんて言うか、安定と安全にリソース裂くタイプの冒険者じゃなく、本当にグイグイ前へ前へと突き進む冒険野郎の集団。
アレよ。あらゆる手段を使ってRPGで低レベルクリア狙うみたいな……ね。上手く行かない時にはベルンハルトさんの必殺技の爆散とか、彼だけじゃなく他のメンバーも手段を選ばず命だけ残しておけばやり直し利くからやっちまえって言うタイプで。
あれです……棺桶引きずって教会で蘇生する某ゲーム的な感じ。リセットボタンじゃないけど、死にさえしなければ治療用水槽で再生して再戦出来るから……。
「……メイも、爆散?」
ドギーが期待に満ちた目でクルリとこっちを見た。尻尾の揺れがバッサバッサとさっきよりも激しいけど───
「無理」
命があれば身体の再生は可能かもしれないけど、爆散したら痛いからね。リアル『リセットボタン』とかリアル『リ・スタート』とか、冗談じゃない。
アーセルも微妙にガッカリした顔しないで、爆散したら痛いから。絶対にすごく痛いから!
私は攻略サイトじっくり読み込んで、レベル上げして装備ととのえてから行くタイプなの。
「引退冒険者の人たち……若干はなしを盛りそうだから、71階層以降82階層までも軽~く調べておこうよ」
ギルドにもその辺りまでの資料はあるけど、軽く目を通した感じだとこっちの方が詳しそうだった。
ふと、どうして冒険者に踏破されていない第82階層以降の資料まで細かな項目を網羅する形でそろっているのか疑問が湧いたけど、そう言えば、昨日の夕餐で聞いた話だと冒険者ギルドの運営もそうだけど昇降機や治療用水槽などの遺構の管理修復を統括してるのも有翼人なのだ……とか。
なるほど、本当に天空城がゴールディロックス階層世界の支配をしていると言うわけなんだ。
昇降機と基本設備は第1階層からこの第95階層に至るまですべての階層に存在しているし、恐らく第100階層までにもあるのだろう。
それならば、すべての階層へ出入り出来る神人なら全階層の資料を持つのも不思議じゃない……のかな?
まあ……基本設備の周辺は
ちょっとだけ、うまく言葉にはならない
まずは82階層以降の資料の下読みをする。
階層ごとに必要になる装備と道具の書き出しをして、掛かる経費の算出。
同時に各階層ごとの採取可能素材の部位とそれら素材の売却額を算定。
……宿に食事、持ってく食料の経費もざっくりと計上。
82階層に到達するまでに用意しておく装備や道具、または予算金額はきっちり書き出しておかなくちゃいけない。
とうぜんそれまでに怪我することもあるだろうし、82階層以降の怪我への備えも大事。余裕をもって階層の攻略計画を立てないと。
……ウォレス、経理頑張って。手伝うけどね、うん。数字苦手で足を引っ張りそうだから、お手伝い程度で勘弁してもらいたい。
「じゃあ、私とウォレスで71階層以降の資料にざっと目を通しておくから、とりあえず三人で第30階層の資料見ながら攻略計画立ててくれる?」
「えっとぉ、攻略計画装備はここで作って貰った物もってる前提でいいのぉ?」
「ん」
実際、今回やっと29階層の走竜を倒したばかりの私達には、オルランドさんパーティーの71階層も『
そんな高みへ到達したいって言う気持ちはもちろんあるし、きっとみんなで頑張ればいつかは手が届くとも思ってるけど、それでもやっぱり何年も……下手をすれば何十年単位で先の話になるだろう。
まずは走竜との戦いをふつうにこなせる自信をつけたら、次の階層に手を伸ばす。それからまた次へ……で、その上で将来を見据えて上の階層の情報をきっちり入手しておく。
もしかしたら私達より先に今現在もっと上の階層の攻略をしているパーティーに情報を流すこともあるかもしれない。
功名心が無いわけじゃないけど、それはそれでいいと私は思う。
アーセル辺りはちょっとヘソを曲げそうな気もするけど、流した情報を役立ててもらえれば今度は、実際に攻略した人間からより具体的なアドバイスも得られるだろう。
……意外と冒険者と言うのは堅実なものなのです。うん。
そんなこんなで、午前中は資料室に籠って攻略計画を練ったり資料の書き取りをしていた。朝と同じ小食堂での昼食後も同じく。
途中
「おいメイ。おめェパーティ抜けるつもりなら、前もって言いやがれよ」
「えっメイ、辞めちゃうんだ? なんで!?」
「ん~とねぇ、玉の輿により、寿退職的な……?」
「……寂しくなる」
とか、インドア作業に早くも疲れた人達の冗談なんだか天然で言ってるんだかわからない攻撃が来たりしたけど、私は頑張って仕事をしてた。
頑張ったよ。でもその話題はヤメテ。素材の値段とか装備や道具の資料とか、出してくれるの宰相の娘さんだし、みんなには言っていなかったけど、朝ああいうステキなお手紙いただいたばかりだからっ!
お仕事はちゃんとしてくれるけど、目つき冷たいし、朝の
内心大いに動揺しつつも仕事に没頭しているフリをして黙々とペンを滑らせていたのだけど、突然、『
ハッと顔をそちらへ向けた私達の耳に、たった今まで醒めた目つきで無言のまま資料棚と大テーブルを行き来していたお嬢さんの華やいだ声が響いた。
「まあ……! まあ! どうしてこちらへ───王!」
地味めの色調の資料室内に目にまぶしいほどの金色の輝きが歩み入る。
つき従うのは銀色のワゴンを押す天使のような有翼人の女性使用人達と、テーブルや椅子を持った従僕達。
一体なにごとが起きているのかと呆気に取られている間に、彼らの手により城内にあって比較的殺風景だった資料室の片隅に、見事なまでに見栄えよくティーテーブルが用意されていた。
「疲れただろう。茶の席を用意した。しばし休むがいい」
キラキラしくも神々しい金色の王様の、鷹揚にして尊大なお言葉。
明るい色の花が盛られた花かごを中央に配したテーブルで、気がつけば私は王様の隣りに腰かけ、逆隣りから宰相のお嬢さんの絶対0度の視線を突き刺されつつ、ティーカップから立ち上る紅茶の薫香を顔に浴び途方に暮れていた。
紅茶はすごく良い香りがしたけど、味なんて覚えていない。
綺麗なお菓子をいくつか、従僕が捧げ持つ銀のトレーから王様自ら私にサーブしてくれたけど、食べたんだか食べていないんだかも定かでなかった。
無機質な資料室に唐突に現出したティーサロンが幻のように綺麗に片づけられてしばし後、ドギーが私に向けて言う。
「……ねぇメイ。パーティー辞めるなら、前もって言ってね?」
───と。
いやいやいや、やめないよ。
顔が赤いのは緊張のせいだし、ほら、王様の顔を見てついぼーっとなっちゃってたのだって、あんな間近にあれだけ美人な男の人がいたら、お年頃の娘としてはこう……不可抗力的何かだもん。
だから、アーセルもリエンヌも、そこで第30階層の攻略計画に魔導士抜きバージョンを入れる相談はしないで!
顔を赤くしながら抗議する私に素で言っているらしいドギー以外の『
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