Ⅰ-2 真夜中のオンコール

 彼の携帯電話が鳴らされたのは、寝酒でもしようと氷を満たしたロックグラスにアルコールを注ごうとしたその時であった。着信表示は表示不可を通知していた。「はい」男はグラスにアルコールを注ぎながら名を名乗ることもせずにその着信に応じる。スピーカーの向こうからは低い男の声が「俺だIt's me.」と戻ってきた。

「時差を考えろ、寝てたらどうする」

 電話の向こうはまだ午前中だろうか、と考えながらも男はその声の主へと日本語のままで苦言を呈した。「寝てたら老人だなと笑う所だ」流暢流暢な日本語を操り白々しく笑う男の声に彼も小さく喉だけで笑いながらグラスに満たしたアルコールを呷る。

「で、俺の寝酒を邪魔するんだ、用があるんだろ?」

 笑いながらそう告げた彼へ、電話越しの相手は「査察の件だ」とだけ返す。「あぁ、アレな。を指名してたやつ」男の言葉に彼は頷き「流石にお前の力でも拒否出来なかったか」と彼は溜息混じりでそう返す。

「うちに潜り込んでるネズミも驚いてたようだが、動きはあるのか」

 男の問いかけに彼は笑いながら口を開く。「彼は去年のそっちであった事件からそっちの人間って判断されててな、こっちじゃもう切り捨てられてるよ。それから、どうも最近上がキナ臭い動きをしてる。」そこまで告げた男は「しかし、あの子をこっちに連れてくるのに堂々とそんなやり方をするってのは、上も焦ってるんだろうな」と言葉を重ねた。「ずっとウチからの査察を拒否していたのもあって強気で来られたぞ。査察をしたいのであれば受け入れは二名、そのうち一人はルイ・シーグローヴを、だそうだ」苦々しげに吐き捨てる男の声に彼は喉で笑いながらも受話器へ言葉を投げかける。「形振り構ってられなくなったか。生き残りの爺様もバケモノじみた生命力だがそろそろお迎えが来てもおかしくない頃だ」そんな彼の言葉に男も小さな笑い声を二国を繋ぐ電波に乗せ、その後真面目な声を彼へと投げる「お前が頼みの綱だ、ナナオ」ナナオ、と呼ばれた男――七生ななお・アスティンは「分かってるよ、ウィリアム。あの子達はあの人の遺した宝物だ。ただの倉庫番には荷が勝ちすぎるが、出来ることはやろう」彼がそう告げれば、電話の向こうの男は「頼んだ」と一言だけ告げ、その通話を打ち切った。機械的な電子音が鳴った後に沈黙したその携帯電話を机上へと置いた七生はもう片方の手に持つグラスの中身を一気に喉へと流し込む。焼け付くような強いアルコールを飲み干した彼は、彼以外誰もいない寝室で自分に言い聞かせるように今はもう何処にもいない男へと言葉を投げた。


「センセイとウィリアムとの約束は、きっと守ってみせます。何があっても」

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