龍の背に乗れる場所

作者 佐月 詩

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★★★ Excellent!!!

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テーマは重く、内容は深い、そんな作品でした。

作者様はタグで「純文学のような、そうでないような」と悩んでおられますが、純文学作品だと思います。
ただ、純文学が苦手という方でも、抵抗なく読めると思います。
それは、ストーリー自体がとても魅力的で、かつ作者様の技量の高さから、読み始めると、次が気になって仕方なくなるからです。

そして読んでいく中で、タイトル「龍の背に乗れる場所」の意味が分かった時、この物語の本当の意味が分かります。

物語は、アルコール依存症の主人公・田端カオルを中心に、彼女と関わりがある人物が描かれていきます。
その中で、彼女の感性を刺激する出来事や、あるいはそうでない出来事などが起こりつつ、ある場所に辿り着く。

時には世界がモノクロに見え、時には青色に見え、そしてまたある時には龍が見える。
エンターテイメント小説のような起伏のあるものではなく、あくまでひとりの人を淡々と描いた作品。
だからといって物語が平坦になるわけではなく、毎回気になる展開になり、読み進めていく内に、読者も田端カオルの魅力に取り付かれていくと思います。

冒頭で書いたように、テーマは重く、内容は深い、作品で、考えされられる部分もたくさんありました。

そしてとても面白かったです!

ぜひ、おすすめです♪

★★★ Excellent!!!

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別作品「フェアリーウェイト」を先に読んでいたのだが、こちらはまた一風変わった作品。
ぬかるみの中でもがき続ける主人公と、彼女に寄り添う奇天烈な人々。
決してキレイとは言えない泥沼のようなものを作者は芸術品に昇華させたと思う。

ところで15で悪魔といえばタロットカードだが、カードに象徴される執着の鎖を断ち切ったかのように、主人公のカオルは汚物と落伍の地獄を抜け出して光り輝く暖かな場所へと辿りつく。
エピローグに至る過程は「13 死神」そのものである。

あるいは鎖にしがみついていたから竜の背に乗れたのか。

いろいろ書きましたがとにかくこの一言が言いたかったのです。

「面白いのでぜひ読んで下さい!」

★★★ Excellent!!!

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 生きていれば何かしら心の中にわだかまるものが生じるときがある。煩悶することもあれば、モヤッとして落ち着かないだけで済む場合もある。
 そのようなわだかまりが解決したり気持ちが晴れるとき、明確な何かが必要な場合もあれば、なんてことの無い些細な気づきであることもある。

 カオルにとっての解決手段は死に繋がる行為だった。
 生き残って良かったと率直に思う。

 死んでしまえば解決したかどうかも気持ちが晴れたかどうかも実感できない。それでは救いがない。
 生き残ったカオルが何かしらの幸せを感じることができた。
 ああ、良かった。

 その読後感は読者も感じることがあるだろうわだかまりの先に繋がっているのではないか。
 やるせなさの残る結末でなくて良かったとしみじみ感じました。

★★★ Excellent!!!

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純文学とは何ぞや?

ブリタニカ国際大百科事典では「読者の娯楽的興味に媚 (こ) びるのではなく,作者の純粋な芸術意識によって書かれた文学というほどの意味」と定義されており、然らば文学における芸術性とは何ぞやという問いにぶつかる訳であるが、やはりそれは絵画や彫刻といった造形美を表現する芸術同様、魂を強く揺さぶられるかどうかというところに行き着くのでないかと思われる。その意味において、芸術とは必ずしも美しくなければいけないというものではないと言えるだろう。

今作は美しいか否かという基準にあてはめるべきものではない。無理矢理あてはめるとするならば、主人公カオルを始めとする登場人物の性格や言動は必ずどこかに歪みがあり、そこに生じる空隙があと一歩で寄り添えるはずの心と心を隔てている点、そしてまた人物達が読者の前でも取り繕うことなく人間の怠惰や強欲、欺瞞といった醜さを晒け出している点からも決して心地好い美しさを体現した作品でないことは明白であろう。
しかしながら、魂を強く揺さぶられるかどうかという基準においては、紛れもなくこの作品は作者が芸術的意識を持って読者に提示した「純文学」であると断言できるのである。
なぜならば、一見非常識かつ非現実的に見える人物達の持つ思考や感情はやはり普遍的価値観から外れておらず、数多に訪れる人生の岐路の中でもほんの小さな枝分かれを違えただけで読者自身もまた作中の人物のような境遇で足掻くことになるかもしれないという危惧にも似た共感を有無を言わさず引き起こされるからに他ならない。

そして今、本作を評するにあたって私自身も行き着く先──つまりはオチを見つけられないままにもっともらしい感想を書き連ねるという泥沼を無様に足掻いている最中である。
この紛れもない純文学である本作にふざけたレビューをつけるとうっかり口を滑らせたばかりに作者様から無段階にハードルを…続きを読む

★★★ Excellent!!!

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なんの希望もなく、なんの望みもない人に、絶望なんてない。

希望を持ち、望みを持ち、それが破れて初めて絶望する。その時人の感情は揺れ動くし、前や後ろ、右や左、上や下など、とにかくなにかしらどこかしらの方向へ進む。

持ち上げて落とす、とは少し違う。
変化に耐えられないで壊れてしまうこともあるかもしれないし、変化がいいことかどうかもわからないこともある。

龍の背中に何を見出すのか、見出すことが出来るのか、それは龍の背中に乗った本人にすらわからないのかもしれない。






……なにが言いたいのかというと、

とっても面白かったです!
ちょっとでも興味を持った方、ぜひ読んでみてください!

★★★ Excellent!!!

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小説は二種類あると僕は思う。「読む作品」と「読まされる作品」。
本作は間違いなく読まされる作品。

それはまさしく純文学に通じるものだと思う。
本作はバラのように見る者を虜にする。美しく独特の感性で綴られる。しかしバラのように棘がある。
果たしてそのバラが、一体何色なのかを皆様の心で見て欲しい。

★★★ Excellent!!!

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 気分が沈んでいるときに読むと、なんかこう、後半へ行くにつれてテンションが高くなって楽しくなってくる。具体的に言えば、今すぐベランダの手すりを蹴って「時をかける少女」のポスターの真似事をしてみたくなる。
「言葉にはね、人を殺すことのできる力があるの」
 まさにその通りだなあと。

★★★ Excellent!!!

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 タイトルとキャッチからおそらくファンタジーを想像する。異世界転生などとは違うハイファンタジーだ。
 が、これはリアルの物語だ。
 そして、なるほど。
 純文学か……
 と、同時に、どこか純ファンタジーを思わせる匂いを感じる。
 キャッチのせいか、タイトルのせいか……

 う~ん、違うな……

 自分が住んでいる世界とどこか違うけど、やはり知っている世界(当然だ、この世界なのだから)、そこで紡がれる出会いと別れ、そして、何故か触れてはいけない世界に触れているような錯覚。

 なるほど、面白い。
 そして、個人的には純文学にして純ファンタジーとも評価させていただきたい作品だった。
 是非、エピローグまで読んでみて下さい。

★★★ Excellent!!!

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龍で、私がまず連想したのは「鱗」でした。
魚にも鱗がありますが、鱗は剥がれてもまた生え変わるんです。
作者様の他作品、白石由美子や、フェアリーウェイトは、一見全く違う方向の作品に思えますが、実は根底は同じなのかもしれないと、私は感じていました。
作者様の意図と違ったとしても、私はこのように受けとりました。
人は再生できる。
生きてる限り。
鱗のように……何度でも。

★★★ Excellent!!!

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 この作品は紹介するのが非常に難しい作品である。
 いつもの定食屋に行って、「おばちゃん、いつものアレちょうだい」と言う人には、薦めにくい。
 けれど、おばちゃんに「今日は特別メニューがあるんだよ」と言われたとき「じゃあ、ソレお願い」と言える人には、是非お薦めしたい。
 これは珍味であり、決してゲテモノではない。美味か否かを決めるのは、貴方自身だ。

 タグの中に、「純文学」がある。だが、これは、純文学好きの人に太鼓判を押すためのもので、純文学が苦手という人を敬遠させるためのものではない。
 純文学が苦手な人は、このタグは見なかったことにしてほしい。読み始めてしまえば、問題なくすんなり物語に入れると思う。そして「全然、純文学じゃないじゃん?」と思うだろう。
 だが、やはり途中で、「……純文学かもしれない」意見を変えることになると思う。ただし、そのとき、読む手を止めることはない。先が気になるからである。

 タイトルに「龍」とあるが、ファンタジー作品ではない。このタイトルの意味は、読み進めれば納得がいく。納得してしまえば、このタイトルはごく自然、それどころか、これ以外あり得ないと言い切ることができる。

 具体的な内容を紹介する前に、随分と長文になってしまった。
 まぁ、これでいいだろう。要するに、読めば分かる、ということだ。

★★★ Excellent!!!

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私も文章を書くので、薄暗いものも書きたくなる。自分のアクの強いところを書けるようになっただろう、と思って書くわけである。

薫のように嘔吐の連続である。胃ではなく、空にするのはこころであるが。

つらい、苦しい。嘔吐嘔吐嘔吐嘔吐嘔吐嘔吐嘔吐嘔吐嘔吐嘔吐嘔吐嘔吐嘔吐嘔吐嘔吐嘔吐

周りは物の見事に大惨事で、言葉がバラバラと散乱してうまくなんて纏まらない。偏頭痛と共にぶちまけられた言葉を見てうんざりすることもまちまちである。だが、形になることを夢見て、書き続ける。適当な小話なんかもはなみながら。

そんな時に、これを見て驚いた。これが、さつきまるさんの吐き方なのか…(失礼)

最後の部分にはこう来たか。と思うと同時に、これがさつきまるさんらしさであるのだなと思った。

★★★ Excellent!!!

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書き手が、その魂を削って創造した物語。
クリエーターが無から有を生み出すとき、むろんそこには想像を絶する過酷な苦悩が伴います。
今作を読了したとき、知らず肩に力が入っていたことに気づきました。この物語の持つ熱量を受け止めるためには、読み手もその覚悟が必要であったということでしょう。
主人公のカオルと、彼女が出会う人々との出会いを描いています。
読み進めるうちに、絡まった糸がほどけていく。という感覚よりも、むしろさらに複雑化していくイメージなのです。それはストーリーが破綻しているということではありません。人の心の暗部へいざなわれるような、覗いてはならない禁断の地へ足を踏み入れた印象なのです。
だから、面白いのです。
ご安心ください。エピローグが用意されています。
この構成には脱帽です。
タイトルの意味に気づいたとき、溜飲が下がります。

★★★ Excellent!!!

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(全体にネタバレ注意です、すいません)

何をもって文学とするのか、僕には分かりません。
「これかな?」という条件は一応ありますが、自分でも正しいとは思えないので披露しません。

でも、さつきまるさんの「フェアリー・ウェイト」を拝読したとき僕は紛れもなく文学を感じました。
その後「白井~」を読み「わざと文学的な要素を避けているのかな」とちらっと思い、続いて拝読した「龍の背に乗れる場所」では、純文学と銘打たれ、氏の得意とする笑いが封印されていました。

笑いと純文学は両立しますから、笑いの封印=純文学ではないと思います。

でも、本作を読みながら常に緊張から逃れ得なかったのは、エンタメ的予定調和を期待できなかったからです。
文芸評論家の石川忠司さんがかつて「純文学は何でもあり」と書いておられましたが、不感症でアルコール依存症の主人公の周りでは容赦なく不幸が続き展開の予測不能、ついには、本人も決定的な行動を起こします。
本作を純文学とするのは、この予測不能な部分でもあろうし、読むことで自分の中の何かが痛む、変化する可能性を感じたからかもしれません。

読み終えて、本作のテーマは生き難さ、あるいは生きる意味であろうと思います。
それがさつきまるさん独自の物なのか、いや多くの女性が共有する物なのか、もしかしたら性別関係なく現代人の多くが持つ物なのか、そこら辺は僕には分かりませんが、難しいテーマであることは間違いないと思うのです。
しかも、百年残る古典にも同じテーマを扱った物はあって、たぶん、いつの時代も誰かが感じる普遍的な物であるのだろうと思います。

その普遍的で難しいテーマを前に、さつきまるさんは過去の作品における愛すべき登場人物たちをほとんど抹殺してしまいました。
これは単に過去作を知る読者を驚かせる仕掛けとは思えず、無意識か、意識的にか、過去と決別しさつきまるさんが再スタ…続きを読む

★★★ Excellent!!!

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人生の流れを龍とたとえるならば。
その背に少しの間だけ、乗ることが許されるならば。
そのうねうねとした濁流にいっとき、翻弄されてみよう。
乗客の魂もまた、上下左右に揺さぶられることだろう。
その間、龍の背から見渡す深淵に、目を瞑らないことが大切だ。
劈く咆哮に、耳を塞がずにいることが大切だ。
周囲に飛び交う、すれ違う龍。過ぎ去っていく龍。落ちていく龍。途切れる龍。交わる龍……。
ただ一直線に飛ぶ龍なんて、どこにもいない。
ジェットコースターではないのだ。コースなんて定められていない。
それぞれの飛び方で、ただ精一杯、不器用に飛んでいくだけ。
私は乗り物酔いはしない質だが、龍の背から降りた後、くらくらと目眩がした。
自分の龍の背からは、何が見えているだろう。
あなたの龍の背からは、何が見えるだろう。

この作品は、紛うことなき純文学作品である。
純文学とは、物語世界の酒である。
この物語は、作者様の醸成力により、度数は高めだ。
飲みくちはまろやかで、特段、構える必要はない。
さあ、一緒に酔いどれになろう。
ただ、一気に呷ると、悪酔いするかもしれない。
そういう覚悟は必要。

★★★ Excellent!!!

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レビュー失礼します。

あまりにも多くの物語を読んできた作者様。
その読書体験から得た、思考やプロットがギュッと詰め込まれた渾身の一作!きっと作者様は、あまりにも書きたい事や訴えたい事があり過ぎたのだろう。その強い感情が冒頭から大波のように襲ってくる印象があった。タイトルにある『龍の背』には、あらゆる人間の人生の道程にも感じ取れたが、それと同時に作者様の強い思いを背に乗せた龍が、口を開けて我々を飲み込まんとする程の勢いとも感じ取れた。穏やかな龍と、激しさ含む両面を私は見た。

本作は、ネット小説のユーザー様向けに最大限の歩調を合わせて執筆されてるが、今後ゆったりした純文学作品にも期待したい。

★★★ Excellent!!!

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人々と交わった記憶との禅問答。
是非も無い、ただただ人間のあるがままの姿を不器用に、歪に、擦り合わせていく。
杓子定規なんてクソくらえ、それでいいじゃないか。

私は作者様の研ぎ澄まされた激情に揺り動かされ、快感すら覚えた。
月光が記憶の讃美歌を歌うとき、過ぎ行く龍の背に銀色の生が映し出されたことだろう。
紛うことなき会心作であった。

と、あびゃ〜なレビューになってしまうほどのめり込んでしまう作品でございます。ぜひともご一読を!

★★★ Excellent!!!

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純文学というタグに一瞬迷いましたが、さつきまるさまの作品ということで読み進めました。

文学とは、人の心を揺さぶるものとおっしゃる通り、読み進める間は色々と揺さぶられるものがありました。

その揺さぶりは何かと考えたとき、私の感想としては、登場人物たちが様々な形で接触する際に生じる波紋のような衝撃ではないかと思いました。

純文学については詳しくありませんので、内容については語ることはできませんが、そのことが悔しいとさえ思えるほどの作品だと思います。

ぜひ、みなさまも一読されてみてください。そして、心に迫ってくる衝撃が何かを考えてみてはいかがでしょうか?

とても素敵な作品と時間を提供していただき、本当にありがとうございました!!

★★★ Excellent!!!

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さつきまるさんの純文学作品と言うだけで、
多くの読者に刺さる物語であることは間違いありません。

愚鈍、不器用、軽率であることが、
肯定はされなくても受け入れられるこの作品には、
数多くの救いがあると思います。

純文学嫌いでも読んで損は無いと思いますよ。

★★★ Excellent!!!

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文学作品の定義は多々あれど、魂を揺さぶるという点においてこれはまさに文学作品でした。
主人公のカオルは路上詩人を名乗るダメな女性、でもそんな彼女にも彼女を気に懸けてくれる人たちがいます。その強烈なキャラクターの面々が楽しいのですが、もちろん物語はそれだけにとどまらず。
カオルは傷ついた内面を惜しげもなく物語にさらしながら、巻き起こる事件に直面していくことになります。その中で描かれるのは希望と絶望、この二つが淡々としながらも圧倒的に迫ってきます。
主人公のカオルはキャラクターでありながらも、どこか作者のようでもあり、そして自分の事でもあるような、そんな不思議な存在感を放って読者を捕まえます。その様がなんとも異様な感覚です。
まさに作者の魂が込められた物語でした。
ぜひ読んでみてください!

★★★ Excellent!!!

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やはり触りしか読んでないが←だから読み方(笑)

主人公の性格、生活態度、心情が良く分かる…と言うか、容易く想像出来てしまう作品。

極普通の、主人公なのに何処か惹かれる魅力があり。

1話目で伝わる素晴らしさ、流石作者の技である。

この先、自分的に「あなる」が気になるのでますますハマる事だろう(笑)

是非オススメ!

★★★ Excellent!!!

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作者様はこの作品を執筆中、中島みゆきをよく聞かれたそうです。
私なりにも感じたのですが、初期の中島みゆきを文学で表現すると
確かにこの作品になります。

ひとり上手と呼ばないで、ひとりが好きな訳じゃない

 彼女も割と忙しいようで、そうそう付き合わせてもいられない

  今日は斃れた旅人達も、生まれ変わって旅に出る

まさに作者様は彼女の表現したかったことを、この作品で
述べられています。

人は決してひとりでいたい訳でもない、他人には遠慮もある、
それでも誰かが誰かを必要としている。
そして生まれてきた意味を見直そう。
そんな世界がこの「龍の背に乗れる場所」に書かれている意味です。

そしてもう一つ、さだまさしの「道化師のソネット」
これも古い曲なのでご存じではない方が多いでしょう。

 笑ってよ君のために、笑ってよ僕のために

そんな歌詞から始まる愛の唄

 せめて笑顔が救うのなら、僕はピエロになれる

私たちの周りには、私たちが笑顔でいられるように
自分でピエロになってくれる人がいます。

その人達の本当の気持ちを分かってあげて下さい
笑われたくはないのです、ただ笑って欲しいのです。

この曲を作者様はご存じかどうか分かりませんが
最終的なエンディングに「道化師のソネット」の世界が
この物語を救っています。




笑われたくないのです、ただ笑って欲しいのです
この「龍の背に乗れる場所」に書かれてある
ある特定の応援コメント代表として、静かに筆を収めたいと思います。


笑われたく(もう、ええっちゅうねん!)

★★★ Excellent!!!

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なんだと思います、カオルさん。

多分、街には、たまにいる人。でも、見た目じゃ全然わからない人。

探そうと思っても探せないし、おそらく本人も探されるのを望んではいないのかもしれない。いや、いないのかもしれない。

でも、誰しも、カオルさんの一部分を持ってる。

……まだ序章でしょうから、自分の見立ては間違っているのかもしれません。とりあえず、読んで思ったことだけ。また書きなおします。


ところで、モッさんもいますねぇ……。

★★★ Excellent!!!

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まるで、自分を鏡に写したようでまったく同じに写る心と、逆さまに思う自分。その葛藤の毎日。それは、その毎日の日常は、本当に意味があるのだろうか?
成果があるわけでもなく、ただ、自分をごまかすヒビ。そのごまかした姿が写る世界観。
特に、二日酔いの気持ちは複雑で、同じような思いに落ちたときは何度もアリ、ある意味懺悔と付き合う日々に陥る。
一体自分の居場所は何処にあるのか、その座標を捜し求め、心がゆがみねじれる。
竜の背中の優しさと、ウロコのトゲ、そして自分の心。
すばらしい名作です。
ウチは、もっと共感できた世界観をここに書きたいのだけど、作品の中になぜか存在する。その、世界こそが芸術の入り口かもしれない。
まさに、著者様は、堕ちた心を芸術に変え、同じように生きているという、訴えを読者にコンタクトする。
才能とはこういうものである。

★★★ Excellent!!!

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 彼女、田端カオルは決して怠惰な女では無かった。
命の限りを最大に尽くす蝉のように懸命に生きていた。
誰かと比較する事は無意味だと知っていたし、誇り高く生きている。
彼女は失い続ける理由を問い、その理由を受け入れる。
社会の流れから外れてしまっても、社会は彼女を生かし続けた。
何故?
彼女は、龍の背に乗るべき女だったからだ。

 彼女は失い続ける理由を問い、その理由受け入れた時、最高のエピローグを迎える。
この物語は、カオルのアルコール漬けの脳で開かれる豊かな情感で確かに語られ、
閉じた暗闇に差し込む一筋の光。本当にわずかな光ですが、何よりも眩く力強く感じる事が出来ます。

★★★ Excellent!!!

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 曖昧で情緒的。純文学という言葉に偽りはなく何を言うべきか悩んでしまう作品なのだけれど、まずは導入の言葉に触れておきたい。一話目の『燃えるような情緒を交わしたい』という一文はおそらく物語り全体に対する布石なのだろうけれど、一話目の伏線にもなっている点が面白い。何故なら彼女は感じることができないからだ。しかしそれは肉体的な面を捉えたものであり、内面はまた別の話。だからこそ一話目の最後の言葉が心に染み入るのである。
 二話目の冒頭もまた面白い。『意見というのは自分を苦しめる』。この言葉の意味は誰もが想像できるだろう。しかし途中から始まる回想の最後で、かつての青い記憶を想起させられ同時に気づくのだ。縛られているのは冒頭にあるように『私』であり、それはまた『私』でもあるのだということを。過去と現在の繋がり、その狭間が見事に表現され、そこに吐き出されている弱音に共感させられる。
 三話目になると趣が変わる。二話目のフィロソフィアとおそらく同様、意図的に使われている表現によって読む者は不快感を抱くだろう。だがその不快感は自分自身に対するものであり、同時に社会へ対するものでもある。それを彼女は代弁しているに過ぎない。僅かな罪悪感の緩和と変わらない日常への帰結。終わり方が実に面白く非常に様々な答えを導き出せる構成になっている。


★★★ Excellent!!!

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実際、身近なところでありそうな、リアルな小説です。

人間模様も面白いので、是非、読んでみてください。

「いじめ」という行為は、悪いことをしていなくても、

起こるという現実が描かれている点も、高い評価があると

思います。