第11話 隠された資料
隊長からこれからの独断行動に対する免罪符とも取れる一言をもぎ取った俺が白雪を引き連れて向かうのは資料室だった。カウンターに座る男は隊長からの連絡を受けているのだろう。ニヤニヤと笑いながら「遂に噛みついたのか」と数冊の資料をカウンターの上に乗せて挨拶代わりにそんな言葉を投げかけるのだ。
「噛みついたってもんじゃないですよ。センパイ、隊長の胸倉掴み上げて怒鳴り散らしてて。周りで見てる俺らの方が生きた心地がしなかったんですよ?」
「俺は落ち着いていたのに、お前が人の事を引っ掴むから事が大きくなっただけだろう」
「普通、上司の胸倉を掴んで怒鳴る人の事を落ち着いているなんて言いませんからね?」
白雪が皮肉交じりにそんな事を言い、俺が言い返す。そんな会話を見ていた資料係長であるリヴィングストンは遂に声を上げて笑いだすのだ。
「育てた飼い犬に噛みつかれる所か胸倉掴まれてたのかアイツは。可笑しすぎるだろ」
笑い声と共にそんな事を言うリヴィングストンはカウンターに置かれた数冊の資料ファイルを俺へと押し付け、「だけどな」と真っすぐに俺を見る。
「今お前達が追っている事件とこの事件に繋がりはあるが、今ここにある資料だけじゃぁホシには辿り着けない。この資料で辿り着けるんだったら、二十年前に解決してるんだよ」
この資料で分かるのは、あの事件の経緯と、なぜ起きたか。それだけだ。そう続けた彼に「それでも、何か見落としたことが有るかも知れない。少しでも、情報が欲しいんだ」それだけを告げて、俺は資料室のテーブルで資料を広げる。
「……概念外生物の暴走事故、日本でも起こっていたのか」
「この事件ですか。日本支部に協力していた
「隊長が噛んでるんだ。当時まだ上級隊員だった隊長がこの事件で日本支部に派遣されてた。隊長が翠川邸に踏み込んだ時には教授とその妻は殺されていた」
「センパイ、詳しいですね?」
「行方不明で死亡扱いされてる教授の息子、俺だから」
ぽろり、と零れた俺の言葉に白雪は「はぁ!?」と声を上げる。
「ちょっと待ってくださいよ、翠川教授の息子って当時で中学生でしたよね?」
「そうだな」
「センパイ、勤続二十年って言ってましたよね?」
「そうだなぁ」
「完全にアウトじゃないですか……」
白雪はため息と共に他の資料も紐解きながら二十年前に起きたその事件の話を始める。
「この事件、概念外生物の暴走がCOBAで初めて確認された事件だったんです。俺たちとしては基本的に概念外生物が暴れる、イコールで意思を持って暴れてるという認識で事に当たってます。けれど、その事件は異質でした。そもそも暴走をしていた生物に暴走の記憶が無かったり、全く別区域に住んでいた生物が何故そこに居るのかもわからない。そんな事件だったそうです。それで、元々COBAの協力者だった翠川教授に協力を要請して捜査をしていたんです。恐らくその時に隊長も合流してたんでしょうね」
彼はテキストを読むようにすらすらとその事件の概要を語る。父がこの機関の協力者だったなんて俺は初耳だった。この事が隊長が俺に隠したかった事なのか?と首を傾げていれば「多分、センパイが翠川教授の息子だとすると、隊長が隠して置きたかったのはその血筋の事でしょうね」と彼は告げる。「そもそも翠川教授がCOBAの協力者だったのは、教授自身が概念外生物に近いものだったからです。勿論身体は人間ベースですけど、その血脈には概念外生物が連なっていたんです」と。
「異類婚姻譚の当事者だったってワケか」
「ご存知の通り、概念外生物と人間は婚姻は出来ても子孫は残せない。けれど、幾つかの家系では旧くから概念外生物と人間の婚姻をして子が出来ているのが確認されているんです。ただ、そう言った家系は殆どが廃れてしまっていて、最後に確認出来ていたのが翠川教授の一家だったんですよ」
きっと、センパイがあれだけ色んなものに侵食されてもピンピンしてるのはそういう家系の出身だったからですね。と資料を捲りながら呟く。
「成程、それで俺が何者か、か」
「其処まで牽制されてたんですか。この事知った為に面倒事に巻き込まれても俺、知りませんよ?」
俺の呟きに軽口で返す白雪は、資料を読みながら「でも、やっぱり犯人の実像については見えてこないですね……今回の事件で分かったのも、魔術師が噛んでるって話だけで、その魔術師へのルートがさっぱり」と嘆息する。
「確かにこれは知らなくても問題のない情報だったな……ジルの所に寄って来る。魔術師からのルートで何かつかめてるかも知れない」
「わかりました。俺の方でも何か手がかりが無いか、魔術師関係の資料を漁ってみます」
そうして白雪と別れ研究課へと向かう俺は、白雪を連れずに一人でジルの元へ向かう理由を探していた。ジルが白雪を嫌っているから、白雪には資料を漁っていて欲しいから、そんなどうでもいい理由をでっち上げてみたとして、そもそも理由もなく一人ラボへと訪れても何も問わない相手だ。だからこうやって理由を探すのは彼への回答を探す訳ではなく、結局は自分への言い訳をする為だ。けれど、今回は認めざるを得ない。情けないが、年下の魔術師に対して甘えたかったのだ。意外な所から自分の出自を知ってしまい、今まで信じてきたものが崩れていった。「俺は俺だ」と自分に言い聞かせたとしても、精神論と事実は違う。そりゃぁ少しは揺れざるを得ないだろう。
「ジル、今良いか」
俺のID権限でドアを開け、問えば「あぁ、うん」と心ここにあらずとでも言うような返答が返って来る。
「取り込み中なら一度戻るが」
「いや、大丈夫。俺からも話したい事があったし、うん」
そう言ってジルは珍しく自身で俺と彼自身の飲み物を用意し、俺はその珍しい光景を折り畳み椅子を開き座りながら見るしか無かった。
「で、どうしたの」
紅茶の入ったマグカップを俺に差し出しながら、ジルはそう笑って見せる。そんなジルに「あぁ、うん、二十年前の資料。見れたから報告しに来た」お前にも協力してもらっていたしな。と告げれば「あぁ、喰って掛かったんだって? こういう噂は早いよねぇ」と笑う。
「結論から言って、手がかりは無かった。ただ、俺の血筋がどんなものか分かっただけだ」
俺は笑えているだろうか。口角を上げて見せ何でもない事のように話して見せが、その声は震えてしまっていた。
「俺は純粋な人間じゃなかったらしい」
「……むしろ純粋に人間してると思ってた事の方が驚きだよ」
俺が絞り出した言葉にジルは真顔で即座にそう返す。
「そもそも、そうでも無ければそれこそ竜の血なんて浴びたらひとたまりも無いし、今までも色んなもの頭から被って来てギリギリ人間保ってるってのもおかしな話だよ」
そこまで一気に話して、ジルは俺に笑いかける。
「それでもルイはルイだ。普通の人間よりも概念外生物に近いってだけで何も変わらない」
彼のその言葉を聞いて、俺もやっと肩の力が抜ける。「そうか」それだけを言葉にして、俺も自然と口角を上げる事が出来た。
「俺の家系、概念外生物と生殖が出来る家系らしくてさ、隊長はそれを隠しておきたかっただけらしい」
「相変わらず過保護だな」
俺の言葉にジルはそう吐き捨て、「きっと、ネストの家系なんだよ」と一人頷く。
「ネスト?」
俺の問いに「そう、この現代では珍しいけど、存在しない訳じゃない」と彼は言葉を重ね、ゆっくりと解説を続ける。
「概念外生物の巣になれる人間の事をネストと呼ぶんだ。人間だけど、概念外生物に近い。普通は出来ない概念外生物との生殖も可能だし、ネストは概念外生物の影響を受けにくいから、ルイみたいに概念外生物の侵食を受けてもピンピンしていたりもするんだ。だから、おかしい事ではないし、それで俺やサーシャのルイを見る目が変わることも無いよ」
だから、安心して。とジルはそこまで言って笑みを深める。
「それに、きっと、これから俺が話す事の方が、俺を見るルイの目が変わるかもしれない。本当は話したくなんてなかったけど、事態が事態だ。俺も全部話すよ。でも、これはルイの中にだけ留めておいて。軽蔑はされたくないけど、されても仕方ないとは思っている」
「……わかった。でも、軽蔑するかしないかなんて、話を聞かないとわからないだろ」
俺の言葉にジルは「そうだね」と弱弱しく笑って、その口を開く。
それは一条の光明にも似た、彼の罪の告白であった。
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