Ⅲ-4 かつての記憶
「翠川! こっちこっち」
支部内の挨拶回りと書類の確認を一日かけて行ったルイとジルヴェスターが向かったのは、支部の最寄駅から地下鉄で数駅先にある歓楽街に位置する飲み屋であった。混雑する地下鉄にやっとの事で乗り込み数駅分の満員車両をやり過ごした二人はげんなりした表情を浮かべつつその店へと足を踏み入れた。
「待たせてすまない……
疲れ切った声色でルイが先に着いていた星宮へと声を投げれば、その隣に座る女性に気付く。葛と呼ばれた女性はにっこりと笑みを浮かべながら「今は星宮だけどね」と補足するように言葉を繋いだ。彼女もまた、ルイの幼馴染の一人であった。「ええと、誰?」ジルヴェスターが困惑したようにルイへと言葉を掛ければ、「カツラ。俺とホシの幼馴染で、ホシと結婚したらしい」と英語で今の状況を伝える。「まぁ、座れよな」と星宮自身が座る向かい側の席を示せばルイとジルヴェスターも頷きそれぞれ並んで星宮が座るボックス席の向かい側へと腰を下ろすのだ。葛とルイ、星宮とジルヴェスターが向かい合う形で各々の席が決まれば、星宮が店員を呼ぶ。「何飲むよ」星宮の問いをルイがジルヴェスターへ伝えれば「ビール!」とジルヴェスターからすぐさま答えが返ってくる。「ビール二つ」ルイの言葉に「じゃあビール三つとウーロン茶ひとつで」と星宮が店員へと声を投げる。その他に適当に食べ物を注文した星宮は「それにしても、二人ともすげぇ疲れてたけど、どうかしたのか?」と笑うのだ。
「仕事自体は問題なかったんだがな、ここまでくる地下鉄が酷かった」
ルイのげんなりした声に星宮と葛は笑う「ラッシュアワーの洗礼を受けて来たんだ」と鈴のように笑う葛の声に「普段は歩いて通勤できるからなぁ」とぼやくようにルイは答えた。
「あぁ、遅くなったけど結婚おめでとう。まさかホシが葛と結婚してたとは思ってなかった」
思い出したかのようにルイはそう言葉を重ねる。そんな彼の言葉に、祝われた星宮は「言ってなかったしな」と、葛は「ヒロくんがルイくんと会ったって言うから、てっきり話してると思ってた」とそれぞれが笑いながら声を上げる。その二人の言葉をジルヴェスターに逐一訳してやりながら、ルイも「昨日の時点で言ってくれたって良かっただろ」と星宮への文句を口にする。
「サプライズってやつだよ、サプライズ」
そう嘯く星宮の言葉に文句の一つでも言ってやろうと開いたルイの口は言葉を紡ぐことはなかった。そのタイミングで店員が三つのジョッキと一つのグラスを運んで来たからだ。それぞれが自身の飲み物を手に取れば、星宮は勿体ぶったような声色で言葉を紡ぐ。「ルイとの再会とジルヴェスターさんとの出逢いに乾杯!」星宮の音頭で他の三人が「カンパーイ!」と声を上げれば各々がその中身を喉へと流す。そうしていれば星宮の頼んだ料理が運ばれ、その卓を彩っていくのだ。
「それにしても、ルイくん。パパさん似だよねぇ」
思い出したように葛がそう口にすれば、星宮も頷き「それで人生楽しい! って感じで笑ってたら親父さんそっくりだよな。昨日帰ってからアルバム引っ張り出したらそっくりでビビったもん」と声を重ねる。「そんなに?」ルイから彼らの話す内容を告げられたジルヴェスターが二人へ問えば、彼らは頷き星宮がカバンの中から一つの封筒を取り出す。
「これ、ウチとこいつと翠川の三家族でキャンプ行った時の写真。火事だったし、写真とかもないんだろ? 久しぶりに会えたからやるよ」
封筒ごと渡されたそれをルイが受け取り開けば、数枚の写真がそこにはあった。その写真をテーブルへと並べれば、少年だった頃のルイや星宮、葛とともにルイの両親も写されていた。
「妹ちゃんの写真はなかったんだけど、せめてこれだけでも渡そうかってヒロくんと話してたんだ」
葛が補足するようにそう告げれば、ルイはその数枚の写真をその瞳を細めて懐かしそうに見つめ、口を開く。「ありがとうな、ルカも喜ぶ」それだけを告げ口を閉ざすルイの横でその紙片を眺めるジルヴェスターは「ホント、そっくりだね」と笑う。「っていうか、ルイってこんな顔も出来たんだ」そう言いながら指し示すのは、幼少期のルイの姿であった。そこには楽しそうに満面の笑みを浮かべる幼いルイの姿があった。
「そりゃ、俺だってガキの頃はあったよ」
不本意そうにそう告げるルイの言葉に「だって俺は大人になってからのルイしか知らないから」と少しだけ不満そうに言葉を投げた。英語で言葉を交わす二人に思い出したかのように葛が声を上げる。「あ! ねぇねぇ、妹ちゃんの写真はないの?」そんな葛の言葉に星宮も「そうだ、会ったこと無いし俺にも見せてくれよ」と言葉を重ねる。
「携帯に写真とかねぇの? 見せてよ」
そう言い無理やりルイからロックを解除した端末を受け取り、画像フォルダを開けば「なんだ、無いのかよ」と不満そうに声を上げる。
「っていうか、一枚だけ撮ってある写真がお前の寝顔って。彼女にでも撮られたか?」
端末を返しながら言葉を重ねた星宮に、一度も開いたことが無かった画像フォルダを確認したルイは「あぁ、そんな所だ」と内心の動揺を隠さずに言葉を返す。「なんだよ、アメリカの金髪美人とよろしくやってるのかよ」短く口笛を鳴らしながらそう告げる星宮は、手元にあった鳥串へと齧り付き、葛も「ルイくんはまだ独身なの?」と小さく首を傾げつつルイへと問う。
「仕事が忙しくてな」
向かいに座る二人に気付かれないようにそっとジルヴェスターへ視線を投げつつ小さく笑いながら短い言葉でそう告げたルイに「外資系エリートって感じだもんねぇ」と彼の視線の意味に気付く事なく彼女は笑った。ジルヴェスターはと言えば、ルイからの視線に気付かないふりをしたまま星宮に
「妹のルカだ」
メッセージに添付された写真を二人に見せれば「妹ちゃんルカちゃんって言うんだ!」と葛が声を上げ、「母親似なんだな」と星宮もその画面に視線を落として小さく笑みを浮かべる。
「うちの娘は今のところヒロ君似なんだよねぇ」
葛が重ねたその言葉に「娘も居たのか」と少し驚いたようにルイは声を上げ「昨日の時点でそれは言えよ」と星宮への文句を重ねて口にする。
「今度お祝い送るから、住所教えてくれよ」
そう告げたルイに「忘れなかったらな」と星宮は悪戯が成功したガキ大将のような笑みを浮かべて言葉を返した。
「楽しかったね」
数杯のアルコールと焼き鳥を腹に収め、翌日もあるから。と解散し戻ってきたホテルの部屋でジルヴェスターはルイへと声を投げる。「お前は隣の部屋だろう」呆れた声でそう返しながらジャケットをハンガーへと掛けるルイにベッドの上でスーツ姿のまま寝転がるジルヴェスターは「ちゃんと後で戻るって」と陽気に笑う。「スーツが皺になるぞ」嗜めるようにそれだけを告げたルイに「じゃぁ脱がしてくれる?」とジルヴェスターが言葉を投げるが「部屋に戻ってさっさと一人で脱げ」とつれない返事が帰ってきた。
「冷たいなぁ。でも、今日は俺の知らないルイが知れて楽しかった」
また明日、とシャワールームへ向かうルイの背中に声を投げたジルヴェスターはそうして彼の部屋を後にした。誰も居ないルイにあてがわれたその部屋のベッドルームに置かれたカバンの中では、彼の端末が音を立てず一通のメッセージを受信していた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます