龍の背に乗れる場所

作者 さつきまる

63

21人が評価しました

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★★★ Excellent!!!

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(全体にネタバレ注意です、すいません)

何をもって文学とするのか、僕には分かりません。
「これかな?」という条件は一応ありますが、自分でも正しいとは思えないので披露しません。

でも、さつきまるさんの「フェアリー・ウェイト」を拝読したとき僕は紛れもなく文学を感じました。
その後「白井~」を読み「わざと文学的な要素を避けているのかな」とちらっと思い、続いて拝読した「龍の背に乗れる場所」では、純文学と銘打たれ、氏の得意とする笑いが封印されていました。

笑いと純文学は両立しますから、笑いの封印=純文学ではないと思います。

でも、本作を読みながら常に緊張から逃れ得なかったのは、エンタメ的予定調和を期待できなかったからです。
文芸評論家の石川忠司さんがかつて「純文学は何でもあり」と書いておられましたが、不感症でアルコール依存症の主人公の周りでは容赦なく不幸が続き展開の予測不能、ついには、本人も決定的な行動を起こします。
本作を純文学とするのは、この予測不能な部分でもあろうし、読むことで自分の中の何かが痛む、変化する可能性を感じたからかもしれません。

読み終えて、本作のテーマは生き難さ、あるいは生きる意味であろうと思います。
それがさつきまるさん独自の物なのか、いや多くの女性が共有する物なのか、もしかしたら性別関係なく現代人の多くが持つ物なのか、そこら辺は僕には分かりませんが、難しいテーマであることは間違いないと思うのです。
しかも、百年残る古典にも同じテーマを扱った物はあって、たぶん、いつの時代も誰かが感じる普遍的な物であるのだろうと思います。

その普遍的で難しいテーマを前に、さつきまるさんは過去の作品における愛すべき登場人物たちをほとんど抹殺してしまいました。
これは単に過去作を知る読者を驚かせる仕掛けとは思えず、無意識か、意識的にか、過去と決別しさつきまるさんが再スタ…続きを読む

★★★ Excellent!!!

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人生の流れを龍とたとえるならば。
その背に少しの間だけ、乗ることが許されるならば。
そのうねうねとした濁流にいっとき、翻弄されてみよう。
乗客の魂もまた、上下左右に揺さぶられることだろう。
その間、龍の背から見渡す深淵に、目を瞑らないことが大切だ。
劈く咆哮に、耳を塞がずにいることが大切だ。
周囲に飛び交う、すれ違う龍。過ぎ去っていく龍。落ちていく龍。途切れる龍。交わる龍……。
ただ一直線に飛ぶ龍なんて、どこにもいない。
ジェットコースターではないのだ。コースなんて定められていない。
それぞれの飛び方で、ただ精一杯、不器用に飛んでいくだけ。
私は乗り物酔いはしない質だが、龍の背から降りた後、くらくらと目眩がした。
自分の龍の背からは、何が見えているだろう。
あなたの龍の背からは、何が見えるだろう。

この作品は、紛うことなき純文学作品である。
純文学とは、物語世界の酒である。
この物語は、作者様の醸成力により、度数は高めだ。
飲みくちはまろやかで、特段、構える必要はない。
さあ、一緒に酔いどれになろう。
ただ、一気に呷ると、悪酔いするかもしれない。
そういう覚悟は必要。

さんがに★で称えました

★★★ Excellent!!!

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レビュー失礼します。

あまりにも多くの物語を読んできた作者様。
その読書体験から得た、思考やプロットがギュッと詰め込まれた渾身の一作!きっと作者様は、あまりにも書きたい事や訴えたい事があり過ぎたのだろう。その強い感情が冒頭から大波のように襲ってくる印象があった。タイトルにある『龍の背』には、あらゆる人間の人生の道程にも感じ取れたが、それと同時に作者様の強い思いを背に乗せた龍が、口を開けて我々を飲み込まんとする程の勢いとも感じ取れた。穏やかな龍と、激しさ含む両面を私は見た。

本作は、ネット小説のユーザー様向けに最大限の歩調を合わせて執筆されてるが、今後ゆったりした純文学作品にも期待したい。

★★★ Excellent!!!

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人々と交わった記憶との禅問答。
是非も無い、ただただ人間のあるがままの姿を不器用に、歪に、擦り合わせていく。
杓子定規なんてクソくらえ、それでいいじゃないか。

私は作者様の研ぎ澄まされた激情に揺り動かされ、快感すら覚えた。
月光が記憶の讃美歌を歌うとき、過ぎ行く龍の背に銀色の生が映し出されたことだろう。
紛うことなき会心作であった。

と、あびゃ〜なレビューになってしまうほどのめり込んでしまう作品でございます。ぜひともご一読を!

★★★ Excellent!!!

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純文学というタグに一瞬迷いましたが、さつきまるさまの作品ということで読み進めました。

文学とは、人の心を揺さぶるものとおっしゃる通り、読み進める間は色々と揺さぶられるものがありました。

その揺さぶりは何かと考えたとき、私の感想としては、登場人物たちが様々な形で接触する際に生じる波紋のような衝撃ではないかと思いました。

純文学については詳しくありませんので、内容については語ることはできませんが、そのことが悔しいとさえ思えるほどの作品だと思います。

ぜひ、みなさまも一読されてみてください。そして、心に迫ってくる衝撃が何かを考えてみてはいかがでしょうか?

とても素敵な作品と時間を提供していただき、本当にありがとうございました!!

★★★ Excellent!!!

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さつきまるさんの純文学作品と言うだけで、
多くの読者に刺さる物語であることは間違いありません。

愚鈍、不器用、軽率であることが、
肯定はされなくても受け入れられるこの作品には、
数多くの救いがあると思います。

純文学嫌いでも読んで損は無いと思いますよ。

★★★ Excellent!!!

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文学作品の定義は多々あれど、魂を揺さぶるという点においてこれはまさに文学作品でした。
主人公のカオルは路上詩人を名乗るダメな女性、でもそんな彼女にも彼女を気に懸けてくれる人たちがいます。その強烈なキャラクターの面々が楽しいのですが、もちろん物語はそれだけにとどまらず。
カオルは傷ついた内面を惜しげもなく物語にさらしながら、巻き起こる事件に直面していくことになります。その中で描かれるのは希望と絶望、この二つが淡々としながらも圧倒的に迫ってきます。
主人公のカオルはキャラクターでありながらも、どこか作者のようでもあり、そして自分の事でもあるような、そんな不思議な存在感を放って読者を捕まえます。その様がなんとも異様な感覚です。
まさに作者の魂が込められた物語でした。
ぜひ読んでみてください!

★★★ Excellent!!!

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やはり触りしか読んでないが←だから読み方(笑)

主人公の性格、生活態度、心情が良く分かる…と言うか、容易く想像出来てしまう作品。

極普通の、主人公なのに何処か惹かれる魅力があり。

1話目で伝わる素晴らしさ、流石作者の技である。

この先、自分的に「あなる」が気になるのでますますハマる事だろう(笑)

是非オススメ!

★★★ Excellent!!!

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作者様はこの作品を執筆中、中島みゆきをよく聞かれたそうです。
私なりにも感じたのですが、初期の中島みゆきを文学で表現すると
確かにこの作品になります。

ひとり上手と呼ばないで、ひとりが好きな訳じゃない

 彼女も割と忙しいようで、そうそう付き合わせてもいられない

  今日は斃れた旅人達も、生まれ変わって旅に出る

まさに作者様は彼女の表現したかったことを、この作品で
述べられています。

人は決してひとりでいたい訳でもない、他人には遠慮もある、
それでも誰かが誰かを必要としている。
そして生まれてきた意味を見直そう。
そんな世界がこの「龍の背に乗れる場所」に書かれている意味です。

そしてもう一つ、さだまさしの「道化師のソネット」
これも古い曲なのでご存じではない方が多いでしょう。

 笑ってよ君のために、笑ってよ僕のために

そんな歌詞から始まる愛の唄

 せめて笑顔が救うのなら、僕はピエロになれる

私たちの周りには、私たちが笑顔でいられるように
自分でピエロになってくれる人がいます。

その人達の本当の気持ちを分かってあげて下さい
笑われたくはないのです、ただ笑って欲しいのです。

この曲を作者様はご存じかどうか分かりませんが
最終的なエンディングに「道化師のソネット」の世界が
この物語を救っています。




笑われたくないのです、ただ笑って欲しいのです
この「龍の背に乗れる場所」に書かれてある
ある特定の応援コメント代表として、静かに筆を収めたいと思います。


笑われたく(もう、ええっちゅうねん!)

★★★ Excellent!!!

――

なんだと思います、カオルさん。

多分、街には、たまにいる人。でも、見た目じゃ全然わからない人。

探そうと思っても探せないし、おそらく本人も探されるのを望んではいないのかもしれない。いや、いないのかもしれない。

でも、誰しも、カオルさんの一部分を持ってる。

……まだ序章でしょうから、自分の見立ては間違っているのかもしれません。とりあえず、読んで思ったことだけ。また書きなおします。


ところで、モッさんもいますねぇ……。

★★★ Excellent!!!

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まるで、自分を鏡に写したようでまったく同じに写る心と、逆さまに思う自分。その葛藤の毎日。それは、その毎日の日常は、本当に意味があるのだろうか?
成果があるわけでもなく、ただ、自分をごまかすヒビ。そのごまかした姿が写る世界観。
特に、二日酔いの気持ちは複雑で、同じような思いに落ちたときは何度もアリ、ある意味懺悔と付き合う日々に陥る。
一体自分の居場所は何処にあるのか、その座標を捜し求め、心がゆがみねじれる。
竜の背中の優しさと、ウロコのトゲ、そして自分の心。
すばらしい名作です。
ウチは、もっと共感できた世界観をここに書きたいのだけど、作品の中になぜか存在する。その、世界こそが芸術の入り口かもしれない。
まさに、著者様は、堕ちた心を芸術に変え、同じように生きているという、訴えを読者にコンタクトする。
才能とはこういうものである。

★★★ Excellent!!!

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 彼女、田端カオルは決して怠惰な女では無かった。
命の限りを最大に尽くす蝉のように懸命に生きていた。
誰かと比較する事は無意味だと知っていたし、誇り高く生きている。
彼女は失い続ける理由を問い、その理由を受け入れる。
社会の流れから外れてしまっても、社会は彼女を生かし続けた。
何故?
彼女は、龍の背に乗るべき女だったからだ。

 彼女は失い続ける理由を問い、その理由受け入れた時、最高のエピローグを迎える。
この物語は、カオルのアルコール漬けの脳で開かれる豊かな情感で確かに語られ、
閉じた暗闇に差し込む一筋の光。本当にわずかな光ですが、何よりも眩く力強く感じる事が出来ます。

★★★ Excellent!!!

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 曖昧で情緒的。純文学という言葉に偽りはなく何を言うべきか悩んでしまう作品なのだけれど、まずは導入の言葉に触れておきたい。一話目の『燃えるような情緒を交わしたい』という一文はおそらく物語り全体に対する布石なのだろうけれど、一話目の伏線にもなっている点が面白い。何故なら彼女は感じることができないからだ。しかしそれは肉体的な面を捉えたものであり、内面はまた別の話。だからこそ一話目の最後の言葉が心に染み入るのである。
 二話目の冒頭もまた面白い。『意見というのは自分を苦しめる』。この言葉の意味は誰もが想像できるだろう。しかし途中から始まる回想の最後で、かつての青い記憶を想起させられ同時に気づくのだ。縛られているのは冒頭にあるように『私』であり、それはまた『私』でもあるのだということを。過去と現在の繋がり、その狭間が見事に表現され、そこに吐き出されている弱音に共感させられる。
 三話目になると趣が変わる。二話目のフィロソフィアとおそらく同様、意図的に使われている表現によって読む者は不快感を抱くだろう。だがその不快感は自分自身に対するものであり、同時に社会へ対するものでもある。それを彼女は代弁しているに過ぎない。僅かな罪悪感の緩和と変わらない日常への帰結。終わり方が実に面白く非常に様々な答えを導き出せる構成になっている。


さんがに★で称えました

★★★ Excellent!!!

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実際、身近なところでありそうな、リアルな小説です。

人間模様も面白いので、是非、読んでみてください。

「いじめ」という行為は、悪いことをしていなくても、

起こるという現実が描かれている点も、高い評価があると

思います。

★★★ Excellent!!!

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これまでエンタメ色の強いカラフルな作品群を発表されてきた、さつきまる様の新たな境地。
むしろ、これがさつきまる様が本当に描きたかったものなのではないかと、勝手に推察しているところです。
まだ第3話までしか読んでいないので、これからどうなっていくかはわかりませんが、

人間誰しも弱みがあって、その弱みと共に生きていく。
なんとか折り合いをつけて、とにもかくにも生きていく。

そんな物語になるんじゃないかと、そして私自身もさつきまる様が描くそんな物語が読んでみたいと、またも勝手に期待してしまっています。

さつきまる様の器用なストーリー展開と深みのある文体によって、田端カオルがどのように物語(文芸)として昇華されていくのか、今から楽しみでなりません。