第2話 いるか
心の声に対する返答にぎょっとして目の前の老人を見つめる。
しかし、そんなことはお構いなしで目の前の老人は息子の嫁の愚痴をつらつらと語っている。
「あ。気のせいね。」
「気のせいじゃないですよ。どんな人生を生きたいのですか?」
これは大変だ。仕事が忙しすぎてとうとう精神的にまいってしまったんだ。
精神の分野は学生の時に少し学んだだけで明るくない。
そんな心許ない知識を振り絞ってみると、幻聴が現れる疾患がいくつか思い当たる。
これが自分を偽ってきた結果か。
「ねえ、聞こえてるんじゃないの?違う人生を生きたいんじゃないの?」
「願ったじゃない。違う人生を生きたーいって。だから来たのに。病気扱いなんて失礼しちゃうな。」
「もう帰っちゃおうかなー。こっちもね、そんなに暇じゃないんだよね。」
改まった口調から妙に砕けた調子で捲したてる。
このような類のものは反応しないのが一番。
幻聴が聞こえ始めたのが朝の8時。
そこからなんとか自分は正気だと言い聞かせて定時まで務めあげた。
今日は残業できる気がしない。
申し訳ないが定時で上がらせてもらう。
暇ではないという割に
依然として幻聴はしつこい。
聞かまいと耳を閉じるのだが、あの調子でやいのやいの捲したてる。
反応してしまったら終わりだ。
「はー。君はいつもそうやって自分の心の声を無きものにする。楽しいのかい?」
「楽しいはずないよね。だから違う人生をと願った。やっと来たチャンスをふいにするのかい?」
うるさい幻聴だ。心にざわざわしたものが込み上げてくる。
「君はこの先もそうやって楽しくもない人生を生き、何人も何人も自分を亡きものにしていくんだろうね。」
うるさい。
「ねえ、ひとつだけ答えてよ。分からないんだ。君たちの世界では他人を亡きものにすると法で裁かれる。でもなぜ自分を亡きものにするのはなんのお咎めもないのさ。他人様主義もそこまで行くと病気だね。」
「うるさい!!!!!そんなの分かるわけないじゃない。したくて自分を偽ったり押し殺したりしてるわけじゃない。」
しまった。つい反応してしまった。後悔しても遅い。
「やっと反応した!したくてしてるわけじゃないって、誰にやらされてるのさ。君は一人しかいなくて誰かに操縦されている形跡もない。君が望んでしていることじゃないか。」
嬉しそうに、おちょくるように幻聴は話しかけてくる。
「ぼくならたった一度の人生を他人に捧げて終えるなんて絶対しないね。ねえ、もう1度聞くよ。どんな人生を生きたいのさ?」
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